就農の経緯は
2016年7月に青梅市で30アールの畑を借り就農し、現在4年目の繁昌さん。農業次世代人材投資資金(旧青年就農給付金)は使っていませんが、2018年度は売上げが400万円超え、諸経費や生活費だけでなく、新たな設備投資の余裕も生まれるなど、繁昌農園は堅実な成長を遂げています。
農業を志すきっかけは、大学の海洋生命科学部で行った、河川に棲む生き物と自然環境についての研究。川と海と農村の関係性とそれらをつなぐ持続可能な社会作りに興味を持つようになったといいます。
「水族館などで自然環境の大切さについて子供たちに教える仕事を考えていましたが、自然環境と日本の課題を掛け合わせて考えた時に、農業に関わることが頭に浮かびました。例えば、河川や海、山の環境を考えると、田んぼや里山の保全が大きな役割を果たしています。大きな視点で自然環境を考えた時に、そこに関わる職業ということで農業に惹かれるようになりました」。
農業に近い分野で社会人の経験を積むことと就農の資金を貯める目的で、卒業後は大手青果店グループに入社。デパ地下の店舗で店頭に立ちながら、接客や野菜の見せ方、鮮度保持、消費者のニーズなどを学びました。その後、本格的に農業を始めるために農業ベンチャーが開講していた農業の学校で1年間基礎を学び、立川市内の農家で2年間の農業研修を経て2016年7月に青梅市で就農しました。
自身の就農体験のなかで一番のポイントは「情報発信だった」という繁昌さん。どのように消費者や売り先とつながりを作り、販路を拡大してきたのでしょうか。
初期投資を極力抑えた堅実経営
1.都市農業の強み生かし、少量多品目栽培
就農時にも年間100品種を超える野菜を栽培していた繁昌農園ですが、少量多品目の栽培には、「いろんな野菜を育てるのが好き」という繁昌さんの好みに加え、都市農業ならではの理由もあるといいます。
「地方に比べてまとまった農地を確保しにくい都市農業では規模の経済が効きにくく、地方の産地に量だけでなく価格でも負けてしまいます。一方で、消費地が近いので、消費者と直接つながり、珍しい野菜もコミュニケーションをとりながら販売できる強みがあります」。
2年間の研修を行った立川市のなかざと農園で、消費者ニーズを取り込んで栽培し自ら開拓した販路で売ってゆく農業の在り方にも、面白さを見出したとか。現在は、スーパーで目にする機会のないような「カラフルな野菜」をキーワードに、海外の在来種も含め様々な野菜に挑戦しています。
2.苦労した家探し
2年間の農業研修のうち、後半1年は就農する地域の選定に充てました。実家も都内にあるのでできれば近くにという思いと、自然を堪能できる「都心過ぎない地域」という条件で探しました。
東京都農業会議を通して八王子市や町田市、東京都瑞穂町など様々な地域の農地見学会に参加した結果、山や川が近く景色に「ビビッと来た」青梅市での就農を決意。農業会議の紹介で知り合った市の農業委員も「若い人が農業をやりたいというなら」ととても協力的で、現在でも良い関係が築けているそうです。
順調だった農地探しと裏腹に、苦労したのが家探しです。
都心も近いのでもともと空き家が少ないうえに、畑に近い地域に見つけることが難しく、現在は住宅街の一角に作業場兼自宅を構えています。農業体験を積極的に受け入れていきたいという目標もあり、着替えや食事の場を用意することも考えて畑の近くに作業場兼自宅を新築している最中です。
4.初期投資にはネットオークションを活用
農業に興味を持ってから、まず取り組んだのが貯金です。2年間の農業研修中は全国農業会議所が研修経費の一部を助成する「農の雇用事業」を利用。月々10万円弱支給されるうち7万円を積み立て、生活費は夜間のアルバイトでまかないました。
就農時、初期投資に用意したのは200万円。30万円の軽トラック、20万円の耕うん機、50万円のトラクターはすべてヤフーオークションで落札しました。
「新規就農の費用は一般的に500万円とも一千万円とも言われていますが、僕は『自分ができる範囲でやった方が続く』という考えで、節約できるところはとことん節約しました」。
トラブルも聞かれるネットオークションでの取引ですが、繁昌さんは出品者と交渉して現物を見てから購入を決めていたそうです。「研修中に農機のメンテも基本的なことは習い、どのように使われてきた農機なのか見極めることはできました。三重県まで見に行った時もありましたが、交通費を考えてもお得な買い物です」。
そのほか、資材やタネ代に60万円ほどかけ、1年目の諸経費は計160万円ほど。その年の売り上げが170万円ほどだったため、生活費は貯金に頼ったものの、大きな赤字や借金をすることなくスタートを切ることができました。信金から脱サラした師匠に学んだ営農計画の立て方も、堅実経営の助けになっているそうです。
5.就農時に販路を確保
初年度から最低限の販路を確保していた点も、堅実経営のポイントです。
研修先でつながりのあった農業会議所の紹介で、収穫物は都内のスーパーへ出荷できるという約束を就農時に交わしていました。また、研修先の師匠が以前勤務していた信用金庫に「利用者に渡す粗品を野菜にしては?」と提案し、大口の取引も確保しました。
そのほか、フェイスブックなどを中心に地道に続けている情報発信も、販路拡大に一役かっているといいます。
「畑の様子だけでなく、農業に対する思いや実現したいことを発信してきた結果、応援してくれる人が現れて、東京野菜を扱うレストランのシェフや有機野菜を扱う小売店を紹介してくれることもありました。店頭に並ぶ野菜についても、生産者の思いをしっかり伝えてくれているかを基準に小売店を選ぶなどし、自分の情報をいかに発信していくかには特に気を付けています」。
さらに、日々の情報発信がメディアの取材などにつながり、それが新たな販路に結びつくこともあったそうです。
6.地域に馴染むために
脱サラして農業を始めた研修先の師匠に倣い、青梅市に移住してすぐ消防団の活動に参加。また、JAにも加入するなどして地元のベテラン農業者の集まりにも積極的に参加してきました。
もともと、新規就農者の繁昌さんに好意的な地域ではありましたが、消防訓練を通じて知り合った市議会議員の働きかけで新規就農者を応援する仕組みが市に新設されるなど、人脈がさらなる環境づくりにつながっていることを実感しているそうです。
これから就農を考える方にアドバイス
現在では1.2ヘクタールに農地を広げ、売り上げも年400万円を超えるなど農家としての生活も安定しつつあります。今年は東京都の補助金を活用し、ハウスと保冷庫を新設してさらなる事業拡大に挑戦する予定です。
着実に堅実に経験を積んでいる繁昌さんから、新規就農を考える人へのアドバイスは、やはり「積極的な情報発信」。
「都心から1時間圏内に農地があっても、農業について、農家の生活について知っている人は少ない。積極的に自分の思いや畑の様子を発信していくことで、農業と消費者をもっと近づけるという役割もあります」。
さらに、野菜ソムリエの資格も生かして、農業に関する講演会の依頼も積極的に受けているそうです。「これからの農業はただ生産するだけでなく、食べ物が生産者に届くまでの様々な部分で仕事を作っていくことが求められると思います。僕だったら『カラフルな野菜を作る』というように、自分が好きなことと農業が結び付く部分を探してアピールしていくことが、農業を楽しく続けていく秘訣だと思います」。