「有機農法の取り組みが価格に反映されない」生産者の悩み

宮崎・綾町で完全無農薬のビオワインを生産するワイン農家の香月さん。コストをどう価格に転嫁し、消費者に納得してもらうかが課題
1988年に全国初の「自然生態系農業の推進に関する条例」を制定し、町を挙げて環境に配慮した農業を推進してきた綾町は、「有機農業の先進地」として農業関係者の間で広く知られています。その先進的な取り組みに共感し、新規就農を志す移住者も少なくありません。
しかし高い評価の陰で、綾町は「有機農業の取り組みが、なかなか農産物価格に反映できない」(綾町農林振興課)という課題も抱えていました。
「綾町は国の規格よりはるかに厳しい基準を設け、有機農産物を認証してきました。わが町の有機農業には50年の歴史がありますが、市場に出ると、数年の取り組みで『有機JAS』の認証を取得したオーガニック野菜との差別化がなかなかできません。有機栽培の結果である虫食いや形の悪さも、価格にマイナスになってしまうのです」(綾町農林振興課)
その綾町に、ブロックチェーンを活用した付加価値の向上を提案したのが、電通国際情報サービス(以下、ISID)のオープンイノベーションラボ「イノラボ」です。ビットコインなどの仮想通貨を生み出す技術として知られるブロックチェーンですが、管理者が存在しない非中央集権の性質を持ち、改ざんが不可能な技術は、非金融分野への導入も始まっています。トレーサビリティーも応用が期待される分野の一つで、綾町とISIDは2016年、同町の野菜のトレーサビリティーを保証し、都市部の消費者に評価してもらう実証実験に着手しました。
トレーサビリティーを保証し都市の消費者に提供

実証実験では生産・流通履歴をブロックチェーンに記録。消費者がQRコードをスマホで読み込むと履歴を追うことができるようにしました
最初の実験は2017年3月。複数の農家が、栽培過程をブロックチェーンに記録した野菜を、東京都心で開かれた朝市(マルシェ)で販売しました。消費者は野菜の包装フィルムのQRコードをスマートフォンで読み取り、野菜がどのような土壌で育ち、いつ作付けが行われたかなどを確認できます。
イノラボのプロデューサー、鈴木淳一(すずき・じゅんいち)さんは「消費者の多くが、価格が高くてもトレーサビリティーが保証された綾町の野菜を高く評価し、購入した」と振り返りました。
翌2018年5月には都内のレストランで、綾町の有機野菜を用いた「エシカル(倫理的)メニュー」を提供するイベントを実施しました。この実験では生産だけでなく、輸送時の環境や調理工程もブロックチェーンに記録し、消費者の口に運ばれるまでのトレーサビリティーを保証しました。さらには将来的にエシカル消費のコミュニティーづくりやインセンティブ付与を設計するため、注文した客の消費履歴もブロックチェーンに記録しました。
エシカルな消費に“トークン”付与、行動の動機付けに

フランスではオーガニックな商品を集めたビオマルシェが人気を集めています。写真はフランス最古のビオマルシェ、「ラスパイユのビオマルシェ」で売られていた野菜
そして2019年5月、ISIDと綾町は実証実験の舞台を、1989年からビオマルシェが開かれ、エシカル消費が市民生活に根付いているパリに移しました。ここで登場した商品は、綾町のワイン農家・香月克公(かつき・よしただ)さんが生産する完全無農薬のビオワインです。
ニュージーランドでワイン醸造を学んだ香月さんは2009年に宮崎県に帰郷し、8年かけて無農薬ブドウで作るオーガニックワインの生産にこぎつけました。しかしワインの生産には手間がかかりすぎて、1本7000~1万円という価格設定を余儀なくされています。
鈴木さんは「ワインに精通する消費者だからこそ、ブランド、味だけでなく、生産哲学という要素も価格の要素として評価してくれるのでは」と考えました。

パリのレストランで開催された実証実験では、香月さんのワインを飲んだお客さんにSDGsトークン(仮想通貨)が付与されました
パリのレストランで開催した実証実験は、トレーサビリティーを保証したワインを消費者に飲んでもらうところまではこれまでと同じですが、新しい試みとして、SDGsの理念に貢献するためにブロックチェーンから生み出された「SDGsトークン」という仮想通貨を消費者に付与し、香月さんのワインを飲むという行動がSDGs活動につながっていることをスマホの画面から可視化できるようにしました。
実証実験の技術的側面を構築してきたシビラ(大阪市)の藤井隆嗣(ふじい・たかし)社長は「今回はトークンを付与するところまでで終わりですが、将来的にはこのトークンに交換価値を持たせることで、望ましい行動や、コミュニティーへの貢献を動機づけることが目標です」と説明しました。
レストランでの実証実験を終えて、関係者はさまざまな手ごたえを得ました。
シビラの藤井さんは、「我々が提示したかったブロックチェーンによる新しい価値を完全に理解してもらえたかは分かりません。社会に普及させるためには、理念だけでなく分かりやすさと楽しさも必要だと学びました」と振り返りました。
香月さんは、「『赤ワインはもうちょっとだね』という辛口のコメントから、『このブドウは外した方がいいんじゃないの』というような専門的な助言まで、ワイン通のお客さんたちから参考になるアドバイスをたくさんもらいました」と満足そうに話しました。
「皆が必ずしも同じものを欲しがる時代ではなくなり、商品のストーリーを丁寧に伝えることが一つの解だと考えています」と消費の未来を語るのは鈴木さん。ブロックチェーンが商品の付加価値向上においてどういう役割を果たせるのか、今後も研究を続けていくそうです。