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世界の旅へようこそ、農業奨学生の運営組織「ナフィールドジャパン」が誕生

吉田 忠則

ライター:

連載企画:農業経営のヒント

世界の旅へようこそ、農業奨学生の運営組織「ナフィールドジャパン」が誕生

世界への扉が農業分野で大きく開こうとしている。推進役は政府でも農業団体でもなく、若い農業者たちだ。担い手たちを、世界への旅に送り出す奨学金制度の運営組織「ナフィールドジャパン」が7月に誕生する。日本の農業に漂う閉塞感を破り、わくわくするような未来を描く挑戦の始まりだ。

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世界中の1700人の農業者が制度を体験

ナフィールドは70年以上の歴史がある国際的な奨学金制度で、現在はオーストラリアに本部がある。農業・食品関係の企業や団体がスポンサーになり、英国や米国、カナダ、チリ、オーストラリア、ジンバブエなど世界中の農業関係者から約80人の奨学生を毎年選抜。2年間にわたってさまざまな国を訪ね、先進的な農業技術や農産物流通、食品業界について学ぶ。すでに1700人の奨学生がこの制度を体験し、国境を越えるネットワークを築いたという。
日本で初めてこの制度への本格参加を目指すナフィールドジャパンは、7月1日に一般社団法人として設立される。前田農産食品(北海道中川郡本別町)社長の前田茂雄(まえだ・しげお)さんが代表理事に就くほか、浅井農園(三重県津市)社長の浅井雄一郎(あさい・ゆういちろう)さん、植物工場ベンチャー勤務の藤田葵(ふじた・あおい)さん、くしまアオイファーム(宮崎県串間市)副社長の奈良迫洋介(ならさこ・ようすけ)さんが理事に就任する予定だ。

ナフィールドに日本人で初めて参加した前田茂雄さん

ナフィールドの奨学金制度に農業者を送り込むため、必要となる資金は1人当たり6万ドル(約650万円)。1年目の2020年に2~3人が参加することを目標に掲げ、ナフィールドジャパン設立の準備事務局はすでに複数の大手企業とスポンサー交渉を進めている。政府がここ数年、農産物の輸出振興の旗を振っていることは、スポンサー集めで追い風になるだろう。
1年目の奨学生は年内に選定する。年齢のメドは20~40代。学歴は問わないが、英語でコミュニケーションし、報告書を書く語学力は必要になる。だが何より求められるのは、農業をはじめとして第1次産業にダイレクトに関わり、自らの経営を通してその発展に寄与しようとする情熱だ。理事やスポンサー企業が面接し、なぜナフィールドに挑戦したいのかを確かめる。
ここで「情熱」という言葉には注釈が必要だろう。農家の多くは「地域に貢献したい」という言葉をほぼ例外なく口にする。地域貢献はもちろん大切。だが事務局が求めているのは漠然とした思いではなく、自らの経営と地域にとって何が課題かを具体的に突き詰める問題意識だ。その答えのヒントをつかみたい人のために、旅のチケットが用意される。

2020年3月にオーストラリアに集結

ナフィールドジャパンの発足後、各国の奨学生が最初に一堂に会するのは2020年3月に開かれる交流会。開催場所は毎年各国持ち回りで、今回はオーストラリアで開かれる予定。8日間程度の日程で、奨学生がそれぞれどんな経営をしているかを理解したうえで、さまざまなテーマを議論したり、現地の農場を見学したりする。
次のステップはいよいよ各国の視察だ。奨学生ごとに自分の研究テーマに合う国を選び、8~10人のチームで1カ国に1~2週間程度、合計で6~7週間滞在し、農業関連企業や政府、研究機関などを訪ねる。チームでの訪問は、奨学生として参加した海外の農業者と人脈を築くことのできる濃密な時間になるだろう。2020年の7月ごろまでにこの視察を終える。

