植物の成長に必要な「炭水化物」が必須!
──そもそも植物の成長はどういう仕組みなのでしょうか。
植物が養分を作るために行う「光合成」は、光をエネルギーにして二酸化炭素と水から炭水化物を合成しています。詳しく言うと、エネルギーである光と、原料である水と二酸化炭素によって、炭水化物(糖)と酸素と水を生み出しているのです。この炭水化物(糖)は、細胞を作るタンパク質や植物の体の構造を支える繊維の原料や、生きるためのエネルギーとなります。記号で表すと、二酸化炭素(CO2)と2個の水(H2O)によって、炭水化物(CH2O)と酸素(O2)と水(H2O)が生まれます。これが1時間に1個ずつ生まれているとすると、6時間後にはなんという記号になっていますか?
──C6H12O6……でしょうか。
そうです。6をかけるとブドウ糖です。6個の二酸化炭素(CO2)と12個の水(H2O)が結合することで、ブドウ糖(C6H12O6)と6個の酸素(O2)と6個の水(H2O)が生まれるのです。化学結合して水が飛び出すことを「脱水結合」と言います。そして、植物の骨格(繊維)はブドウ糖でできています。ブドウ糖の使い道は、植物の繊維になったり、果物の甘さになったり、お米のデンプンになったり、さまざまです。ちなみに、お米の登熟期(もみ殻の中で米の粒が成長する時期)に、水滴がもみ殻の毛にいっぱいつくのは、脱水結合によって水が出ているからです。他の植物も成長点(新しく細胞をつくる分裂組織がある点)に水がついています。これを「葉水」と言います。中で糖分がくっついて、余分な水を外へ出して成長しているのです。
では、日照時間が少ないとミカンはどんな味になりますか?
──甘くないミカンになりそうです。
そうです。酸っぱくなります。たとえば、先ほどのように光合成の時間が6時間でブドウ糖ができると仮定すると、光合成の時間が少ないと、C6H12O6のブドウ糖よりも小さいC6H8O7でクエン酸ができてしまうためです。たとえ日照時間が良好でも、炭水化物(CH2O)が少ないと光合成能力が低くなってしまいます。
そして、植物の繊維をつくるセルロース(C6H12O6)は、ブドウ糖(C6H12O6)がつながってできています。つまり、光合成では足りないセルロースを生み出して植物の繊維を作るためにも大量の炭水化物が必要だというわけです。植物の成長に必要な炭水化物を足すことも有機肥料の役割なのです。
小祝政明さんプロフィール
日本有機農業普及協会理事で農業コンサルティング企業「ジャパンバイオファーム」代表。大学の外語学部、農業関係の大学で学んだ後、現場へ。その後、オーストラリアで有機農業の研究所に勤務した。経験や勘に頼るだけでない客観的データを駆使した有機農業を指導している。
有機肥料は3つに分けて考えよう!
