「おいしさ」とは「舌触り」と「歯触り」
お米には、香り、粘り、弾力、甘さ、うまみなど、さまざまな要素があります。このさまざまな要素の中でも、「光沢」と「粘り」こそがお米のおいしさを決める最大の要因であると30年以上前に発表したのが、東京農業大学客員教授であり、現在の「東洋ライス」代表取締役兼技術部長である雜賀慶二(さいか・けいじ)さんでした。
雜賀さんは、この粘りを生成する要因を解明し、「おねばの濃縮膜」、「保水膜」と名付けました。
お米を炊飯し始めると、米粒の表面からお米のでんぷんの溶解物「おねば」が出てきます。そして、釜(鍋)の中の水分が減ってくると、おねばは濃縮されて米粒の表面に再付着します。それが、おねばの濃縮膜、つまり、粘りです。炊飯後に外気に当たると、飯粒の表面を覆うおねばの濃縮膜の余剰水分が発散することで、飯粒の表面に張りができ、ツヤツヤと光る保水膜が完成するというわけです。
私たちが粘りを感じるのは「口あたり」。つまり、「舌触り」や「歯触り」です。雜賀さんは、「おいしいお米」の粘りについて、こう説明します。
「やみくもにネチャネチャに粘っているというのではなく、一粒一粒がそれぞれ独立した状態。そして、粒の表面には粘りの膜がつややかに張られ、内部はそれよりも水分の少ない均一な弾性力を持っている状態です」
見た目はつやつやピカピカ。箸で持ち上げることができる粘り。口に入れると一粒一粒を感じられる。舌触りがなめらか。噛みこんでも粉っぽさやざらつきや水っぽさがない。
そんなごはんを食べたら、きっと多くの人が「おいしいお米だ」と思うでしょう。
「おねば」を洗い流したごはんはおいしくない
では、どうして口あたりが「おいしさ」を決めるのでしょうか。
雜賀さんがこんなユニークな実験をしています。
炊きあがったごはんをぐちゃっとつぶしてから食べる。
炊きあがったごはんの表面のおねばを湯で洗い流してから食べる。
すると、せっかくおいしく炊きあがったごはんは、いずれも「おいしくない」と感じるというのです。たしかに、たとえどんなにおいしく炊きあがったごはんでも、ぐちゃっとつぶしたり、おねばを流したりしてしまうと、ごはんとしてはおいしくなくなってしまいます。
私たちがそう感じる理由は、「ごはん」の特性にあるようです。
「ごはんにはかすかな甘みはありますが、『甘い』『辛い』『酸っぱい』『苦い』の四味の影響力は小さく、ほとんど味のない味と言えます。そのため、『口あたり』や『香り』が優先され、中でも『口あたり』が最もごはんの味に影響するというわけです」(雜賀さん)
ただし、これはあくまで“日本人にとっての”「おいしいお米」。海外では、この粘りを「重い」として嫌厭(けんえん)する国もあります。日本の米は粘性のある短粒種がほとんどですが、海外の米は粘性のない長粒種、中粒種が多い傾向にあります。調理法も、日本のようにおねばごと食べる「炊飯(炊き干し法)」に対して、海外ではおねばを捨てる「湯取り法」というふうに、粘りの扱い方や立ち位置に違いがあります。「粘り=おいしい」は、日本人ならではの感性なのです。
精米の上手下手で「おいしさ」は変わる
こうしたごはんの粘りからおいしさの度合いを知ることができる技術を生み出そうと、7年ほどの開発期間を経て、今から約30年前の1990年に東洋ライスが発表した機械が「味度メーター」です。味度とは、飯粒の表面の「保水膜」の量を測定して100点満点で点数に換算したものです。
味度メーターは、簡単に言うと、ごはんの光沢、つまり保水膜の厚さを計測する機械です。しかし、同じ米を炊いたごはんでも、精米方法や炊飯方法などによって保水膜の量は変わってしまいます。
そこで、同一条件で計測するためにいくつかの工夫がなされました。
味度メーターの計測に必要なのは、精米した33グラムの生米。平たい丸い容器に入れると、米粒が動かないように固定された状態でセットされ、熱湯の中に浸かります。これが「仮炊飯」。米粒が入った容器内からは米粒の表面に付いた気泡が抜けて水分が米粒に均一に行き渡るように工夫されています。
10分後、熱湯から出して3分蒸らします。その後、容器から煎餅状になった米を取り出して、計測器の中に投入します。あらゆる方向から光センサーで煎餅状の米の表面にある保水膜の厚さを測るという仕組みです。1検体につき、合計で14分30秒。米をセットしてから計測が終了するまでの一連の作業はすべて自動で行われます。