2018年3月にオランダで開かれた交流会に参加した浅井雄一郎さん

ここから先は、奨学生がそれぞれ自分で旅の計画を立てる。期間は7~9週間。チームでさまざまな国を訪ねた経験を踏まえ、自力でアポイントメントを入れて単独で調査対象とする国を訪れ、研究を進める。奨学生の選定に際し、課題を具体的に分析する力が問われるのはこのためだ。そして2021年10月までにリポートをまとめ、スポンサー企業などに報告する。

ゲストから正式な奨学生へ

なぜ今、農業者が世界を旅するナフィールドの扉が日本で開かれようとしているのか。発端は2016年にさかのぼる。北海道で小麦やトウモロコシの大規模農場を経営する前田茂雄さんがナフィールドの存在を知り、奨学生ではなく「ゲスト」の立場で、3月の交流会に参加した。農業分野で有名な米テキサスA&M大学とアイオワ州立大学に留学した経験があり、英語でコミュニケーションできることが大きな武器になった。
ナフィールドに日本人が参加するのはこれが初めて。販売は農協に任せ、自分は生産に専念する農家が多いなかで、前田さんはベーカリーに小麦を直接売り、米国からポップコーンの製造機械を導入するなど、経営を革新する努力を続けてきた。今回の取り組みは、進取の気性に富む一人の存在が新たな挑戦で大きな役割を果たす典型例と言っていいだろう。
前田さんからナフィールドについて紹介を受け、2018年にゲストとして参加したのが、三重県の浅井雄一郎さんだ。浅井さんも海外の種苗会社から新しいトマトの種を調達するなど先進経営で知られ、その栽培施設は国内の研究機関が最先端の技術を試す場として引っ張りだこになっている。学生のとき世界各国をバックパッカーとして旅しており、やはり英語に堪能だ。
そして今年3月、最後のゲストとして参加したのが、藤田さんと奈良迫さんだ。
ここで「最後」と書いたのは、2020年からは正式な奨学生として日本の農業者を送り込むことを前提にしているからだ。事前に前田さんや浅井さんと話し合い、今回の参加はナフィールドジャパンの設立について本部から承認を取り付けることがミッションになっていた。立ち上げはその成果だ。

2019年3月に米アイオワ州で開かれた交流会。「各国の農業に対するイメージキーワード」を話し合うワークショップ

ここで、米アイオワ州エイムズで開かれた今年3月の交流会について触れておこう。プログラムの中で、奨学生たちが各国の農業についてどんなイメージを持っているかを列挙するという課題があった。今回は日本の農業者も参加しているということで、日本も対象になった。
「JAPAN」と大書した紙に書き込まれた言葉は、「健康的」「洗練された市場」「コメ」「ラーメン」「神戸、最も高価な牛肉」など。「巨大な輸入者」というのもあった。海外の農業者たちが、日本の農業に対して多様で具体的なイメージを持っていることに驚かされる。
背景にあると見られるのが、農業と食料を取りまく世界情勢に興味を持つグローバルな感覚だ。このあたりの事情について、前田さんは「メンバーのほとんどは農産物輸出国の農業者。彼らは輸出をしないと農業は成り立たないと思っています。だから、日本のこともマーケットして意識しているんです」と話す。そもそも前田さんが登場するまで参加者がいなかったということ自体が、彼我の国際感覚の違いを反映しているだろう。

海外の奨学生たちが書き込んだ日本の農業のイメージ

ナフィールドに参加することは、国際的な人脈を構築し、グローバルに農業ビジネスを展開するきっかけになる。それは前田さんや浅井さんのように海外から機械や種を調達したり、もっと直接的に輸出のチャンスをつかんだりすることにつながるかもしれない。だがそれ以前に、国内にいるだけではわからないさまざまな「気づき」を得ることに大きな意義がある。
「熱い議論を交わした10日間でした。自分たちがこれからどんな農業をしていくべきかという課題認識、パッションがありました」。2018年の交流会から帰国した直後、浅井さんは興奮気味にこう語った。農業の未来に希望を抱き、もっと高みへ上がれるというポジティブな確信を持つことこそが、日本の農業が再生するための条件になる。日本の農業者たちが世界に羽ばたく舞台となるナフィールドジャパンの挑戦に注目したい。

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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