教師&自衛官から農家へ 「ライフワーク」を求めて
――なぜ、就農しようと思ったのでしょうか?
由美さん:大学で理科を学んでから、札幌で小学校教諭として働いていました。東日本大震災をきっかけに、自分が今まで、いかに受け取る情報や食べるものを主体的に決めてこなかったか、ということを痛感しました。自分の職業や生き方を見つめ直し、自分にとってのライフワークとは何か?を考えました。
一つの産業に依存するのではなく、地域に足を付けて、地元の人たちとコミュニティを作り地域経済を活性化させながら主体的な生き方をする、というのが自分のやりたいことでした。それを実現するものの一つが、地域に密着した職業である農業なのでは、と思ったのです。教員を退職後にできたたくさんの時間を使って、札幌や近郊の農家さんの話しを聞いたり、農場見学をしたりしました。そこで触れた農家さんの姿は、自分が考えていた理想の生き様でした。
一公さん:妻の熱意に押されました。毎日のように「(農業をやるために)自衛隊をやめたら?」と言ってきて(笑)。農業関連のイベントやセミナーに連れて行かれて(笑)、農家さんと話すようになり、今まで知らなかった「農作物を作る過程」を学んで、農業にのめり込んでいきました。
――なぜ、芽室を就農の地に選んだのでしょうか?
一公さん:自衛官時代、転勤で帯広に引っ越しました。ほどよい数の人口で、比較的雪が少なく、いわゆる「十勝晴れ」と呼ばれる晴天が多い気候や、地元住民の人柄の良さに触れ、「ここに骨を埋めよう」と思うほど十勝を気に入りました。
ご縁があって、芽室町内の直売所「愛菜屋」(※)を創設した山上美樹彦(やまかみ・みきひこ)さんと出会いました。自衛官を退官後、山上さんの元で一年間研修し、そのまま芽室町で就農しました。
※「めむろファーマーズマーケット愛菜屋」。小さな無人直売所から始まり急成長、現在では町内の生産者約100戸の野菜約250種類を取り扱う農産物販売所。町内外からのお客さんで行列ができるほどにぎわっている。
土地と営農スタイルを固める
――研修や技術取得までの道のりを教えてください。
由美さん:初めは、どこに就農の入口があるのかさえ全く分からない状態でした。札幌でとても顔が広く面倒見の良い農業関係者の方々に出会えたおかげで、さまざまな農法の農場を見学したり勉強会に参加したりすることができました。帯広に越してからは、地域の農業従事者や研修生らを対象にし、農業の基礎が学べる講習会「アグリカレッジ」に参加。そこで講師を務めていた親方(山上さん)と出会いました。
親方は本当に懐の深い方で、栽培技術の指導だけでなく、自分の失敗談もそのまま話してくれました。「とにかくやってみなさい」と、背中を押してもらったことも多くありました。今でも、実家を離れた娘さんを含めて、大変お世話になっています。
――最も苦労したことは何でしょうか?
一公さん:土地探しです。一番大変だと先輩農家から聞いていたので、研修を受ける前から土地を探していました。具体的な話は進んでいたのですが、自衛隊を辞める直前に流れてしまいました。目がテン、というかまるで宇宙に放り出されたような気持ちになりましたが、気を取り直して、先に研修を受けたのです。
アテもなく彷徨(さまよ)っているように感じたときもありましたが、夫婦で本別町の農業大学校に通って、似たような立場の仲間を沢山作れたことが心強かったです。
――小さな畑でこだわりの野菜を無農薬で作る、という現在の営農スタイルにした理由とは?
