直売所名人でも困る春先の端境期
「そのサクラ売るんか!? ええわいなー。さっき直売所に見に行ったけどJAが仕入れたもんばっかで、自分でつくった花を出しとる人はまだおりゃあせん」。3月中旬の春彼岸頃、岸さんの作業場に積まれたサクラの切り枝を見て、直売所仲間が言う。「1束200円で、10束2000円か。これで、何束あるかなー。ふふふふ」とうれしそうに笑う岸さん。
標高約300メートル。冬には氷点下8度まで下がる岡山県の久米南町では、大きなハウスでもない限り、この時期にキレイな花をつくるのは難しいそうだ。約65アールの畑でつくった野菜や花を年間350万円ほど直売所で売る岸さんですら、年明けから春先の売り上げはそう多くないらしい。
そんな岸さんの春先の貴重な収入源のひとつがサクラの切り枝。
細長い田んぼはサクラの切り枝畑に
「よぉ、咲いとるわいやー」
薄いピンク色の花やツボミが、晴天の空を背景に映えている。
幅1.5メートルほどの細長い田んぼを有効利用するために、サクラの切り枝畑にしている。どれも春の彼岸頃に咲き始める早生(わせ)系統のヒガンザクラやケイオウザクラ。その数、およそ40本。
「これだけあったら5万円にはなる」という岸さん。3月といえばさまざまな寄り合いで忙しく、たまに出荷する程度になってしまうが、それでも月に1万5000円以上は稼ぐそうだ。
奥さんの順子さんも合流し、夫婦2人で手際よく枝を切っていく。
「花つきのいい枝ですね」と声をかける筆者に、岸さんは「いやぁ、今年は手をかけられなくてね。お恥ずかしい」と言う。
じつは、今年の結果は岸さんにとって不本意。花芽いっぱいのサクラを、自然に開花するよりも半月ほど早い3月上旬から直売所に並べるのが、岸さんの真骨頂なのだから。
小さなハウスがあればできるお手軽「ふかし」栽培
岸さんのサクラにとって大事な技術が2つある。それが、人為的に花芽を増やす「環状剥皮(はくひ)」と、サクラの開花を早める「ふかし」の技術。
岸さんのやり方は、少しの手間と、小さな育苗ハウスで簡単にできる手軽なやり方だ。
花芽を増やす「環状剥皮」
今年のサクラがよく咲いたのは「たまたま初夏の天候の関係で樹にストレスがかかったから、びっくりしちゃって花を増やしたんじゃないか」と分析する岸さん。
岸さんは毎年、来年切る予定の枝だけに、樹皮を剥ぐ「環状剥皮」をしてサクラを「びっくり」させ、花芽がたくさんつくように仕向けている。といっても難しいことをするわけではない。サクラが花芽のもとをつくる、その少し前の5月中旬頃、樹皮を幅数ミリ~1センチ程度帯状に剥ぎ取るだけだ。
順子さんによると、針金を枝に巻きつけるだけでもいいらしい。キツく締めなくても、枝が太ることで針金が食い込んで、環状剥皮と同じような効果があるそうだ。
開花を早める「ふかし」
翌年、厳寒期の2月頃になったら早々にサクラの枝を切る。
この頃はまだ固いツボミだが、厳しい寒さに当たったことで、サクラはすでに花を咲かせる気分になっているそうだ。この時期に切った枝をハウスに放り込んでおくと、春が来たと勘違いし、3月上旬には開花する。こうして開花を早めることを「ふかし」と呼ぶ。
もっと早く咲かせるには暖房つきのハウスが必要だが、畑のサクラより半月ほど開花を早めるには無加温で十分だそうだ。
切った枝を水を張ったバケツに入れるのはもちろん、晴れが続き、ハウスの中が乾きすぎるようなら霧吹きで枝やツボミを湿らせてやる。
「チクワ」並みの太枝を挿し木
ここまで聞いて筆者もやってみたくなったが、サクラの苗は安くても1本1000円ほどする。岸さんのように40本植えるとしたら4万円か……。
しかし、ここで朗報。ヒガンザクラやケイオウザクラは簡単に増やせるそうだ。
岸さんが直径3センチほどの太枝を切り取る。「こういうチクワサイズの枝を……」と、おもむろにそのまま地面に突き刺す。
「ハンマーや木づちでコンコンと叩いて、土に密着させるように埋め込めば根づくよ。5月になって勢いよく芽が吹いたらもう安心。次の年に植え直す」
え、そんなやり方でいいんですか!?
お土産に「家でもやってみて」と太枝を何本かいただく。さらに、「月3万円が目標じゃ安いよ。年100万円でどう!?」と岸さんからのアドバイス。
サクラのように、岸さんがつくる50品目以上の野菜や花には、すべて上手に売るための工夫がある。「岡山の師匠」と呼ばせていただき、今後はその技術を折に触れて紹介していきたい。