農業歴50年の大ベテランが集まる農業者集団
小さなレストラン専門野菜農家「信州ゆめクジラ農園」は、清流とワサビの栽培で知られる長野県安曇野市に、2018年春に誕生しました。代表の三吉雅子さんと主に営業を担当する古田俊さんが、安曇野市と隣の松本市の農家に呼び掛けて様々な西洋野菜の栽培をスタート。現在は80代を中心とする生産者12人が、計200アールほどの農地で年間100種類以上をレストラン向けに栽培している農業者集団です。
現在は9都府県のビストロやレストランと契約を結び直接取引をしています。レストランの要望で栽培したり季節ごとに決まった野菜を提供したりするのではなく、常に新しい品種にチャレンジしつつシェフに時々の旬の野菜を提案する形で販路を広げてきました。所属する生産者の半数以上が農業歴50年以上の大ベテランという信州ゆめクジラ農園は、どのようにレストランのニーズを把握し、シェフに新たな提案をしているのでしょうか。
40種類の種を直輸入 栽培にシェフも参画
信州ゆめクジラ農園の特徴のひとつは、まず、その栽培品種の多様さです。ケールやポワロといった比較的なじみのあるものからプンタレッラやタルディーボといった家庭では食べられることの少ない野菜まで、「レストランで会話のきっかけになること」を重視して選んでいます。栽培する100種類のうち40種類ほどはヨーロッパから種を直輸入したもの。流通量の少ない野菜を多品種栽培することで、取引先のレストランには常に新たな提案をすることができます。カステルフランコやタルディーボのような、畑で育てたあと水耕栽培で軟白処理をする手間がかかるものも、積極的に取り入れています。特に国内に流通するタルディーボは本場イタリアから空輸され一株千円近い値段のつくものもあり、「高級野菜」を手ごろな値段で提供できることも強みです。
加えて、それぞれの野菜をどのように栽培したらレストランにとって使い勝手がいいか、プロの目線も取り入れています。実は古田さんは数年前までレストランのオーナーシェフ。また、信州ゆめクジラ農園には長野県内のレストランのシェフ3人が参画しており、頻繁に畑を訪れては「シェフが求める野菜」について味だけでなく色合いや大きさ、形についても助言を受けています。生産者同士もお互いの畑を行き来してこまめに情報交換することで、たくさんの生産者がかかわる少量多品種栽培においても、栽培方法の相談をしたり自分が取り組んでいない野菜についても知識を得る機会にしたりしています。
西洋野菜のすそ野広げる試み
信州ゆめクジラ農園は、三吉さんの「思い出に残る一皿を作ることに貢献したい」との思いから始まりました。北海道出身で東京での生活を経て安曇野市に移住した三吉さんは、農家民宿でのアルバイトを経て7年前に就農。西洋野菜にも少しずつ取り組んできましたが、地元の直売所などでは西洋ネギや赤い水菜は売れず「作るものと売る場所のマッチング」に苦労していたといいます。一方、民宿の畑で取れた野菜を調理して宿泊客へ出していた経験から、作物が育った背景を伝え食べてもらうことにやりがいを感じていました。
「自分にとって食べた人がどんな風だったら嬉しいかを考えたときに、色とりどりの珍しい野菜が乗った一皿がその人の思い出を彩るイメージが浮かびました。『特別な食事』の場をつくることに貢献しつつ、私たち生産者の思いも知って食べてもらいたい。それを両立できる場所として、小さなレストランに野菜を売っていこうと決めました」。
色とりどりの西洋野菜の栽培は、生産者同士、また生産者とレストランのつながりだけでなく、地域の人の交流も生んでいます。
嫁いでから50年以上農業を続けているという松本市の逸見千代子さんは、主力作物として取り組むアスパラの栽培を終えた後に、ケールを中心とした西洋野菜を栽培しています。「一度に収穫時期が訪れるアスパラに比べ、秋から冬の長い時期にわたって少しずつ収穫できるケールは作業が楽。新しい作物に挑戦する不安はあったけれど、『何を作ってるの?どうやって食べるの?』と近所の人が畑をのぞきに来たりするのも楽しいですね」。
「農業歴50年を超える大ベテランたちは、『初めて見る野菜』と言いながら勘所をつかむのが早く、作業効率もいい。経験の違いを感じます」と古田さん。
色とりどりで滋味深い西洋野菜が街のビストロでも味わえるように、すそ野を広げることもゆめクジラ農園の目標のひとつ。それぞれの規模は小さくても、プロの農家とプロのレストランがタッグを組むことで、消費者が「ちょっと特別な食事」を味わう楽しみを増やしていきたいと話しています。