森林総合研究所 樹木分子生物研究室長 西口満(にしぐち・みつる)さん
林野庁 森林整備部 森林利用課 中村 隆史(なかむら・たかし)さん
花粉症と林業の意外な関係性
――花粉症は今や「国民病」とまで言われていますが、なぜこれだけ増えたのでしょうか。
倉本:花粉症の原因となるスギやヒノキは、戦後の高度経済成長期に日本全国でさかんに植栽されました。このため人工林の7割近くがスギ・ヒノキ林となっています。そして月日が経って植えた木が大きくなり、本格的に花粉を飛散させるようになった頃から花粉症が顕在化し始めました。

森林総合研究所の倉本惠生さん
――スギとヒノキばかり植栽したのは何故ですか?
倉本:戦時中は軍需物資に、戦後は復興のために大量の木材が必要でした。
スギ・ヒノキは成長が比較的早く、地域を問わず成長しやすいことから選ばれたと思います。特に戦後は住宅用木材の需要が見込まれていたので、真っ直ぐに育つスギやヒノキを植栽したんです。
中村:かつては炭や薪が燃料として利用されていましたが、昭和30年代のエネルギー革命で、燃料の主役が石油やガスに転換されました。このため、炭や薪として利用されていた広葉樹林が利用されなくなり、より需要が見込まれたスギやヒノキに植え替えられたことも影響しています。
――なるほど!でも、植栽してから結構時間が経っている気がするのですが……。
中村:確かにいま、日本の人工林は“高齢化”が進んでいます。
苗木を植栽してから50年を超える森林が50%を占めているのです。

スギ・ヒノキ人工林齢級(森林の年齢)別面積(引用元:林野庁)
注:齢級は、林齢を5年の幅でくくった単位。苗木を植栽した年を1年生として、1~5年生を「1齢級」と数える。
一般的に50年を超えると木材として利用可能になりますが、木材の需要量は近年回復傾向とはいえ、木材自給率はまだ36.6%(平成30年)です。このため木材利用を推進し国産材の需要を拡大していくことが重要です。国産材を使うことにより「伐って、使って、植える」といった森林資源の循環利用の確立が可能となり、花粉の少ない苗木への植え替えが進みます。
花粉を出さない新技術!

つくば市にある森林総合研究所
――森林総合研究所では、花粉症を減らそうと新しいスギを開発しているそうですね。
西口:花粉が少ない「少花粉スギ」、花粉を出さない「無花粉スギ」を開発しており、既に多数の品種が開発されています。また、都道府県が独自に開発しているケースもあります。
少花粉スギは、優れた木を選抜した精英樹のうち、花粉の生産量が約1%以下と極めて少ない品種を選んで開発されたものです。無花粉スギは、一般のスギ林で発見された花粉を全く出さない突然変異の個体を利用し、その個体をさらに品種改良しています。
いずれも従来の木材と品質がほぼ変わらないことが認められていますので、計画的な植え替えを薦めています。

普通のスギの雄花(左)の中には大量の花粉が詰まっているが、無花粉スギ(右)では花粉が無い。(写真提供:森林総合研究所 丸山毅さん)
――無花粉スギに植え替えができると理想的ですが、先ほどの「伐って、使って、植える」というお話を聞くと、植え替えるには時間がかかる面もあると思います。
倉本:そうですね。木を切らずに防ぐ方法として開発が進められているのが、「花粉飛散防止剤」の開発です。
――化学農薬のようなことですか?
倉本:いえいえ、農業には、天敵生物や微生物を活用することで病害虫から守る方法がありますよね。花粉においても、自然界に生育する微生物を使って雄花を枯死させ、花粉の飛散を抑制することができないかと考えているんです。
2006年に福島県西会津町で、スギの雄花を枯死させる「シドウイア ヤポニカ」という微生物をみつけました。この菌はカビヤキノコの仲間で、10月~11月にかけて秋に成熟した雄花に感染し、枯死させます。この菌を活用して開発した飛散防止剤をスギにミスト散布することで、枝レベルで80%以上の雄花を枯死させることに成功しています。

黒く変化した枯死雄花
――それは画期的ですね。
倉本:環境への負荷が少ないというメリットがあるので、実用化に向けて動いています。現在はひとまとまりの森林で実験し、効果的な散布の方法や防止剤による森林への影響を調査し、製品化に向けて取り組んでいます。

噴霧器で散布し実験を進める
中村:花粉発生源対策の取り組みは、「伐って、使って、植える」といった森林資源の循環利用を確立することにより進めていくことができます。そして「植える」際には無花粉や少花粉など花粉の少ない苗木を活用するとともに、将来的に人手を加えていかないような場所では広葉樹を導入していくということも重要です。ただ、植え替えを進めるには時間が必要なので、並行して花粉飛散防止剤の実用化も進めているところです。