農業界の人手不足と日本が抱える就労問題
公益財団法人日本財団「就労困難者に関する調査研究」(2018年)によれば、ホームレスや引きこもり、障害者以外にもネットカフェ難民など多様な背景を持った方々を含めると、日本の就労困難者数は、のべ1796万人になるといわれています(※)。
※ 原因別に推計された人数を積み上げた総計。また、ニート・フリーターの調査対象年齢を15~64歳とした場合。
一方、農林水産省が行う「農業労働力確保支援事業」の課題の一つとして「農業就業者の減少や高齢化等により労働力不足が進行する中、農地集積や大規模化等を進めていくためには限られた労働力を最適に活用することが必要」とあるように、農業界は人手不足の状態にあります。
私たちが運営している「農スクール」では、働きづらさを抱える人と人手不足の農業界をつなぐという取り組みとして「就農支援プログラム」を提供しています。
「①導入編」「②基礎編」では、農作業とワークノートを通じて、自分の長所を発見しながら、自己肯定感・自己効力感を育んでいく場づくりに取り組んでいます。
これは「自分は自分のままで、今の自分にできることがあることを確認するとともに、それが『何か』というのを探し、知る」ための場づくり、とも言い換えられます。
選択肢の幅が広い農業界
適材適所を実践していくためには、雇用側が求めるスキルや人物像を把握する必要が出てきます。
雇用側の農家さんと話しているとこんな声を聞くことがあります。
「農業は、野菜を作る仕事だから、体力があり、真面目にコツコツ働いてくれることが一番。コミュニケーション能力やパソコンが使えるかどうかより、体力があることや地味な作業をコツコツとできるかの方がはるかに大事」
「農業は、どうしても、地面と顔を向き合わせ、汗と土にまみれる仕事。それを、地味で汚いと思うのではなく、『かっこいい』と思える人じゃないと仕事が続かないかもしれない」
「うちは、自然を守ることも大切にしたいから、環境保全型農業をしている。だから、夏場の農業といえば、ほとんどが『草むしり』。しかも手作業で行うので辛い作業。経済効率性や時間の効率を重視した価値観で仕事をしてしまうと、『除草剤を使うべきだ』という結論になってしまうと思うが、それより大切にしていることを理解してくれる人がいい」
コミュニケーション能力、ITスキル、スーツを着こなす、経済効率至上主義ではない世界……、農業という産業においては、必ずしも他産業で必要とされているものとは違う価値観で動いていることも多々あります。いえ、「農業」とひとくくりにしてしまうと語弊があるかもしれません。一つ一つの「農園」が一つの王国で、それぞれの国のルールで動いていると考える方がしっくりくると思います。さらに、常に自然の中に身を置く仕事なので、人間界での慣習だけに支配される世界ではなく、大自然のルールにも大きな影響を受ける世界のような気がします。
理想と現実のギャップを埋めるために
さて、「就労支援プログラムで自分の長所が発見できた」「さらに農業界は選択肢が多いことも分かった」としても、必ずしも自分の長所にぴったりの農園に出会えるとは限りません。
実際やってみると理想と現実とのギャップがあったという声は少なくありません。
(この問題は、就職に困難さを感じる人や農業界にだけある問題ではなく、違う産業でも、一見、転職活動がうまくいっている人の中でも起きてしまう問題だと思います。)
とはいえ、ギャップが大きすぎると、働く人も雇用する側も辛い状況が続くため、「ギャップを埋める取り組み」として、「③就職準備編」では、下記の2つのことを推奨しています。
1. 全国新規就農相談センターの「農業インターンシップ」を通じて、3つ以上の農業の現場を体感してみる
2. 近隣の農家さんへ短期のアルバイトや援農に行き、農家さんに仕事について話を聞いてみる
実際に農業の現場を見てみて、ギャップとして挙げられるのが、
「精神疲労は少ないけど、筋肉痛が辛い。農業は想像以上に筋肉を使う作業だった」という声で、圧倒的に多く聞かれます。
その他、例えば大規模単一栽培の農家へ行った人からは、
「作業ごとに部署が分かれていて、単調作業が多かった」
小規模で多品目栽培の農家へ行った人からは、
「いろんな作業が多くて、覚えることが多かった」
という内容の声があります。
自分に合う仕事は一人一人違う
この時、同じ農家・同じ内容の作業でも、「それがよかった」という人と「ちょっと向かなそう」という人に分かれます。
例えば、「作業ごとに部署が分かれていて、単調作業が多かった」農家では、手を動かす単調作業が好きな人は自分には向いていると感じますし、苦手な人にとっては、苦痛かもしれません。
「いろんな作業が多くて、覚えることが多かった」というのも、新しい知識を習得することが好きな人には楽しいでしょうし、将来独立を視野に入れている人にもいい現場と感じられるかと思います。
それでも、もし自分に合う農園が見つからないときは、いったん就職はして、その後などに自分で農園を立ち上げる選択肢があるというのも農業のいい点だと思います。
次回以降、さまざまな選択肢の中から自分に最適な場所を見つけた人々の事例も紹介していきます。
まとめ
「適材適所」を実現するためには、プログラムで受講生の特技や特性を把握するだけでなく、マッチングの際に就労先の業務も細分化し、必要とされる能力を可視化して、ミスマッチを防ぐことが不可欠であるように思います。
とはいっても、事前に分析し、準備していても、実際に「現場に行って、やってみないと分からない」「やってみないと見えてこない」こともあり、一筋縄ではいきません。
しかし適材適所が実現すると、農を舞台にいきいきと働くことができ、挑戦する価値はあると思います。
これを機に、農業を、職業としての選択肢の一つに考えていただけるとうれしいです。