キュウリの選別作業を少しでも自動化したい
農業機械が普及したことで、農作業の多くが自動化されています。しかし、自動化が進んでいるのは、水稲作をはじめ、一部の農作物に限られていて、果菜類の生産ではほとんど自動化されていないのが実情です。例えば、キュウリの生産では、多くの農作業が手作業で行われており、その中でも収穫、出荷の労働時間が長く、キュウリ生産者は早朝から夜遅くまで農作業に追われることになります。そこで静岡県湖西市でキュウリを生産する小池誠さんは、人工知能を取り入れてキュウリの出荷作業の軽減に取り組んでいます。小池さんがこう説明してくれました。
「愛知県内の自動車部品メーカーでシステム開発に携わっていたのですが、5年前に退職して家業のキュウリ生産を継ぎました。ただ、キュウリの出荷作業がとても大変で、最盛期にはキュウリ5000~6000本を、8時間ほどかけて選別、箱詰め作業をしなければならないのです」
キュウリ生産が盛んな地域なら、共選場に大規模な選別機が導入されていて、生産者は未選別のキュウリを持ち込むだけでいいのですが、そうでない地域の家族経営の小規模農家では、既存の選別機を導入することはできません。幸い、小池さんには前職のシステム開発で培ったプログラミング技術があったことから、これを生かして自動選別装置の開発に取り組むことにしました。
「選別作業は必要不可欠とはいえ、丁寧に選別してもキュウリの品質が高まるわけではありません。だったら、少しでも選別作業を自動化して、空いた時間をキュウリの品質を高める作業に当てたいと考え、自動選別装置の開発に乗り出すことにしました」(小池さん)
選別作業の完全自動化からの方針転換
小池さんの農園では、長さ、太さ、曲がり具合、色、傷の有無などによってキュウリを9つの等級に選別して、それぞれ箱詰めして出荷しています。等級の基準を数値で示せるなら、プログラミングに組み込むことができるのでしょうが、小池さんとともに選別作業に当たっているお母さんが経験的に判断しているといいます。これでは選別方法をプログラム化することは決して簡単なことではありません。そこで小池さんは人工知能にキュウリの等級を判断させることにしました。
そのためには人工知能に小池さんの農園のキュウリの等級を学習させる必要があります。Googleがオープンソースとして公開している機械学習用ソフトウェア「TensorFlow(テンソルフロー)」を使うことにしました。ただし、機械学習には教師データが必要ですから、大量のキュウリを撮影し、それぞれに熟練者である母親が判断した等級の情報を加えて、人工知能にキュウリの選別基準を学習させていきました。
「9等級それぞれに275枚、合計で2475枚の写真を撮影するのには手間がかかりましたが、ソフトウェアは無償でしたから、かかったコストはウェブカメラの購入費を含む3000円程度です。それでも試作1号機の正答率は8割程度で、これなら使える……と感じました」(小池さん)
正答率を高めるため、上、下、横から撮影できるようにカメラを3台に増やし、キュウリ8000本を3方向から撮影した24000枚の写真で機械学習を行うと、正答率は90%以上に向上しました。この結果に自信を深めた小池さんは、選別後の箱詰めまで自動化しようと、人工知能の判断に応じて指定の箱にキュウリを運ぶベルトコンベアまで自作しました。ところが、ベルトコンベアで運ばれるうちにキュウリの表面の突起が取れてしまい、鮮度が落ちることが判明。選別作業に自動化を目指していた小池さんは大きく方針転換することにしました。小池さんがこう続けます。
「選別作業の完全自動化は難しいと分かり、母親の基準で自動的に等級を自動判定することにしました。熟練者でないと等級の判断は難しいので、一時的にアルバイトを雇うという選択はありませんでしたが、人工知能が等級を示してくれるなら、後は箱詰めするだけですから、アルバイトに出荷作業を手伝ってもらうこともできますね」
出荷作業を1.4倍にスピードアップ!
こうして方針転換した小池さんは3号機の試作を開始。人工知能が判断した等級を示すためにディスプレーを用意し、その上にキュウリを置くと、上部のカメラが撮影して、キュウリの下に等級が示されるようにしました。改めて36000本のキュウリの写真を撮影して、これを教師データに機械学習させて、80%程度の正答率を確保しているといいます。
等級を判断するだけでは、出荷作業を軽減できないと思われるかもしれませんが、2018年から2019年にかけて実際の出荷作業に取り入れたところ、これまでに比べて選別作業を1.4倍ほど早められたといいます。
「現在の8割程度の正答率でも出荷作業を軽減するのに役立っていますが、実際の等級よりも高く判断してしまうことがあります。これは取引先との信用問題になるため、今後、教師データを増やすなどして正答率を高めていきたいと考えています。自動選別機の開発にはプログラミングの知識が必要とはいえ、決して高度な技術は必要ありませんから、私のように出荷作業に負担を感じているなら、自動選別に取り組むことをお勧めします」(小池さん)
小池さんの取り組みを知った、ナス生産者とイチゴ生産者から相談を受けて、人工知能を取り入れた自動選別装置の制作方法をアドバイスしているといいます。農業のスマート化が求められる昨今、農業ICTの開発が急ピッチで進められていますが、何も研究機関や農業資材メーカーに限った話ではなく、生産者自らが自作する時代になってきているのかもしれません。