由美さん:土地探しで苦労していた私たちに、親方が「大型トラクターなら使いにくいけれど、小規模でやるなら良いかもしれない」と、この三角畑を紹介してくれました。
私はアレルギーや化学物質に反応する体質なので、できるだけ化学的なものが少ない食品を探すのですが、なかなか見つけられずに困った経験があります。大規模に食を支える慣行農業も必要だと思いますが、少数ではあっても自分のように買いたい人もいるはずと無農薬を選びました。農業のスタイルの多様性もあったほうがいいと思っています。
いまは40種類の野菜を作っていますが、初めに60~70種類を試作して、美味しかったり、上手く育ったものに絞り込んでいきました。私よりも夫が几帳面な性格なので、栽培に関してはきっちりこだわってやってくれています。
一公さん:目玉になるものを作ろうと思い、北海道では珍しい空心菜を栽培しています。茎にスジがなく柔らかいのに、シャキシャキ感があって、「地元のように美味しい」と本場アジアの方から言っていただけました。あとは、うちの野菜は味が濃いところがウリです。
――今年の5月から、畑の横に直売所をオープンさせました。直接お客さんと触れ合うようになって、何か変化はありましたか?
由美さん:お客さんから直接どういうものが欲しいかを聞くようになり、私たちのようなマイナーな農業スタイルを求めてくれる人もいるんだということを実感しました。
手間を掛けての少量生産ですので、消費者に安さで喜んでもらえるわけではなく、正直この農法で本当にいいのか、と揺らぐような気持ちもありました。
でも、お客さんがわざわざうちのニンニクを買いに愛菜屋へ通っていてくれたことを聞いて、感激しました。お客さんの探している野菜を聞いて、料理の方法を提案するなど、対面コミュニケーションの強さを実感しています。
現在はビニールハウスで直売していますが、開始当初使用したプレハブは、親方が設立した当初の「愛菜屋」を譲って頂いたもので、縁起物なんです。
一公さん「周りとカブらない農業を」、由美さん「面白い地域づくりがしたい」
――由美さんは、2013年から地元のコミュニティラジオで番組パーソナリティを務めていらっしゃいます。その内容について教えてください。
由美さん:知り合いの縁で、農業研修中からやっています。元々、情報を主体的に発信することに関心があり、課題でもありました。農業媒体の編集関係者から主婦まで、主体的に動く人をゲストに迎えて、個人の思いを発信してもらっています。最近は電話で繋ぐという技を覚えまして、札幌や熊本在住の人にも出てもらいました。季節ごとの農作業を話題にすることもあります。ラジオが売り上げに繋がることは今のところあまりありませんが(笑)、たまーに「聞いています」という人に出会うとありがたいなと思います。
――今後やってみたいと考えていることを、教えてください。
一公さん:栽培技術を極めることです。もう一つは、収穫体験イベントなど畑にお客さんが来てくれるシステムを考えて、ここを拠点に発信すること。「小さな農業でも食べていけるんだ」というメッセージを届けられるようになりたいです。
ビールが大好きなので、自分が育てた作物をビールにするのも夢の一つです。昨年からホップを育てていて、今秋、帯広の醸造家の協力でビールになる予定です。
この小さな面積の畑で、「周りとカブらない農業」をやっていきたいと思っています。
由美さん:「食べる」ことは、人間の身体をつくるとても重要な行為。その価値観が薄らいでいる世の中なので、意識を土に戻すきっかけを作りたいというのが一つです。
もう一つは、面白くて個人の経済活動を生かせる地域づくりをすること。最初は、地域の人の想いのつながるの場となるコミュニティカフェを作りたいと思っていました。この直売所が、地域の人それぞれの夢が具現化できる出会いを生み出すような場にできればいいなと思っています。
「大人の夢」には、ものすごいパワーがあります。普段は仕事や家事を「こなさいといけない」という意識で、本当にやりたいことに蓋をしている大人が多いと思います。内なる夢、そのパワーを外向きに発信するきっかけ作りがしたいです。
ここ(芽室町)で、私たちは畑での学びや、人との出逢い、活動の場と機会など、色々なものを与えてもらいました。経済的に自立して、自分たちがいただいたものを“皆のもの”にしながら、面白い地域づくりをしていきたいと思っています。
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