独立就農への壁
――妹尾さんは総合大学を卒業され、8年間会社勤めをされていたそうですね。農業と全く接点がなさそうですが、なぜ農業に興味を持ったのでしょう。
学生の頃からいつか独立をしたいとは思っていて、会社勤めも半分は経営の勉強目的でした。農業に興味をもったきっかけは旅行です。産地の旬の食材を食べて人生観が変わりました。「自分も名産品をつくって人々に衝撃を与えたい!」と思うようになり、地元の岡山県で盛んなブドウを作ろうと、県の就農相談所に話を聞きに行きました。
――すごい行動力ですね。
ところが相談に行ってみて、非農家の素人が農業を始めることがいかに難しいかを知りました。まず、農地を借りることが難しいんです。兼業農家をしている義父母の元で始めるという形で、何とか就農することができました。現在は義父母とは別の畑でブドウを育てています。
――就農してサラリーマン時代と何が変わりましたか?
一番は安定収入が無くなったことです。果樹栽培の場合、収益が見込めるまで5年かかると聞いていましたが、研修でお世話になったブドウ農家の師匠からは7年と言われました。実際、今年8年目でようやく農家として食べていかれる目途がたったという状況です。妻と3人の子どもがいますので、家族に迷惑をかけられないというプレッシャーは常にあります。
ブドウは単価が高いから稼げると思っていましたが、病気や自然災害で一気に作物がやられてしまうと、全く出荷ができなくなる。どの作物でも同じことが言えますが、こうしたリスクも農業ならではだと思います。ブドウの収穫時期は夏季なので、冬季にも収入源を得ようと裏作でレモンの栽培をはじめました。
「作ること」以外の大事な仕事とは
――狩猟もはじめたそうですね。
ブドウ棚ほどの高さがあっても獣害があるんです。イノシシは2本脚で立ってブドウの実をちぎって食べると聞き、驚きました。実際ひとつの畑を全滅させられたこともあります。
今の倉敷市では(※)被害があってもすぐに捕獲できません。市町村に捕獲申請をして、さらに市町村から猟友会に依頼をして、猟友会のなかで捕獲が許された人に依頼が入り、ようやく現場に来てもらえます。これはどうにかして自衛しなければ園地を守れないと思い、免許を取って猟友会に入りました。
(※)駆除許可は市町村ごとに異なります。
――狩猟会に入って良かったことはありますか?
罠の設置のコツや、捕獲したイノシシの解体の仕方も教えてもらいました。また、地元の方に顔を知ってもらうこともできます。妻の実家地域とはいえ私は新参者なので、猟友会の他にも子どもの保育園の保護者会や小学校のPTAにも参加して地域に馴染めるようにしています。仕事以外の友人もできるので、楽しんでやっています。
――栽培や農業経営以外にもやることが多いですね! 就農を後悔したことはありませんでしたか?
後悔はありませんが、辛かった時期はありますよ。以前、信頼していた取引先が急に倒産し、お金を回収できないことがありました。しかも2度も……。経済的にすごく追い込まれたし、何より信じていた人に裏切られたという精神的なダメージがありました。冷静に考えると、倒産の予兆がゼロではなかったんです。そこを見極められなかった危機管理の甘さが悔しくて、悲しかったですね。
転機は若手農家組織「岡山県新農業経営者クラブ」でした。就農当初は倉敷市の組織に参加していたのですが、同世代との交流が楽しくて、積極的に参加しているうちに、地域(ブロック)や県の取り組みにも参加するようになりました。倒産のことでどん底に陥っていた時期に県の次期会長を検討しており、自分の力を上げたくて立候補しました。現在は岡山県で在籍している577名のクラブ員のまとめ役として、地域農業の発展に取り組んでいます。
――妹尾さんのお話を伺っていると、ブドウを作る以外にもやることがたくさんあると感じます。
私にブドウ栽培を教えてくれた師匠から、「ブドウ農家はブドウを作るのが仕事じゃない」と言われました。「良いブドウが成る良い木を作ることが仕事。そのためには良い根が必要。人間と一緒で目に見えないところが大切なんだ」と教えられました。
実際に農業経営をしてみて、農家は栽培技術だけでなく人間関係においても目に見えないところを丁寧に大切に育むことが大切だと感じています。
――これから農業を始める方には、ぜひ知っていただきたいですね。ありがとうございました!
【参考リンク】
全国農業者青年クラブ(日本4Hクラブ)