ミツバチの減少を知り、研究を始めた花粉交配技術
イチゴ、トマト、ナシなどの果菜類、果樹の生産では、ミツバチ、マルハナバチといった花粉を媒介する昆虫を用いて受粉が行われています。そのため生産者は人工的に増殖させたハチを取り入れているのですが、近年、農薬を多用してきたことが災いしたのか、それとも、地球温暖化の影響からか、各地でミツバチの大量死が発生し、花粉交配用のハチの入手が危ぶまれるまでになっています。
一部の果樹では人の手で授粉が行われているとはいえ、これまでハチに頼ってきた果菜類、果樹では膨大な数の花を授粉して回らねばならず、すべてを手作業で行うことは現実的に困難です。そこで北陸先端科学技術大学院大学准教授の都英次郎さんらの研究グループは、花粉交配を自動化する技術の研究に取り組んでいます。この研究を始めた経緯について、都さんがこう説明してくれました。
「私の専門は材料科学やナノテクノロジーで、農業とは無関係のように思われるかもしれませんが、この研究分野は本来、さまざまな用途に活用することができます。私自身、いろんなことに興味があることもあり、ミツバチが減っているという話を聞いて、前職の産業技術総合研究所時代からドローンを使った花粉交配の技術開発に取り組んできました」
花粉交配の技術開発に取り組むに当たって、都さんはミツバチの体に微細な毛がたくさん生えていることに注目しました。毛に花粉を付着させたミツバチが花を渡り歩くことで花粉交配が行われる機能を取り入れようと、底面に馬の毛を貼り付けたドローンを試作し、ユリを対象に花粉交配できるかどうかの実験を行いました。
子供との遊びでシャボン玉の活用をひらめく
ユリの花は大きく、雄しべ、雌しべが突き出ていて受粉させやすいこともあり、都さんのもくろみ通りにドローンで受粉させることはできたのですが、農作物の交配に利用するには課題が残りました。受粉のためとはいえ、ドローンを接触させていてはプロペラで花を傷つけてしまう恐れがあったのです。
接触させずに受粉させる良い方法はないものか。この課題を解決するきっかけは意外なところで得られました。都さんがこう語ります。
「近所の公園で子供と一緒にシャボン玉で遊んでいた時でした。飛ばしたシャボン玉が子供に触れて割れるのを見て、花粉を含んだシャボン玉を飛ばせば、受粉に使えるかもしれないとひらめいたのです」
ただし、シャボン液に含まれる界面活性剤の影響で花粉の活性が失われてしまっては元も子もありません。早速、都さんは洗剤メーカーに協力を要請。提供してもらったさまざまな界面活性剤を一つ一つ試して、花粉に悪影響を及ぼさないものを選んでいきました。さらに花粉の活性化を促すカルシウムやカリウムなどを加えて、花粉を含むシャボン玉を飛ばすことまではできました。
花に吹き付けたシャボン玉による受粉率は95%
花粉を含むシャボン玉を飛ばせるようになったことで、都さんらはナシの果樹園で受粉できるかどうかを試す実験を実施。この実験ではドローンは使用せずに、ナシの花に向かってシャボン玉を吹き付けたところ、実に95%という高い確率で受粉できることが確かめられました。しかも、ナシの受粉に必要だった花粉の量は、手作業の3万分の1しかなく、シャボン玉による受粉でコストダウンが期待できることも明らかになりました。
これと同じことを、シャボン玉発生装置を取り付けたドローンで行えるようになれば、人工授粉の自動化が実現するでしょう。都さんらは玩具のシャボン玉発生装置をドローンに取りつけ、一列に並べたユリの造花の上を飛ばしながら、シャボン玉を散布したところ、90%の確率でシャボン玉が造花に接触することが確かめられました。ここまでできるのなら早期の実用化を期待してしまいますが、都さんはまだ解決しなければならない課題はあると慎重な姿勢を見せます。
「私たちがドローンに搭載したのは玩具のシャボン玉発生装置で、一度スイッチを入れるとずっとシャボン玉を発生し続けます。ドローンが花の前に来た時だけにシャボン玉を吹き付けるように改良できれば、花粉の無駄を抑えつつ、受粉の確率を高められると考えています」
今後、都さんらの研究が進展すれば、近い将来、減少するハチに代わってドローンから飛ばしたシャボン玉が人工授粉の担い手になってくれることでしょう。