脱サラ農家がランボルギーニを買うまで 栽培者から経営者への脱皮

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脱サラ農家がランボルギーニを買うまで 栽培者から経営者への脱皮

連載企画:農業経営のヒント

脱サラ農家がランボルギーニを買うまで 栽培者から経営者への脱皮
最終更新日:2019年10月02日

群馬県前橋市。葉物野菜のビニールハウスが点在する郊外の一角で、高橋喜久男(たかはし・きくお)さんが車庫のシャッターを開けた。登場したのは、イタリアの自動車メーカー、ランボルギーニ社のアヴェンタドール。エンジンをかけると、真っ赤な車体が大音量でうなりをあげた。農家が栽培者から経営者に脱皮すれば、スーパーカーを買うのも夢ではないというのが本稿のテーマだ。

「自給自足から経営へ」を決意

高橋さんが社長を務める高橋農園(前橋市)は、400棟のビニールハウスでチンゲンサイやホウレンソウ、ミズナなどの葉物野菜を育てる大規模経営。ハウスのほか、8ヘクタールの畑でブロッコリーやゴーヤも栽培している。インターネットで調べればすぐわかるように、ランボルギーニのアヴェンタドールは、郊外なら家一軒軽く建てられる金額のスーパーカーだ。高橋さんはそれを昨年、ローンに頼らず現金で購入した。目に鮮やかな深紅の車体を選んだのは、ディーラーを一緒に訪ねた幼い孫が、うれしそうに「赤、赤」と言ったからだという。
今から30年以上前、20代半ばでナスやホウレンソウを栽培したのが営農のスタート。それまでは、配線など電気関連設備の販売代理店や大手生命保険会社などで営業の仕事をしていた。とくに生保時代は、1カ月の給与が100万円を超えることもある腕っこきの営業マンだった。ただ帰宅が夜遅くになることも多く、子どもたちとすれ違いの日々を送っていた。農業を始めたのは、もっと家族と身近に接することのできる生活をしたかったからだ。
実家はもともと小さな規模で農業をやっていたが、高橋さんが就農するころはすでに農業から手をひいていた。家には軽トラもなく、ゼロからのスタートだった。栽培方法は自己流で、失敗もたくさん経験した。「種をまき、よく発芽したなあと思っていたら、冬が来て寒くなり、もう伸びなくなっておしまい」。当時、栽培を指導してくれた県の職員には今も感謝しているという。

「自給自足でいいと思っていた」と話す高橋喜久男さん

もともとは「自給自足でいいから農業をやるか」という気持ちで就農した。「食べるものはあるんだから、1日の売り上げは3000円あればいい」とも思っていた。農作業に慣れてくると、作物を育てる喜びも感じるようになった。だが、いくら栽培が楽しくても、それだけでは3人の子どもがいる家族を養っていくのは難しい。営業マン時代と比べ、収入は大幅に減っていた。
とくに子どもの友達が1万円近くもするようなブランドもののシューズを履いていることを知り、「親だけが楽しんでいてはダメだ」と思うようになった。「せめて夏に1回くらいは子どもたちを海水浴に連れて行き、冬には温泉に連れて行ってあげたい」。高橋さんはこのとき、「栽培農家から経営農家に変わらなければならない」と決意したという。目指したのは経営規模の拡大だ。

家族でワンボックスカーに乗り、徹夜で市場へ

高橋さんの表現を借りれば、経営を意識するようになってから「ボンッ、ボンッ」という勢いで、ここまで右肩上がりで成長してきたという。従業員を周年で雇用するため、露地と比べて天候の影響を受けにくいハウス栽培を開始。当初は60アールの零細経営だったが、農地を借りてハウスを増やし、1996年には法人化した。販路を増やしながら自前の出荷調整施設を建て、野菜の真空冷却装置を導入し、ハウスもさらに増設。売上高は4~5億円に達している。

