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ワサビの命、それは水だった! 自然の恵みを守るワサビ農家8代目の思い

千田 一徳

ライター:

ワサビの命、それは水だった! 自然の恵みを守るワサビ農家8代目の思い

静岡県伊豆の国市地域おこし協力隊、農家志し中のちだです。伊豆と言えば? そう、「ワサビ」ですね。あら、ご存じない? 実は伊豆はワサビの生産が非常に盛んな地域なんです。お寿司を筆頭に、日本の食卓になくてはならないワサビですが、どんな場所でどうやって育てられているのかわかる方は少ないのではないでしょうか。今回は、ちだが好奇心に任せて伊豆の名産ワサビの農家さんに突撃してきました。

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ちだが代々続くワサビ農家さんに突撃!

静岡県伊豆市の旧中伊豆町はワサビの名産地です。

今回は、その旧中伊豆町のワサビ農家、飯田茂雄(いいだ・しげお)さんのワサビ沢(畑、ではなくワサビは「さわ」という言い方をします)に伺いました。

飯田さん(左)。75歳とは思えないハツラツさがまぶしい。

飯田さんの家はなんと8代続くワサビ農家さんです。

ご自身は農家を継いでから53年経つとのこと。この時点で、歴史の深さを感じざるを得ません。

ワサビの栽培方法。良いワサビを作る条件とは?

みなさんが食べているワサビ、畑でどんな姿をしているかご存じですか?

もういきなり答えです。クライマックスです。

いいですか?

これが、ワサビです。

わかります。

ワサビ感無いぞと。

これを抜いて、きれいにするとこうなります。

大事なので、もう一度言いますね。

ちだ

これが、ワサビです。
この、根に見える部分(実際は茎です)をすりおろします。すると、あのワサビになります。

そして、ワサビのバックに写っているものは、そう、です。

この水が大切だと飯田さんは言います。

水の質が、ワサビの質を決めます。この土地は、天城山のきれいな山水が常時流れているということがワサビ栽培の上での重要なポイントです。

飯田さん

ワサビって常に水がないと育たないんですね。
さらに、水温が常時15℃前後に保たれるという点もポイントだそうです。

非常に土地を選ぶ作物なんですね。

ワサビ栽培のポイントをまとめると

  • 常にきれいな水が大量に流れているところ。山あいの地域が多い。
  • 水温が常時15℃前後である。夏場に暑くならないところ、または標高の高い地域。

になります。

この条件に特に合致しているのは、長野県の北アルプス地域(特に安曇野市など)と静岡県静岡市の有東木(うとうぎ)地域、そして伊豆半島の中伊豆地域、天城地域などです。

これらの地域では水の中で育つ「水ワサビ」が生産されています。
したがって、日本のワサビのうち、水ワサビのほとんどが長野県と静岡県で生産されていることになります(2016年、農林水産省調べ)。

一方、畑で育ち、葉っぱや茎を食べることを目的とした「畑ワサビ」というものも存在します。
※ この記事では、ワサビは全て「水ワサビ」を指すこととします。

静岡独特の栽培方法「畳石式」で、かつ無農薬生産!

世界農業遺産ってご存じですか?

ちだ

え? 初めて聞きました。

世界農業遺産は、世界的に重要かつ伝統的な農林水産業を営む地域の農林水産業システムを、国際連合食糧農業機関(FAO)が認定する制度だそうです。

静岡の水ワサビは「畳石(たたみいし)式」という方法で作られていて、この栽培方法が「静岡水わさびの伝統栽培」として世界農業遺産に認定されています。

ちだ

畳石式? な、なんだそれ?

伊豆のワサビって、こういうところで育てられています。

ここは飯田さんの沢ではない、別のところ。伊豆市筏場(いかだば)のワサビ沢群。

山あいにあるんです。

飯田さんはこういうところを通って、ワサビ沢まで行きます。

足を踏み外したら川へ落下……

そう、完全に山の中なんですよ。

山から流れる水は、延々と下流まで続きます。

この山から流れてくる水を、きれいなまま下流へ送り込むよう、ワサビ沢全体がろ過装置のようになっているんです。
最下層部は、底から大きな石、中くらいの石、小さな石と続いて表面は砂になってます。これが、畳石式栽培です。

飯田さん

流れている水はとてもきれい。

表面の砂をすくってみる。

確かに、細かな砂と小石。

さらに少しだけ掘ってみると、少し大きな石が出てきました。

この畳石式が始まったのは1892年ごろと言われてますね。

飯田さん

ちだ

ひゃ、ひゃ、100年以上前!?
壊れたところを補強したり、ということもありますが、基本的には当時のものをそのまま今も使い続けています。

飯田さん

ちだ

100年以上前からの積み重ねが、今につながってるんですね……ハンパねぇ。
農薬は使われてるんですか?
ワサビは、無農薬で栽培しています。虫や雑草の対応が大変ですけど、おいしいワサビのためですからね。

