頭打ち現象とは??
──有機栽培を初めた当初は良かったけど、だんだんと収量が落ちた……という話を聞くことがあります。
化成栽培から有機栽培に切り替えた当初は収量・品質ともにすばらしい成果をあげても、4、5年経つうちに徐々に成果が上がらなくなってくる現象を「頭打ち現象」といいます。
いくつかの原因のうち最も多いのは、土壌中のミネラルの不足です。特に苦土が不足している場合が多いです。「ボカシや堆肥をやっていれば養分の不足はない」という間違った思い込みが作柄を悪くしてしまいます。次に多いのは、アミノ酸肥料の品質・特性の問題。アミノ酸肥料とは、一般的にボカシ肥やチッソ肥料と呼ばれている発酵肥料のことです。次に多いのは、堆肥の質と量の問題です。
新規就農で栽培理論や土と肥料の成分などについて無知のまま始めることは自殺行為ともいえ、最悪の場合は3年以内に撤退することになりかねません。田畑に出て作業すれば何とかなるというのは甘い考え。まずは勉強が大切です。
良い「ボカシ肥」は味噌(みそ)や醤油(しょうゆ)のにおいがポイント!
──では、肥料の質を見極めるにはどのような方法があるのでしょうか。農家が手作りをすることも多いボカシ肥(アミノ酸肥料)については、仕上がった状態は「食べたくなるような甘い香りの肥料」という表現を見ることがありますが……。
ボカシ肥など発酵肥料を作るときに、原料のあちこちにカビが発生して甘いにおいがしてくると、「完成した」と思ってしまう農家は少なくありません。でも、甘いにおいの状態で使うのは心配です。
カビの仲間は有機物分解の初期に出てくる微生物で、甘いにおいの状態はまだ発酵の途中。生の状態に近い有機物が残っています。これを土に入れてしまうと、土壌病原菌が増殖して作柄が不安定になってしまう可能性があります。
──では、どのようなアミノ酸肥料がベストなのでしょうか。
なぜボカシ肥をアミノ酸肥料と呼ぶのか。その理由がここにあります。
甘いにおいがするのは、分解しやすいデンプンなどがカビによって甘酒のようになっている状態です。このときはまだチッソが少なく、アミノ酸が十分に作られていない可能性があります。アミノ酸(チッソ)はタンパク質を分解することで得られるため、もっと発酵を進めなければなりません。発酵が進むと、味噌や醤油のようなにおいがしてきます。タンパク質がアミノ酸にまで分解された証拠で、このにおいが仕上がりを判断するポイントです。
甘いにおいがしているときは、糖が作られた状態。ここからその糖をエネルギー源にして初めてタンパク質を分解する微生物が活躍できます。ここまで発酵が進めば、この微生物が持っている酵素で、タンパク質をアミノ酸に分解してくれるというわけです。
アミノ酸肥料は熱湯に入れて質を知ろう!
──アミノ酸肥料は市販されているのでしょうか。どうやって良い肥料を見分けたらよいでしょうか?
「アミノ酸肥料」という名前ではなく、「◯◯発酵肥料」「◯◯ぼかし肥料」などの商品名で販売されています。質を見極めるポイントはにおいです。味噌や醤油のにおいにわずかにアンモニア臭が混ざっているもの、あるいは、魚介が原料の場合はダシや鰹節に似たにおいがするものが良く、焼酎の搾りかすなどが原料なら香ばしいにおいのするものが質の良いボカシ肥です。
市販の発酵肥料を入れたコップに熱湯を注ぎ、判断する方法もあります。熱湯を入れた後にしばらく放置して、底から水面にかけて濃い色から薄い色へグラデーションになっているのが有機栽培向きのアミノ酸肥料です。これは、比重の違うさまざまな物質が溶け出しているためです。一方で、液全体の色が薄く底面近くだけがグラデーションになっている場合は、アミノ酸肥料としては発酵や分解が不十分な状態です。堆肥の質もこの方法で分かります。
牛ふんの多い堆肥はNG?
──堆肥は牛ふんが入ったものを使っている人も多いですね。
畑での土作りの場合、最初に必要なことは土をやわらかくすることです。耕すだけではなく、二酸化炭素を発生できる稲わらや殻、落ち葉のような「セルロース型堆肥」を投入することが必要です。つまりサイダーみたいに中からぶわっとガスが出る。ふかふかのパンみたいに隙間(すきま)が空くとイメージしてください。
牛ふんと稲わらを混ぜた堆肥作りでは、昔は稲わらの割合が多い堆肥が主流でしたが、現在は牛ふんの割合が多い堆肥が主流です。でも、分解の過程で二酸化炭素を発生させて土を膨らませるブドウ糖が多いのは、稲わら。だから、昔は土がやわらかかった。畑の土をやわらかくするためには、ブドウ糖が多い資材を使ってセルロースを重視した堆肥作りが必要です。だからといって、牛ふんが必要ないわけではありません。牛ふんはタンパク質(チッソ)を多く含むので、分解していく過程で微生物の体の原材料となるアミノ酸になります。
堆肥は「中熟堆肥」がベスト!