出荷調整施設。ここから全国の市場に配送される

これまでの歩みをふり返りながら、高橋さんは「充実していたなあ」と話すが、もちろん苦労もあった。野菜の値段は地域によってまちまちで、一般に地元の市場より都内のほうが高い。農作業の後に2~3時間仮眠をとったあと、ワンボックスカーに野菜を積み、夜11時過ぎに東京に向かった。夏なのに冬服を着込み、車内は目いっぱいエアコンをきかせた。野菜が傷むのを防ぐためだ。
出発に間に合うように野菜を束ねるのは奥さんの仕事だ。積み下ろしを手伝うため、奥さんも一緒にワンボックスカーに乗り込んだ。3人の子どもたちも、布団をかぶって車の中で寝た。出荷をすませると、朝方に前橋に戻り、そのまま子どもを幼稚園に送り届けた。そのあとは再び農作業だ。
各地の市場に売り込みをかけていた当時の販売姿勢を、高橋さんは「強気で売ってたね」と表現するが、この言葉には注釈が必要だろう。「強気」というのは、採算度外視では売らないという意味。ただし、いろんな産地や農家と競合する中で、ただ「強気」なだけでは販路は開拓できない。
ここで高橋さんが心がけたのが、安定供給だ。天候不順などで収量が落ちる可能性があるときは、廃棄を覚悟で多めに作って市場のニーズに応えた。生産者の多くは値段が高いときに一気に売って、利益を得ようとする。これに対し、高橋さんは先行き値段が下がると予想されても出荷を平準化し、市場の期待に応えるよう努めた。強気で価格を交渉できたのは、こういう配慮の積み重ねがあったからだ。その結果、売り先は全国の20以上の市場に広がった。

農業用のさまざまな車両を整備するピット。高橋さんが自らレンガを積み、コンクリートを敷いて造った。施設のほとんどは手造りだ

ここで特筆すべきことが一つある。農協との取引だ。事実上ゼロからスタートし、自ら農場と販路を増やし始めた高橋さんにとって、農協はもともと接点のない存在だった。周辺の農家は、かつては牛の肥育や養豚など売り上げの大きい畜産が中心。彼らと比べると当時は営農規模が小さく、取引のきっかけをつかみにくかったという面もある。「自給自足でいい」というスタンスで始めたことを考えると、やむを得ないこととも言えるだろう。ところが、経営規模が大きくなっていく過程で、農協との取引が始まった。

経営が大きくなったからこそ、農協に役割

高橋農園の現在の出荷の仕組みは、家族がワンボックスカーに乗り込み、都内の市場を目指した創業期の姿とはまったくの別物だ。全国農業協同組合連合会(全農)の群馬県本部などが手配したトラックが連日、高橋農園の出荷調整施設に集まり、全国各地の市場へと野菜を運んでいく。どの野菜がいくらで売れたかという情報が全農から高橋さんのもとへただちに届き、翌日の出荷先を高橋さんが指示する。実際は高橋さんがどの程度の値段なら納得するかを全農の担当者が把握していて、市場に「これくらいでないと出せませんよ」と伝えてくれることも多いという。
高橋農園の出荷先は各地にあり、その一つ一つと日々交渉するにはそれなりに労力をさく必要がある。その点、全農は各地の市場と日々接しており、やり取りを代わりにやってもらうことが可能。とくに高橋さんが強調するのは、直接交渉しないことのメリットだ。値段の要望や野菜の品質に関するクレームなどをじかにぶつけ合うと、ときに角が立つこともある。全農はそこで一定のクッションの役割を果たす。全農の配送機能も当然役に立つ。

愛車のランボルギーニ・アヴェンタドールとともに

農家が法人化し、経営規模が大きくなると、農協と距離をおくようになるのが当たり前という見方がふつうになっていないだろうか。少なくとも農業を外側から観察する人にはそうした考え方があるし、筆者もそういうトーンの文章を書いたことがある。だが、高橋さんは逆に規模拡大に伴い、農協との関係を強化した。背景にあるのは経済合理性だ。高橋農園が出荷施設を自ら持ち、売り先の決定権も握っているため、手数料が一般より安いという事情はある。だから高橋さんは「農協におんぶに抱っこではダメだ」と強調する。だが、農協と農業法人の利害が必ずしも対立しないという点は確認すべきだろう。
加えて指摘しておきたいのが、高橋さんはあえて6次化には手を出さなかったという点だ。過去30年近く、農家が加工や販売を手がける6次化が農業再生の切り札になると言われてきた。この場合の販売は、農協や市場を通さずにスーパーやレストランに直接売ることをふつうイメージする。ではなぜ高橋さんは6次化に進まなかったのか。高橋さんはそのわけを「純粋な百姓として、やっていくことができるかどうかを追求したかっただけ。そのことが一番大きい」と話す。難しい理屈はそこにはない。

土耕でサラダ菜を育てているビニールハウスで

最後に高橋さんから新規就農者へのメッセージをお届けして、本稿を締めくくることにしよう。いわく「自分のようにランボルギーニに乗れる農家が現実にいるということを誇りに思っている。そんな農家を目指してほしい」。高橋さんらしい、じつにシンプルで力強いメッセージだと思った。

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