小さい農業は世界的トレンド
私が農家になった20年前は、農業のトレンドは法人化、大規模化でした。そんな中、小さい農業といってもほとんど相手にされなかったのを覚えています。世界も大規模化、貿易自由化が進んでいました。ひるがえって現代、国際連合は、2017年の国連総会において、2019~2028年を国連「家族農業の10年」と定めています。加盟国と関係機関などに対し、食料安全保障の確保と貧困・飢餓の撲滅に大きな役割を果たしている家族農業に関する施策の推進や、知見の共有などを求めるようになったのです。そして2018年12月には「小農権利宣言」を、賛成多数で採択しました(米国、英国、オーストラリアなどが反対、日本と欧州の多くの国々は棄権)。
その背景には規制緩和が進み、多国籍企業や国が土地や種子、水など、農業に欠かせない自然資源を囲い込み、強制的な立ち退きなど、農民に対する人権侵害が多発したこと、また、2007〜2008年にかけ、世界的な食料危機が起こったこともあります。そういった世界の食料安全保障という意味でも、小規模、家族農家が注目されてきました。
今回のコロナ禍において、今のところ日本において食料危機までは至っていませんが、自国を守るため小麦の輸出制限をかける国も出ました。そんな様子を見て、いざという時は食料自給率の高い国は強いなと思いました。
「小農権利宣言」に反対し、大規模農家がスタンダードに思えるアメリカでも、年々ファーマーズマーケットが増えています。またロシアでも畑つき別荘、ダーチャがここに来て見直されています。1990年代の初頭にソ連が崩壊しハイパーインフレで物価が高騰し多くの失業者を出した中、多くの餓死者が出ることや難民の流出が危惧されましたが、そうしたことがほとんど起こらなかったのはこのダーチャでの自給自足、物々交換があったからといわれています。そのことをこのコロナ禍でロシア国民が思い出し再ブームになっているとのこと。自然災害や経済危機がある度に農業へ注目が集まります。それは農で生産される食が命に直結しているということにあらためて気づくからではないでしょうか。
ただし、そんな危機があるたびに注目はされるものの、そのゆり戻しもあり、農に対する意識の高まりも短い期間しかもちませんでした。でも今回は違う感じがします。私も以前からFacebookで情報発信しているんですが、このところ大きな反応があったものの一つが「あなたの自分自給率は何パーセントですか?」という問いかけ。
国自給率というと大きすぎて漠然としてしまいますが、 衣・食・住・医・E(エネルギー)のうち自分自身でどれだけ自給できるか考えると我が事になります。そして次は地域自給率、それから関係自給率(普段から関係性が深い知人に食を生産している人がいるかどうか)。我が事から範囲を広げていくほうが本質に行き着くのではないでしょうか?
グローバル化が進むことで確かに安くそして便利に食が手に入るようになりました。しかしそれは経済格差があるという前提、そして輸入できるという前提の中で存在するものでした。その前提を崩したのが新型コロナではありますが、そういったことに早くから気づいていた人々が、ローカルに、そして小さい農業に目を向けるようになったのではないかと思います。その流れは加速していくことでしょう。なぜなら世界の食料のうち8割以上(価格ベース)を生産しているのは小農なのですから。
「スモールメリット」とは
“ゼロから独立農家を目指す人へ”がこの連載のテーマですが、ゼロからはじめる人にはまず小さい農業を目指してもらいたいと思います。安価で農地を借りられる昨今、農地面積を広げるのは以前と比べて難しいものではありませんが、将来的に大規模化していくにしても、最初は小さく小回りが利く農業で鍛えることをおすすめします。それは自称日本一小さい農家で通常の農家の1/10の面積で生計を立ててきた私が強く感じたことです。
小さく、百姓的(リスク分散のための少量多品種農業)に実践していく中、農業には小さいからこそのメリット、つまり「スモールメリット」があることが分かりました。例えば材料費など原価を抑えるためには大量に仕入れて利益を得る「スケールメリット」が一般的ですが、農業の場合は規格外のものがどうしても出ます。そういったものをつながりで安く分けてもらい加工することで、小さい農家でも6次産業化し利益を出すことができます。
そしてスピード感があるのが最大のメリットです。一人または家族で経営しているので、意思決定から動き出しまですぐにできる。時代の移り変わりの激しい今、どんどん切り替えていく、小回りを利かせることがとても重要です。これは災害時にもいえました。
コロナ禍においては野菜の種類によって大きく明暗が分かれました。飲食店や給食によく使われている野菜が暴落したり、逆に巣ごもり需要で例年より大幅に売り上げを伸ばした野菜もありました。昨年の準備(種まきや定植など)の時期には思いもよらなかった事態だと思います。もちろん世界中の誰もが思っていなかった災害なので仕方ないところもありますが、効率化によって大規模単一栽培することのデメリットも出た形ではないでしょうか。もちろん既存の農家がそのような形で頑張ってくれているからこそ普段から安定供給され購入できているので、その点では感謝しかありませんし、これからも頑張ってもらいたいと思います。ただゼロからはじめた農家が急激に規模を拡大すると、何かあった時にひとたまりもなくなってしまいます。
