市場に求められる農産物を生産したい
結婚式、誕生日、入学、卒業といったお祝いの席を彩る果物といえば、多くの人がメロンを思い浮かべることでしょう。豪華な食事の最後にデザートとして供されるメロンは、まさにハレの日を祝うのにふさわしい果物と言えますが、そのメロンをなかなか食べられない人がいます。腎臓疾患の患者さんです。
腎臓は体内の老廃物を排出するとともに、カリウムの血中濃度を調節する働きも持っています。カリウムは体内の水分量を保ち、血圧を下げる働きがある重要な栄養素ですが、腎臓の機能が低下するとカリウムの排泄ができなくなり、血中濃度が上昇してしまい、手足のしびれや吐き気を催すほか、不整脈から心不全を引き起こすことすらあるほどです。
そのため腎臓疾患の患者はカリウム摂取を減らさないといけないのですが、果物の中でもメロンは100グラム当たり340ミリグラム(温室メロン・生の場合)とカリウム含有量が高く、メロンはできるだけ避けなければならない食べ物の代表格です。そこで腎臓疾患の患者にも安心してメロンを食べてもらおうと、静岡県袋井市で農産物卸を営む株式会社ハッピークオリティーと、提携する農業法人サンファーム中山株式会社は低カリウムメロンの生産に取り組んでいます。ハッピークオリティーの社長、宮地誠(みやち・まこと)さんはこう語ります。
「静岡県西部はメロン生産が盛んな地域なのですが、近年、メロン生産者が減少の一途をたどっていました。卸売市場でメロンの競り人だったこともあって、生産者の減少に危機感を抱き、自らメロンの生産に乗り出すことにしました。ただ、作るのならば市場に求められる農産物を生産したいという思いがあり、腎臓疾患の患者にも食べてもらえる低カリウムのメロンの生産を目指しました」
土の代わりにロックウールで栽培
しかし、カリウムは窒素、リンと並ぶ三大栄養素であるため、肥料からカリウムをなくしてしまうことはできません。果実が収穫できるほどに植物体を成長させつつ、カリウム含有量を可能な限り抑える栽培方法を確立する必要がありました。静岡大学農学部の協力の下、2015年から試験栽培に乗り出すことになり、まず取り入れたのが無機質の人工繊維「ロックウール」を詰めたポリポットで栽培する方法でした。
「低カリウムメロンを生産するには、カリウムの施肥量をぎりぎりまで抑えなくてはなりません。土耕栽培だと、液肥中の含有量を抑えても、土に含まれるカリウムをメロンが吸収してしまいます。静岡県のメロン生産では土耕栽培が一般的なのですが、培地にロックウールを用いることにしました」(宮地さん)
土壌中のカリウムの吸収が心配されるなら、土を用いない水耕栽培でも良かったはず。ただし、水耕栽培では養液で満たした大きな水槽で栽培するため、カリウムを抑えた液肥を与えた際、メロンに確実に吸収させることは難しいかもしれません。そこで、施肥管理をしやすくするため、小さなポリポットにロックウールを詰めて栽培することにしたそうです。
通常の半分以下のカリウム含有量を実現
こうしてロックウールを用いた試験栽培が始められたのですが、三大栄養素のカリウムを制限するという難題に挑戦するのですから、試行錯誤の連続だったといいます。サンファーム中山でメロン生産を担当する中山さんがその経緯を振り返ります。
「当初は闇雲にカリウムを減らしたため、500株もの苗を定植したのに、収穫できた果実は120玉ほどでした。しかも、糖度は5~6度しかなく、まったくおいしくない。変形した果実も多く、これは大変なことを始めてしまったと思いましたが、液肥の成分を細かく変えて、その都度、カリウム含有量の分析を繰り返しました。3年もかかってしまいましたが、2018年に通常の半分以下、100g当たり120~150ミリグラムまで含有量を抑えた低カリウムメロンを安定して生産できるようになり、『ドクターメロン』として販売を開始しました」
こうして生産が始まったドクターメロンはカリウム含有量を抑えつつ、糖度は静岡県西部のブランド農産物「クラウンメロン」に匹敵する14度を確保しているといいます。カリウム含有量は同時期に育苗、定植した株の中から一定割合をサンプリングして分析していますが、ある研究機関に依頼して非破壊で検査できる技術の開発にも取り組んでいます。
現在は名古屋市内の卸売業者を通じて中京地域に出荷されるほか、個人へも販売しています。宮地さん自ら腎臓疾患の患者団体で紹介する活動も行い、ドクターメロンの普及に取り組んでいます。人工透析が必要な慢性腎臓疾患の患者数は約33万人もいると言われており、それだけ多くの需要が見込まれるわけで、今後、大口の注文も受けていく意向ですが、そのためには生産体制の強化が求められます。宮地さんはこう語ります。
「低カリウムメロンを生産するには高度な栽培技術が求められるとはいえ、3年に及ぶ栽培試験の結果、マニュアル化することができました。今後は『ドクターメロン』の生産をフランチャイズ化して、生産体制を強化していくつもりです」
宮地さんが目指すフランチャイズ化にはもう少し時間がかかりそうですが、生産体制の強化による増産ができるようになれば、多くの腎臓疾患患者に安心してメロンを食べてもらえるようになるでしょう。
【プロフィール】
カリウム含有量の低い「ドクターメロン」を生産する株式会社ハッピークオリティーとサンファーム中山株式会社の面々。後列右が宮地さん、前列中央が中山さん。2014年に設立されたハッピークオリティーは卸売業に徹して、農産物の生産は関連会社のサンファーム中山に委託する生産体制を確立。高品質のトマトの生産で経営を軌道に乗せつつ、低カリウムメロンの栽培試験を続け、2018年から「ドクターメロン」を販売している。 株式会社ハッピークオリティー |