相次ぐ台風でニンジンに壊滅的な被害(千葉県)
昨年(2019年)9月9日、台風15号が千葉県に上陸して、伊豆諸島や関東地方南部を中心に猛烈な風や雨の被害をもたらしました。千葉県八街市で農家を営む小山直樹(こやま・なおき)さんの畑では、建てたばかりだったハウスが倒壊。さらに、8月に種をまいて、小指ほどの高さになっていたニンジンは、その1割ほどが強い雨風によって育たなくなり、冷蔵庫に貯蔵していたニンジンも停電の影響ですべて売り物にならなくなりました。それでも、台風15号の被害については、なんとか持ちこたえられるほどだったと言います。
そんな台風15号の被害から回復しつつあった矢先、10月25日から26日にかけて、台風21号の影響によって記録的な大雨が降ったのです。降り続いた雨によって、小山さんのニンジン畑には大きな水たまりができ、水がはけるまでには20日もかかりました。その間に、順調に育っていたニンジンも水没してしまい、ほとんどが育たなくなってしまったのです。
当時ははっきりとわからなかった被害の実態ですが、今期8トンを見込んでいたニンジンの収穫量は、たった300キロだったそうです。小山さんは台風の被害について、こう振り返ります。「今まで千葉県は災害が少なく、備えが甘い地域だったと思います。水没した畑も元々水がたまりやすい土地ではありましたが、こんなに大きな被害が出てしまうとは思ってもみなかったです」
豪雨によって原木8万本が濁流に飲み込まれた(栃木県)
また、10月12日関東地方に上陸した台風19号で甚大な被害を受けたのは、栃木県矢板市で「君嶋きのこ園」を営む君嶋治樹(きみじま・はるき)さんです。自宅と農園のすぐ側を流れる中川が決壊し、農園は壊滅的な被害を受けました。菌を植え付け、育てていたシイタケの原木は8万本すべてが押し流され、貯蔵していた干しシイタケも半分以上が水没しました。さらに、自宅も床上70センチ以上浸水して泥だらけになり、車も水につかり廃車になって、生活の基盤を一気に失ってしまったのです。
「初めて、命の危険を感じるほどの大雨を経験しました。大事に育んできた日常が、一夜にしてどこか遠くへと流れ、絶望だけが残りました」と君嶋さんは当時を振り返ります。栃木県では、シイタケの産地が東日本大震災後の原発事故により汚染され、多くの市や町でシイタケが出荷できなくなりました。矢板市も出荷制限を受け、君嶋きのこ園では、シイタケを採っては捨てる日々が続いたそうです。それでもひたむきにシイタケの栽培を続け、出荷制限の部分解除を受けて、ようやく震災前の収穫量に戻った矢先の台風でした。君嶋さんは、「なぜまた……」という思いが拭えなかったそうです。
それでも休む時間はありませんでした。原木8万本のうち、約1万本は園外に流出してしまったため、原木の回収作業をすぐに始めなければならなかったのです。「広範囲に原木を流出させてしまったので、周囲に迷惑を掛けていないか気がかりで仕方ありませんでした」と話す君嶋さん。今も復興作業は続いているそうです。
「ポケットマルシェ」で生まれた絆
台風による被害からの復興に大きく貢献したのが、出品者を農家と漁師に限って展開する直販アプリ「ポケットマルシェ」でした。小山さんと君嶋さんは、普段から農作物を「ポケットマルシェ」で販売。小山さんは、消費者と直接やり取りできる点や、直販サイトを自ら管理する手間が省ける点などを気に入り、リリースと同時に使い始めました。また、君嶋さんも昨年1月から出品を始め、普段から消費者の温かいコメントに励まされていたそうです。台風後、それぞれがそれまでに感じていた以上に、「ポケットマルシェ」でのやり取りに救われたと言います。
台風被害の後、小山さんと君嶋さんは、それぞれ被害状況について報告し、農作物を予定通りに届けられないことについて、ポケットマルシェ内のコミュニティ(消費者と生産者が直接やり取りできる掲示板)にてお知らせを出しました。すると、ユーザーから多くの励ましのコメントが届いたのです。君嶋さんは当時について、「温かい応援の言葉を掛けてくださり、さらに必要な救援物資を実際に送ってくださる方もいて、コミュニティの温かい投稿には何度も泣かされました。商品を再販できたときには、常連のお客様からすぐに注文が入り、『待っていてもらえたんだ』と感動しきりでした」と語ります。
小山さんは被害の大きさから、台風被害を免れた落花生を、通常よりも値段を高めに設定して販売。その差額を修復費用や災害対策費用に活用するために、「ポケットマルシェ」の了解を得て販売したもので、40人から注文が入りました。そのほとんどが、初めて注文してくれた人だったそうです。小山さんは「気持ちで買ってくれた人が多かったと思います。中には『もし人手が必要なら行きます』とか、『自分も被災を体験しているから恩返しがしたい』などと声を掛けてくれた人もいました。畑にいるととても孤独で、そんな時に応援のメッセージは心の支えになりました」と振り返ります。
CtoCで販売するためのツールだけでなく、災害時の農家を物理的にも心理的にも救済するツールとなり得た「ポケットマルシェ」。君嶋さんは、「作り手と買い手の距離をグンと縮めてくれるすばらしいツールだと思います」と話します。また小山さんは、「ポケマルのユーザーさんはただ野菜を買うことだけではなく、もう一歩踏み込んだものを見てくれていると感じます。時に、送った商品や詰め方について『もっとこうした方がいいよ』と教えてもらえることもあり、貴重な気づきにもつながっています。農家と消費者とのつながりを作る新たなツールだと思います」と話していました。
「ポケットマルシェ」で生まれている生産者と消費者との絆。まだまだ大きな可能性を秘めていそうです。
画像提供:君嶋きのこ園、小山直樹さん、ポケットマルシェ