そして、今はクラウドという形で経理などの事務仕事も外部委託できる時代ですし、クレジットや電子決済も加速していくので、以前は大変だった代金回収に時間をとられることも少なくなるでしょう。私が起農した20年前に比べても、より「小さく動くのにチャンスな時代」になったといえます。
昨年より20倍売れたもの
ではこの第一波のコロナ禍において、石川県能美市にある我が「菜園生活 風来(ふうらい)」はどうだったかというと……まず影響が大きかったのは昨年から取り組んできた加工品のピクルス。地域の野菜を使い、デザイン性の高い瓶のパッケージに入れたものです。おしゃれなものが高価格帯で売れる都心を中心に販売しようと、銀座にある石川県のアンテナショップ、また我が市のイベント企画で東京駅ナカの店舗で売らせてもらうことになっていたのですが、お店自体が休業状態となり出鼻をくじかれた形となりました。
インターネットにおける野菜セットの販売自体に影響はなく、微増という形でしたが、コロナの影響が大きくなってきた3月中ごろからは野菜の端境期に入り野菜セットの数も出せなくなってきました。ピクルスも売れずかなり厳しくなるかと思っていた時に救ってくれたのがキッチン菜園セットです。
もともと3月から5月の端境期に何か売れるものはないかと、15年前からはじめたのがハーブ苗の販売。農への理解を深めてもらうためというのもありました。ただ育てる手間、そして発送時の取り扱いで土がこぼれたりと毎年数件のクレームがあり、ピクルスが軌道に乗ったらやめてしまおうと思っていたくらいでした。
キッチン菜園セットはハーブ苗3種にプランター、そして土をセットにしたもので、初心者が気軽に菜園生活をはじめられますよというもの。これが例年の20倍以上の売り上げとなる爆発的ヒット。手軽さと自宅ですごす時間が増えたこともあるでしょうが、これだけ受けたバックボーンには以前から提唱している「知恵の販売」があったのだと思います。
このセットの売りは「育て方が分からないことがありましたら何なりと聞いてくださいね。プロが教えます」というもの。実際多くの問い合わせをいただきました。副産物として、こういったやりとりをすることで他の商品も売れるようになりました。非接触、分断が進む中だからこそつながりを求められているのではないかと感じました。そしてこのように生産者個人を出すということは小さいからこそできる技です。
そしてこのヒットの裏には仲介者があります。今回、このキッチン菜園セットが爆発的に売れたのは「農家・漁師さんから直接新鮮食材を買えるオンラインマルシェ」のポケットマルシェ(通称ポケマル)のおかげになります。このポケマルの飛躍がすごい。社長の高橋博之(たかはし・ひろゆき)さんに聞いたところ2020年2月の新規登録会員数と比較して、同年5月の新規登録会員数は約35倍。2020年2月末は5万2514人でしたが、同年6月4日時点では17万5363人となっています。 食材の注文数は、2020年2月と比較すると、同年5月は約20倍となったとのこと。
(高橋さん、貴重なデータを惜しみもなく出していただきありがとうございます。)
ポケマルの躍進はネットで買えて自宅まで届けてくれるという手軽さもあるのだと思いますが、それ以上に農家、漁師との(精神的)距離が近いというのがあります。実際ポケマルでは買ってくれた人が投稿できるコミュニティーやメッセージ機能があるのですが、そのやりとりの数が購買者の数以上に増えています。やはりつながりが求められていますね。
コロナ禍前まで業者への卸し割合を増やしていこうと思っていたのですが、もしそうしていたらどうなっていたことか。売り方もネット直売やポケマル、自然食品店への卸しなど分散しておいてよかったと思いました。どんなところにもリスクの分散を考えておかねば……と昔の自分に教えられています。
そしてコロナ前と変わり、前提のひとつとなったのが「オンライン」です。Zoomをはじめとするオンラインシステムは以前からあったのですが、少し前まではオンラインイベントをやろうとするとオンラインシステムを使ったことがない前提で話を進めていかねばならず、なかなか広まりませんでした。今もまだまだ使ったことがない、また慣れていない人も多いのは確かですが、オンラインができて当たり前というベースができてきました。
東日本大震災の時にはツイッターが活躍したように、コロナの時代にオンラインシステムがある。これも偶然ではないように感じます。私も実験的にオンラインで農コン(「かかりつけ農家を見つけよう」をテーマに行う農家とのコンパ)やオンライン漬物教室をはじめています。これらにはとても可能性を感じています(オンライン企画については来月掲載する予定です)。
今後ワクチンが開発され、コロナの脅威が去ったとしても自然災害や経済リスクは数年ごとにやってくるでしょう。その都度価値観も変わっていくでしょうが、どんなに変化があったとしても農業はますます必要とされてくることでしょう。なぜなら農は命に直結していますから。農を目指す人が増えますように。