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効果は農薬と同等以上! 種もみの温湯消毒で水稲の病害を防除する

斉藤 勝司

ライター:

連載企画:農業テクノロジー最前線

効果は農薬と同等以上! 種もみの温湯消毒で水稲の病害を防除する

安定して水稲を生産するには病害を確実に防除しなければならない一方で、消費者の声を受けて農薬の使用量を減らすことも求められています。そこで種もみをお湯に浸(つ)けることで、農薬に頼らず病原体を消毒する温湯消毒が注目されています。ただ、従来の手法では種もみに付着した病原菌を完全に消毒しきれないという課題がありました。東京農工大学教授の金勝一樹(かねかつ・もとき)さん(上写真)らは、事前に乾燥させることで種もみの高温耐性を高められることを発見。従来よりも高温のお湯で消毒する技術を確立しました。

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偶然の発見で種もみの高温耐性を高められた

水稲に感染する病害の多くは種もみに潜んでいるため、播種(はしゅ)前に化学農薬を用いた消毒が行われてきました。しかし、農薬を使うと、消毒後に出る廃液の問題があるほか、長年使用することで農薬が効かない病原体が出現するリスクがありました。何より食品に対する安全、安心を求める消費者が増えていることを考えると、使用する農薬はできるだけ減らしていかなければなりません。

農薬の代わりに種もみをお湯に浸ける温湯消毒が実用化されているものの、従来の温湯消毒で推奨されていた「60℃・10分間」の処理では、水稲に発生する病害を完全に抑えきることは難しく、特にばか苗病の発生が問題となっていました。処理温度を上げればより確実な病害防除ができるのでしょうが、熱が災いして種もみの出芽率が低下するため、温湯消毒の処理温度を上げることはできませんでした。
ところが、温湯消毒前に乾燥させれば種もみの高温耐性を高められることが明らかになり、それによって温湯消毒の可能性が広がっています。事前乾燥で高温耐性を高められることを発見した東京農工大学農学部生物生産学科教授の金勝一樹さんが説明してくれました。

「実験用の種もみは低温で保存しているのですが、保冷庫から出した種もみを直ちに用いると湿気を吸ってしまい、データに影響がでます。そこで通常は湿度の低い部屋に2時間ほど種もみを置いてから実験するようにしています。ところが、その2時間を待つのを嫌がった学生が、前日から低湿度の部屋に置いた種もみで実験したところ、高温のお湯で消毒しても発芽率が保たれることが分かりました」

65℃のお湯で、ばか苗病を防除

通常2時間の乾燥を前日から行っていたため、種もみの水分含量は大幅に低くなっていたはずです。この点に注目した金勝さんは種もみの水分含量と消毒温度別の発芽率を調べる実験を行いました。その結果を示したのが下の写真です。水稲品種「日本晴(にっぽんばれ)」を使用したこの実験では、市販の水稲種子の水分含量である14%だと消毒するお湯の温度が上がっていくとともに発芽率が低下していくのに対して、水分含量が低下すると高温で処理しても発芽率が下がりにくくなるのが見て取れるでしょう。

事前に乾燥させると温度を上げても高い発芽率が保たれました(画像提供:金勝一樹)

同様の効果が他の「コシヒカリ」などの広く作付けられている水稲品種でも確認されれば、事前乾燥を組み込むことで温湯消毒の効果を高められると期待されます。ただし、事前乾燥で発芽率を維持できるとはいえ、高温のお湯に浸ける以上、防除効果だけでなく、収量への影響も調べておく必要があります。

「実験容器で発芽率の違いを調べることはできますが、私たちの研究室だけで育苗から収穫までを行い、防除効果や収量への影響を調べることはできません。そこで秋田県立大学、信州大学、富山県農林水産総合技術センター、そして、種もみ乾燥機と温湯消毒装置のメーカーの株式会社サタケの皆さんに協力してもらって栽培試験を実施しました。その結果、事前乾燥で水分含量を10%未満に落としておけば、65℃で10分間処理しても、十分な発芽率を保ちつつ、化学農薬と同等以上の防除効果が得られることが分かりました」(金勝さん)

例えば、感染した病原菌が分泌する植物ホルモンの影響で異常に伸びてしまう病気、ばか苗病については、慣行法(60℃・10分間)では発生するのに対して、事前乾燥した上で65℃のお湯に10分間浸けるだけで農薬と同じように防除できました。

事前乾燥処理した上で65℃で消毒するとばか苗病の発生が抑えられます(画像提供:秋田県立大学 藤 晋一)

いもち病(苗いもち)、苗立枯細菌病、もみ枯細菌病に対しても、事前乾燥した上で65℃・10分間の温湯消毒で高い防除効果を示すことが明らかになっています。特にもみ枯細菌病に関しては、化学合成の農薬でも十分に防除ができず、微生物防除資材でなければ防除が難しかっただけに、温湯処理で多くの病害を防除できるのは大きなメリットと言えるでしょう。

もみ枯細菌病も新しい温湯消毒で防除できます(画像提供:金勝一樹)

消毒温度を上げても、収量には影響しない

収量については、60℃・10分間で消毒する慣行法と変わりない量が収穫できることが確かめられています(下図参照)。これなら水稲生産者に利用してもらって、農薬に頼らず種もみに潜む水稲の病害を抑えられると期待されます。そのため金勝さんらは事前乾燥を取り入れた温湯消毒技術のマニュアルを作成して、2019年2月に発行しました。

こうした取り組みは環境に優しい農業の実現に貢献すると評価され、2019年、農林水産省が毎年発表している「農業技術10大ニュース」に選ばれました。

事前乾燥すれば65℃で温湯消毒しても収量に影響しません(画像提供:金勝一樹)

金勝さんらが開発した温湯消毒技術は、下図の作業工程を見てわかる通り、温湯消毒の前に乾燥工程を取り入れるだけなので難しい作業が必要なわけではありません。収穫時にもみを乾かすために使われる乾燥機を流用して事前乾燥することも可能です。ただし、熱風で事前乾燥させる場合、45℃以上を超える高温に4時間以上さらすと、品種によっては発芽率が低下することがあるので注意が必要です。金勝さんがこう付け加えます。

「農薬の場合、種もみに付着している限りは防除効果が継続するのですが、温湯消毒では消毒した時に病原体を滅菌するだけですから、その後の管理が重要です。不衛生な環境で保存したり、育苗用の苗箱や発芽を促すための浸種処理の水が病原菌に汚染されていたりすると、再感染して温湯消毒の防除効果が失われることがあります。こうした点は注意が必要です」

事前乾燥処理を組み込んだ温湯消毒の作業工程(画像提供:金勝一樹)

これから温湯消毒に取り組もうと考えている水稲生産者は、この技術についてEメールで金勝さんに問い合わせてください。地球温暖化の影響からか、近年、水稲の種子伝染性病害が増えていると言われていますから、事前乾燥を組み込んだ温湯消毒を取り入れてみてはいかがでしょうか。

問い合わせ先(Eメール):
東京農工大学農学部生物生産学科
金勝一樹
kanekatu@cc.tuat.ac.jp

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