──堆肥は「完熟堆肥」が良いと聞いたことがありますが……。
分解が進んでいない未熟堆肥はかえって作物の害になりますが、反対に分解が進みすぎて力のない堆肥もあります。土は良くなっても、土壌病害虫には対抗しきれません。
力のない堆肥とは、水を加えても発酵しないほど分解が進んでいる状態のものです。完熟堆肥は分解できる有機物(糖類)そのものが少なくなっているので、養分を作ってくれる有用微生物(※1)の数も意外と少ない。有用微生物が増えていくためのエサがなくなってしまっているからです。
※1 有機物を分解して土の団粒化を促すもの、植物が吸いやすいように肥料を分解してくれるもの、空気中のチッソを植物の根に供給するもの、病原菌の繁殖を抑えるものなどさまざまな微生物が存在する。
──どれくらい発酵した堆肥が良いのでしょうか?
完熟堆肥の少し手前の「中熟堆肥」です。有用微生物の数も多く、エサとなる分解途中の有機物も多い。土壌病害虫を抑えられる堆肥の条件は有用微生物の数が多く、エサがあることです。
仕上がった堆肥は乾燥しているので、有用微生物は休眠中ですが、周りにエサは豊富にあります。この中熟堆肥を畑に投入すると、土の水分を得て有用微生物が休眠から目覚めます。エサが周りにあるので有用微生物はすぐに増殖を始め、勢力を拡大していき、3週間ほどで土全体に広がって、土壌病害虫を抑えこんでくれるのです。
ミネラルは施肥しただけ植物に吸収される?
──ミネラルを施肥しても成果が出ないときはどんな原因が考えられますか?
ミネラルは土壌中で互いに吸収を抑制し合ったり(拮抗作用)、呼吸を促進し合ったり(相乗作用)しています。たとえば、拮抗作用では、カリと苦土と石灰、相乗作用では、カリと鉄、苦土とホウ素などの組み合わせがあります。ミネラルは施肥しただけ植物に吸収されるわけではないのです。それぞれ適量を施肥しないと、逆効果になってしまいます。
──ミネラルの過不足はどのように判断すれば良いのでしょうか?
チッソ肥料と違って生育を見ただけで判断するのは難しいです。土壌分析をして、田んぼや畑1枚1枚のミネラルの過不足を把握することが大切です。簡易な土壌診断キットや「施肥設計ソフト」を利用しながら土壌の状態を把握してください。
どのミネラルが不足していて、どのミネラルを施肥するべきかを探るために、まずは田んぼや畑の「チッソ施肥の位置」を見極めます。チッソ施肥の位置とは、施肥する資材が、細胞作りに必要な肥料に寄っているのか、繊維作りに必要な肥料に寄っているのかということです。誤ったミネラルを施肥してしまうと、糖度が出なかったり、病害虫が多かったりとさまざまな問題につながります。見分け方は、チッソ資材のC/N(※2)比が12よりも小さい場合は細胞作りに必要な肥料、大きい場合は繊維作りに必要な肥料です。私が作った「施肥設計ソフト」を使うと、その値を勘案することができます。
※2 有機物中の炭素(C)とチッソ(N)の割合(C÷N)。「炭素率」とも言う。タンパク質(チッソ)を多く含んだ場合はC/N比の値が低く、タンパク質(チッソ)が少なければC/N比の値は高い。
──C/N比がわからない場合はどうすれば良いのでしょうか?
アミノ酸肥料や堆肥の資材や作物の育ちを手がかりに、おおよその見当がつけられます。たとえば、オガクズやバーク、もみ殻などの繊維質の原料を使った豚ぷんや牛ふん堆肥で、果菜などで奇形果が多いとか日持ちが悪いといったようなチッソ過多の兆候が見られなければ、繊維作りに比重があります。
同じ繊維質が多い堆肥を多く投入しても、生育が徒長気味、葉色が濃い、病害虫が多いならば、細胞作りに必要な比重があるということになります。使っている資材と作物の生育から、ベースとしてのチッソ施肥の位置を把握して、自分の田んぼや畑の土壌の状態を知ることが大切です。
──土地によっても土壌によっても何を施すかによっても違いますが、栽培理論や土壌や肥料の成分などを理解することによって応用できる……ということなのですね。
私がアフリカでも有機栽培コンサルタントの仕事ができるのは、そういうことです。
植物も人間も動物も、その生命現象はすべて化学反応として説明がつきます。そのメカニズムが分かっている場合と分かっていない場合とでは行動が違ってきます。農薬を使わずに栽培することで地球環境を守るという思想は良いと思いますが、地球がどういう生き物でどういうメカニズムで生きているかを知らないと、自然環境を勝手な解釈で観念によって捉えるだけになってしまいます。
しかし、メカニズムが分かると、どういう行動をしたら地球環境を壊してしまうのか、どういう行動をしたら自然界を守れるのか、観念的ではなく、化学的、論理的に何をすべきかが見えてきます。理解すれば、決して後戻りせず、ぶれることもありません。究極の自然環境保護とは、観念や哲学ではなく理解することなのです。
一般社団法人「日本有機農業普及協会」では定期的に有機栽培セミナーを開催。
詳細はホームページをご覧ください。
【参考書籍】
「実践!有機栽培の施肥設計」(小祝政明著・農山漁村文化協会)
小祝政明の実践講座「有機栽培の肥料と堆肥 つくり方・使い方」(小祝政明著・農山漁村文化協会)