「味度」の平均値は70点台。80点台は誰が食べてもおいしいと感じ、90点台が出るのは極めて少ない。90点台のお米は保水膜が厚いおかげで、炊飯後にしばらく置いておいてもツヤが保たれるそうです。
また、お米の精米具合によっても、ごはんのおいしさ、つまり味度に影響が出ると雜賀さんは言います。
「精米が不足してお米の表面にぬかが残っていると保水膜の生成を阻害してしまいます。一方で、保水膜はお米の『うまみ層』にあり、このうまみ層が炊飯によって保水膜になるため、過剰な精米でうまみ層を削ってしまうと、保水膜が薄くなってしまいます」(雜賀さん)
味度メーターと“ベロメーター”はほぼ一致
「お米のおいしさを測るならば『食味計』もあるのでは?」と思う人もいるでしょう。食味計は味度メーターのようにお米の保水膜の厚さを測るのではなく、お米の成分を測る機械です。アミロース値やタンパク質、脂肪酸度などを測ることができ、総合点数(食味値)が高いほど「おいしいお米」とされています。つまり、米の成分から米の味や食感などを推測する方式です。
ただ、食味計では測れないのが、お米の劣化による食味の低下です。
以前に、ある農家が実験のために収穫後に玄米で低温保管していたという5年前のお米を、食味計で計測してから精米、炊飯して食べてみました。すると、収穫直後に農家が計測した数値と脂肪酸度も総合点数もほぼ変わらないのに、古米臭が強くて粘りもなくパサパサとしていて、食べるのが厳しいほど劣化していたのです。
一方で、味度メーターでは、お米が劣化すると保水膜も薄くなるため、点数は下がります。実際に、東洋ライスで社員を対象に行った、味度メーターと実食による相関を調べる実験では、人間の“ベロメーター(官能)”にほぼ一致しました。
味度の高いお米を栽培するためには?
では、味度が高い米を作るためにはどうすれば良いのでしょうか?
味度の高い米を作る農家に聞いてみました。
タンパク質含量が少ないと食味値は上がります。しかし、「タンパク質含量を下げて食味値を上げようとすると、味度値は反比例して低くなりやすい」と指摘するのは、「米・食味分析鑑定コンクール国際大会」国際総合部門金賞を連続受賞した新潟県南魚沼市の米農家・関智晴(せき・ともはる)さん。「やせた米では高い味度値は出ない」と言い、味度が高い米は「ぷりっと太っている」と教えてくれました。
食味値を上げるためにタンパク質含量を下げようとして、初期に化学肥料を入れて茎数を増やし、後半に肥料分を落として作る農家もいます。しかし、そうした栽培法では、基部未熟(米粒の先端が未登熟)になるなど、味度が低くなってしまうそう。「稲は周囲との茎数のバランスを分かっています。稲にとって予期しないことを起こさせないことが大切です」と関さんは言います。
「登熟スピードがゆっくりだと味度が出やすいようです」と話すのは、同大会で何度も受賞経験がある岩手県奥州市の阿部知里(あべ・ちさと)さん。そのためには、田植えを遅くするなど、登熟温度を低くする必要があると言います。阿部さん自身、遅く田植えをして、「お米はタネなので、充実したタネは味度が高い」と考え、しっかりと完熟させてから刈り取っています。
しかし、それも地域と気候次第。阿部さんによると、北日本の寒い地方では田植えが遅すぎるとしっかりと登熟しきれず、逆に味度が低くなってしまう可能性があります。一方で、西日本の暑い地方では遅く植えても味度が出にくくなりがちですが、同じ西日本でも山間部などでは、タイミングが合えばゆっくりと登熟させることが可能です。
稲作は自然との戦いでもあり、調和でもあります。その年によって、作業の時期や内容で吉と出るか凶と出るかは、多くの場合、収穫時期まで分かりません。
「食味計で出る食味値、味度メーターで出る味度値、どちらか一方だけではなく、両方の機械で高得点を出す米を作ることが目標」と関さん。米農家は毎年が年1回の真剣勝負。そうしてできた「おいしいお米」をおいしい状態で食べるためには、栽培だけでなく、もみすり、乾燥調整、精米、流通、保管、炊飯をそれぞれベストな状態で行うことも重要です。「おいしいお米」に出会えたら、そのお米はきっとさまざまな工程の連携の賜物(たまもの)なのです。