飯田さん

事実、ちだが取材として一日お手伝いした時の主な仕事はアオムシ取りでした。
200匹以上は取ったでしょうか……

農薬を使っていないので、他にもいろんな虫がいました。

ゴマダラカミキリ。かわいい。

マジで腰が痛いです。

太ももの裏もパンパンです。

飯田さんには格好をつけたくて、「余裕っす!」とか言いましたが

この後3日間は足が筋肉痛で普通に歩けませんでした。

僕も農作業してるんだけどな。

ワサビの販路とこれからの課題

畳石式栽培でかつ無農薬な飯田さんのワサビ、これがハンパじゃなくおいしいんです。

別の日、その場で石を割った断面でワサビを擦って食べさせていただきました。

昔は、家からご飯だけを持って行って、このように割った石でワサビを擦ってお昼ご飯にしていたそうです。

ちだ

(ねばり気と香りがハンパない……)飯田さんのワサビはどこに販売されているんですか?
8割から9割はJA出荷ですね。
そこから主に東京や大阪などの大都市圏の市場や海外に販売されたりもします。

飯田さん

良いものは一本5000円以上の値がついたりするそうです。
お高いお寿司屋さんや、料亭なんかで使われることが多いこのワサビさん。

ちょっと庶民には手が届かないですね……。

そういったところへ出荷してきちんと収入を確保することももちろん大事なんです。けど、個人的にはこの土地の恵みをいただいて作っているのでもう少し地元の方々に召し上がっていただきたいという思いもありますけどね。

飯田さん

これからの課題

ちだ

一般的な農業分野では、作り手の減少が課題ですが、ワサビ農家さんはどうなんでしょうか。
やはり、後継ぎがいなくて廃業せざるを得ないという方もいらっしゃいます。
ワサビの生育には自然環境が非常に重要なので、その環境維持ということも含めて地域ぐるみで対応をしていかなければなりませんね。

飯田さん

繰り返しになりますが、ワサビの生育にはきれいな水が不可欠です。

また、その水は畳石式のシステムによってろ過され、下流でもワサビ栽培に使われます。

どこか一部が耕作放棄地になると、雑草の繁茂による水の流れや質の変化が起こる可能性があり、それが下流域のワサビ栽培に影響を及ぼす可能性があるんですね。

ちだ

ワサビって、シカに食べられたりするんですか?
食べますね。
だから、ネットを張ります。ネットは、沢に沿ってずーっと張ります。沢はつながってるので、どこからか入られたら全部食べられます。
なので、みんなで協力してネットを張るんです。

飯田さん

ちだ

生産者が減少すると、そういった協力して行う作業も少しずつできなくなっていくんですね。

また、飯田さんは地域の自然を守り、次世代へとつなぐための活動にも積極的に加わっています。

「萬城(ばんじょう)の滝周辺整備協働の会」の会長として、そして「天城山の自然を守り育てる会」の会員として活動をしています。
植林や間伐など森林を守る活動は、そこから生まれる水を育みます。これからもいいワサビを生産するのに必要な活動ですね。

飯田さん

奇麗に間伐してある森は炎天下でも涼しく感じられる。

何年後、何十年後のために、今自然を守る。
わかってはいるけど、なかなかできることではありません。

また、森林や環境を守る活動だけではなく、森林公園作りや整備を通して地域活性化や観光資源作りもこれらの会で行っています。
森林の魅力を知ってもらうことで人に来てもらって、ワサビの良さのみならず地域の良さを知ってもらえたらという思いです。

飯田さん

飯田さんが造成に関わった池。

飯田さんは、自らのワサビのことだけではなくその恵みをもたらしてくれる地域の自然に対しても誠実に向き合い活動していました。

地方は、多くの課題を抱えています。
人口減少、耕作放棄地の増加、それに伴う自然の荒廃、これらによって地域の魅力は少しずつ減退し、さらに人口減少が進む、という悪循環も起こっています。

ワサビだけではなく、全てがつながっているんです。

飯田さんはそう話してくれました。

ワサビを守るために、森林を守る。
それが地域活性につながり、悪循環を止めることができるかもしれない。

自然がどのように守られ、つながれてきたのかをワサビ沢の中で感じました。

まとめ

伊豆に来るまで、ワサビの本当のおいしさも、それを取り巻く環境や課題も知ることはありませんでした。

自然や農地を守り、次世代へつなぐ。

日本の各地で課題になっていることかもしれません。

先人の積み重ねを感じ、そして自分がどうつなぐか、ワサビの風景は改めてそれを考えさせてくれました。

近いんだけどちょっと遠い存在のワサビ、自然と歴史がぎゅっとつまった“ステキ野菜”です。

飯田さん、お忙しいところありがとうございました!

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