カメラマンから自給自足の道へ
──信吾さんは以前カメラマンだったそうですね。なぜ自給自足をすることに。
信吾さん:私は大学で映画を学び、卒業後はカメラマンとして映画や広告写真を撮っていました。阪神大震災を経験し、消費を促すための写真を撮ることに抵抗を感じるようになったんです。
1990年代終わりごろからアメリカに行き、先住民と生活を共にしながら撮影する日々を過ごしました。その中でウラン鉱山を訪れる機会があり、環境問題について深く考えるようになったんです。妻と出会ったのはこの時でした。
ピースウォークといって、色んな人が集まって歩き続ける社会的な運動のようなものがあるんです。世界各地でさまざまなテーマで行われていて、私もアメリカ横断や日本縦断に参加し、オーストラリアにも行きました。この頃に自然農法に出会い、国外で農のある暮らしに接した際に、現地の長老から「日本でも活動を続けなさい」とすすめられたのが自給自足を志したきっかけです。
──日本に帰ってすぐに畑を?
信吾さん:帰国後は個展や映画作りをする傍ら、地元の神戸で農地を借りて畑作りをはじめました。2005年頃からです。農法は、奈良県で農業を営む川口由一(かわぐち・よしかず)さんから「川口式自然農」を学びました。農業機械や農薬、化学肥料を使わないため、自然に負荷がかからない永続的な農法です。
たまたま川口さんの自然農塾に入っている友人がいて、私も紹介を受けて川口さんの元へ通いはじめたんです。今も月1回ほど行っています。夫婦で「自然農」を勉強し、試行錯誤しながら自給のための作物を栽培する日々が続きました。
真惟子さん:どうしても作れない塩などは買っていますが、今はみそもしょうゆも手作りです。お肉はあれば食べます。わざわざ買うことはほとんどないですね。
自給自足から自然農法の専業農家に

稲を干す中野さん夫妻。米作りはすべて手作業だそう
──専業農家になったのはいつからですか。
信吾さん:元の農地所有者が慣行農法だったため、土壌の状態が安定するまでに数年かかりました。徐々に生産量が上がりはじめ、専業農家になったのは2012年です。
現在、飛び地を含めて5つの農地を借りていて、米、麦、野菜を作り、養蜂もしています。もともとが自給の延長なので、作物は自分たちが食べたいものが中心です。品種は、お米だけでも11品種、麦が5品種、野菜も合わせると年間80品種以上あります。

古代米はMorning Dew Farmの人気商品。赤米、黒米、緑米を生産
──自然農法について詳しく教えてください。先ほどお話に出た「川口式自然農」とはどんな農法なのでしょう。
信吾さん:自然農法に法律上の定義はないんです。私たちが取り組む川口式自然農は、「耕さない、草や虫を敵としない、農薬と化学肥料を用いない」が3原則で、「命の営みに添い応じまかせる」を趣旨としています。
──「耕さない」とありますが、それでも作物は育つのですか。
真惟子さん:耕さないと言ってもクワとスコップは使います。人の手で表面の土を軟らかくするんです。ただトラクターは使っていません。農機を入れると、虫がつぶされてしまうから。土壌の虫や微生物を生かして、自然の命が作物を育てるというのが「命の営みに添い応じまかせる」っていうことです。田んぼも畑もすべて手作業なのが川口式自然農の特徴ですね。

ニホンミツバチの養蜂も。合計7個の巣箱を置いているそう。「夏に作業をしているとミツバチが田んぼの水を吸いに来るんです、けなげな姿が可愛くて」と真惟子さん
──機械を使わないと非効率で大変というイメージがあります。
真惟子さん:自然農法って非効率なようでいて効率的だって私は思うんです。農機や過剰な石油系資材を使わないので、減価償却費をおさえられるんですよね。燃料もいらないですし。
大規模化したい場合は農機が必要だけど、私たちは自給ありき。大きく広げたいわけじゃないから、このやり方が合ってるなって。
──草刈りは一切しないのでしょうか。
信吾さん:必要な場合はしますよ。自然農法というと草刈りをしないと思われがちですが、野菜の生育を助けるために草を刈ることもあります。草の勢いに負けて、野菜が育たなくなる時もありますので。

もみ殻を燃やして炭にした「もみ殻燻炭(くんたん)」を育苗土に混ぜているそう。土壌に微生物が住みやすくなるのだとか
──害虫がわくことは?
信吾さん:今まで大きな被害にあったことは一度もないです。あるべき虫や微生物がいて、生態系のバランスがとれていれば、特定の虫だけが増えすぎるような被害は起きないんだと思います。その代わり鳥や獣による被害が多いのは悩みの種ですね。
人気店での店頭販売や畑の勉強会も
──販路についても教えてください。
信吾さん:野菜セットの個人販売が多く、八百屋さんにも卸しています。あとはファーマーズマーケットに出店しているほか、知人のパン屋の一角に加工品を置いたり、アウトドアショップのパタゴニアで店頭販売したり。お客さんは老若男女、いろんな人がいますよ。常連さんが多いですね。お客さんと直接会話するのを大事にしていて、「自然農を応援したいから」と言ってリピーターになってくれる人もいます。
──なぜパタゴニアで店頭販売することに?
信吾さん:知人がショップに勤めていて、私たちの自然農の考えが企業理念と重なるということでご縁ができました。月に1回、店頭に立っています。生鮮野菜の他、古代米や米粉、小麦粉なども販売しています。小麦粉はとても人気で、毎年すぐ売り切れます。
真惟子さん:瓶詰とかの加工品も作っているので、それを楽しみに来られるお客さんもいますね。売り物にならなかった野菜を私がジャムやピクルスにしているんです。以前天然酵母のパン屋さんで働いていた経験を生かして、最近は焼き菓子もはじめました。
──他にはどんな活動をしているのですか。
信吾さん:借りている農地の1つを「学び場」として、畑の勉強会を開いています。授業料はなく、友人や知人が10人ぐらい集まって農作業をしながら食と農を学ぶ場です。
真惟子さん:皆で稲刈りやお餅つきも楽しんでます。田んぼって本当に奇麗なので、自分たちだけでなく地域の人にもその美しさを知ってほしいんです。お餅つきは日本の食文化を子供たちに伝えていきたくて、もう10年以上続けています。
──それは素敵ですね! これから新たに挑戦したいことは何かありますか。
信吾さん:実は最近、少しずつ畑の写真を撮っていて。これを写真絵本にする計画があります。現代の子供たちに、農の素晴らしさを伝えられる作品を残したいんですよね。自然農って、土地さえあればどこでもやっていけるんです。植物を自然な姿で育てる、安心で持続可能なこの方法を、次の世代にも継承させていきたいですね。
写真提供:Morning Dew Farm
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