【稲作・畑作】死亡事故7割。機械操作に注意!
耕運機を後方に動かしていたら、つまずいて転んでしまった。その上を耕運機がひいて、耕運爪に足が巻き込まれてしまった。
例えばこのような事故は全国で何度も起きています。とりわけ事故が多い産業である農業。毎年300人超が亡くなっています。その7割が機械によるもの。内訳は、トラクター、耕運機(歩行型トラクター)、農用運搬車(軽トラックを含む)と続きます。
「これらの順番は、実は長年、変わっていません」と話すのは、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)の安全技術ユニット長である積栄(せき・えい)さん。
「大型のトラクターだけでなく、耕運機でも挟まれたり、巻き込まれたりする事故はよくあります」
冒頭の例のほか、耕運機を動かしたら、前進のつもりが後方に動き出し、機械と背後にあった木の間に挟まれる事故もあるそうです。
買い替え以外の対応策は?
では農業機械の事故を防ぐにはどうすればよいのでしょうか。積さんは、事故の大きな原因を大きく4つに分けています。
1. 機械・施設などのハード
2. 圃場(ほじょう)など作業環境
3. 作業・管理方法
4. ヒューマンエラーや年齢など人に関するもの
「まず、機械・施設などのハード面ですと、最近の機械は、昔より安全性が上がっています。挟まれる前に安全装置が体に触れてクラッチが自動的に切れてくれたり、手を離すとクラッチが切れたりするなど、さまざまな物が出ています」
ですが、機械はコストも高いです。買い替えが現実的でないという人も少なくないでしょう。積さんは他の解決方法も提案します。
「事故は必ずいくつかの原因が重なっています。機械の買い替えが難しければ、作業環境を整えたり、やり方を見直したりしてみるとよいでしょう」
例えば作業環境であれば、背中に当たるような、圃場の端にある不要な木を切るか、せめて枝を打っておく。また、クラッチは必ずゆっくり入れるようにして機械が思わぬ動作をしても慌てないように徹底するなど、作業方法の改善にも目を向けてみましょう。
【果樹】高所には要注意!
“1メートルは一命とる”
果樹栽培でよくある農作業事故は何でしょうか。
「脚立から落ちて腰や足の骨を折ったり、頭を打つことがしばしばあります。命綱なしでの高所作業や、脚立の天板に乗る、開き止め金具をつけていないなど、他の産業では対策を施されてきた危険な使い方が、農業ではまだよく見られます。脚立を不安定な場所に置いていたり、重い物を持って上がるなども、落下の原因。“1メートルは一命(いちめい)とる”。低いと思っても命を落とす可能性もありますから」(積さん)
農業現場は昔の建設現場?!
これら、やってはいけないことをやらないことが第一。
重い物は小分けにして運んだり、複数人で運ぶと危険を避けられます。また、複数人での作業では、「OK」や「ストップ」などの合図を事前に決めておくことも大事です。ヘルメットをかぶることも簡単にできる安全対策です。
「脚立なら、『天板に絶対に乗らない』とルールを伝えたり、天板に赤い色や目印を付けて注意を促すこともひとつのやり方。従業員にも分かりやすくなります」
と積さん。天板への着色は他の産業の安全指導専門家から出たアイデアだそうです。
「農業では、高所作業や機械作業でもヘルメットをかぶっていないことがあります。建設業界の安全管理の専門家からは『昔の自分たちを見ているよう……』と言われます。今は建設現場でヘルメットをかぶっていない方はいませんよね。そうした積み重ねで建設業界では事故を減らしています」
他産業の工夫でも、積極的に取り入れられるものは多くあります。安全という基準で、ヒントを得るために他の産業の例をチェックしてみるのもおすすめです。
【酪農】蹴られる、つぶされる……家畜による事故が多発
機械事故よりも多い! 家畜による事故
酪農での事故は、牛などの家畜による事故も頻発しています。
酪農が多く営まれている北海道では、トラクターなどの機械による事故件数を、搾乳時や移動の際に蹴られるなどの家畜による事故件数が上回ります。事故原因の1/3超が家畜、続いて機械、残りがその他の事故です。
「多いのは、牛による挟まれや蹴られ、踏まれ。牛と柵などの間でつぶされて重傷を負ったり、突きとばされたりして亡くなる方もいます。つなぎ飼いでは、牛と牛の間に入って搾乳しますが、作業のやり方が手荒かったりして牛にストレスを与えると後ろ足で蹴飛ばされたり、踏まれてしまうということがよくあります」(積さん)
牛にとって居心地のいい環境を
「牛による事故の場合、その時々の牛のコンディションが大事。普段から牛にストレスを与えない飼い方を心がける必要があります。また、疾病でナーバスになっていないか、発情して興奮状態になっていないか、その観察が不十分な状態で不用意に近づくから蹴られてしまう。良い酪農経営をしているところは牛が穏やかです。見知らぬ人間が牛舎を除いてもリラックスしている。そういうところは、大きな事故が起きにくい。牛にとって居心地のいい快適な環境をちゃんと作り、適切な飼養管理をすることが重要で、そのことは正に泌乳(乳の分泌)成績や繁殖成績を伸ばすことと同義です」と積さんは話します。
根室農業改良普及センターでは、適切な環境で飼養管理がなされていれば、乳量も上がるというデータも発表されています。
今すぐできる事故対策
近年の事故傾向
「農作業での死亡事故の内容は、40年以上の長いスパンで見ても、あまり変化はありません。強いて言えば、高齢者による死亡事故、熱中症の死亡事故は昔より割合が増えていて、現在は高止まりしています」と積さん。
死亡事故は高齢になるほど発生確率が高い一方、負傷事故は逆に若い人の発生確率が高いというデータもあり、年齢に限らず事故リスクは考えられます。
“ケガと弁当は自分持ち”の世界から脱却する
「仕事が下手だから事故に遭う」という古い考えのままでは、将来的に働き手も集まらなくなってしまうことは目に見えています。まずは、事故が起こらないようにすること。今すぐできる事故対策として、下記のような伝える場を設けることも効果的です。
朝礼
毎朝、その日の作業と関連する事故事例を伝えます。特に同じ地域内での事例を伝えることで、他人事ではない「自分事」に感じられます。話せる事例を聞き集めておくのもおすすめです。
農閑期のKY座談会
時間が作りやすい農閑期に、一緒に働く仲間とKY(危険予知)について話し合ってみましょう。「あれが危ない」「これをしよう」など、アイデアがお互いに気づきを与えてくれます。
また、注意喚起の他に、もしもに備えた労働者災害補償保険への加入も考えておきたいポイントです。
積さんは「安全管理は、一律に何かをすれば大丈夫だという単純なものではありません。ぜひ“現場ごと”に、ご自身の農業に合う安全管理を考え工夫してみてください」と強調します。
しっかり安全対策を施し、事故のない農業経営を目指していきましょう。