──有機栽培にはどんな肥料があるのでしょうか。
私は有機栽培の資材を分かりやすくするために、3つにカテゴリ分けをしています。「アミノ酸肥料」と「水溶性炭水化物肥料(堆肥)」と「ミネラル肥料」の3種類です。
アミノ酸肥料とは、一般的には「ボカシ肥」とか「チッソ肥料」と呼ばれている発酵肥料のことで、チッソを多く含んでいます。水溶性炭水化物肥料は、一般的には「堆肥」と呼ばれていますが、私はその特性からこう呼んでいます。ミネラル肥料とは、石灰、苦土、カリウム、リン酸などの「多量要素」や、微量ながらも植物の生育に不可欠な「微量要素」が含まれるもののこと。「有機肥料」というあいまいな言葉ではなく、機能的にカテゴリ分けして考えるために、このような呼び方をしています。
植物の細胞を作る「アミノ酸肥料」
──アミノ酸肥料とはどんな肥料なのでしょうか。
有機栽培では植物はアミノ酸肥料をもとにタンパク質を作ります。そのため、私はチッソ肥料であるアミノ酸肥料は「細胞作りの肥料」と位置づけています。
植物の体を支える繊維はたくさんの炭水化物がくっついてできています。炭水化物は、根を伸ばしたり、葉を展開させたり、養分を吸い上げたり、糖を果実に運んだりしています。アミノ酸肥料が化成のチッソ肥料と違うのは、炭水化物を持っている点です。アミノ酸肥料を施すということは、植物は光合成で生成した炭水化物をアミノ酸の合成のために利用しなくてもいいということです。
つまり、アミノ酸肥料を使うことで、作物が作り出した炭水化物を節約することができ、余った炭水化物を利用して収量を増やしたり、糖度を上げたり、繊維を強固にしたりと、天候が悪いときに低下してしまう光合成の役目を補うこともできるのです。
堆肥は繊維を作る「水溶性炭水化物肥料」
──堆肥は水溶性炭水化物肥料ということですが、どんな肥料なのでしょうか。
堆肥を水溶性炭水化物肥料と呼ぶのは、土壌中の有機物が微生物によって分解される過程でできる「腐植酸」のように、炭水化物が水に溶ける形で含まれているからです。セルロースは、光合成によって作られるブドウ糖を直鎖状につなぎ合わせたもので、植物はこの炭水化物を、繊維の原料となるセルロースの材料の一部として使うことができます。つまり、水溶性炭水化物肥料は「植物の繊維作りの肥料」です。
「ミネラル肥料」は“調整役”!
──ミネラル肥料とはどんな肥料なのでしょうか。
ミネラル肥料の役割は繊維作りと細胞作りに分けることができます。
繊維作りに必要なミネラルは、光合成に必要な肥料(苦土を中心に鉄やマンガン)と、表皮を硬くしたり病害虫や物理的な力から体を守る肥料(石灰を軸に銅やケイ酸)。細胞作りに必要なミネラルは、呼吸や運搬、変化など生命活動全般に必要な肥料(鉄を中心にマンガンや銅)です。
ミネラル肥料は「植物の生体機能の調整役」です。細胞作り、繊維作りのどちらかに偏った施肥をバランスの良い状態に戻す働きもあります。たとえば、アミノ酸肥料を中心とした施肥で植物が細胞作り優先になってしまったときは、繊維作りのミネラルを多めに施肥することでバランスを回復することができるのです。
植物も人間も同じ
──炭水化物もミネラルも植物の成長には必要なのですね。まるで人間みたい……。
人間にたとえて分かりやすく言うと、たとえば、妊娠中の母親が食べたものは一度胃に入ってアミノ酸に分解されて液状化します。そして、血管を通って胎盤に入り、胎盤からアミノ酸がおへそに入って赤ちゃんの体に入ります。赤ちゃんの体の中では、アミノ酸が脱水結合を起こしてタンパク質ができ、それを使って赤ちゃんが大きくなるというわけです。
ミネラルはガイド役でもあります。つまり、ミネラルがないと、せっかく炭水化物などの材料はあっても、植物の成長にどう使われるかの方向性が不安定になってしまいます。すると、たとえば、お米にデンプンのブドウ糖が入らないと、米粒の中央部が白色不透明の「心白」になってしまったり、ミカンが酸っぱくなってしまったり、収量が落ちたりします。それに、セルロースもブドウ糖なので、ミネラル不足によって植物の繊維が薄くなる。すると、皮が薄いために植物からもれた香りに引き寄せられて虫がついたり、病気になったりしてしまうのです。しかし、皮が厚く、皮の表面にワックスがついてツヤがあると、においがもれません。葉に卵を産みつけてしまう虫のように、お腹に卵を抱えた虫は嗅覚が敏感になっています。妊婦がつわりで食べられないときに嗅覚が敏感になるのと同じですね。
有機栽培における3つの資材の役割が分かったところで、実際にどう作ったり使ったりすれば良いのかを、ありがちな失敗例を通して小祝さんに教えてもらいます。「土作りの名人に聞いた、ありがちな失敗から知る有機肥料の使い方」へ続きます。
【参考書籍】
小祝政明の実践講座「有機栽培の肥料と堆肥 つくり方・使い方」(小祝政明著・農山漁村文化協会)