植物体内の気泡が微弱な超音波を発していた
農業生産に携わる者なら、誰しも収量や品質を高めるため、農作物ごとに最適な栽培環境を作り出そうと試行錯誤しています。収量や品質を手掛かりに、その作期に試したことが正解だったのかどうかを推し量れるとはいえ、日々の農作物の変化を把握できれば、より積極的に環境制御に取り組めることでしょう。
そのため植物の光合成活性を測定するセンサーなどの開発が進められていますが、埼玉大学工学部機械工学科教授の蔭山健介さんらの研究グループは、植物が発する微弱な超音波に注目。これを手掛かりに植物の活動を捉えようとしています。こうした研究に取り組むことになった経緯について蔭山さんがこう説明してくれました。
「元々はセラミックスを研究していて、これが壊れる時の現象を捉えるセンサーを開発していたのですが、海外の文献で樹木の中で生じる超音波を計測するという研究があることを知りました。これらの研究はストレスを受けた樹木が超音波を発するメカニズムを明らかにすることが目的でしたが、植物が発する超音波を測定できれば、農業生産に生かせるのではないかと考えました。農学の研究者でもないのに、植物に使えるセンサー技術の開発に取り組むことにしたのです」
植物の多くは、土壌中の水分を根から吸収した後、木部(※)を通じて全身に行き渡らせます。その際、細胞の隙間でできた微小な気泡が木部の水流に引き込まれて破裂すると、アコースティック・エミッション(AE)と呼ばれる超音波を発します。蔭山さんらは、このAEを測定して植物の活動を把握する手がかりにしようとしているのです。
※ 植物の維管束のうち、主に水分の通路となるとともに、その植物体を支える複合組織。
AEを指標に最適な潅水管理が実現できる?
農業生産に生かそうとするなら、AEを測定できるセンサー技術を開発しなければなりません。前述した通り、蔭山さんの専門はセンサー技術であり、これまでに培った経験と知識を生かしてAEを測定できるセンサーの開発に取り組みました。蔭山さんがこう続けます。
「AEは非常に微弱で人間の耳では捉えることはできないため、エレクトレット・コンデンサー・センサー(ECS)と呼ばれるセンサーを用いることにしました。通常、AEの測定に用いられるセラミックス製のセンサーは硬くて頑丈な金属やコンクリートの内部で生じる現象を捉えるために作られています。そのため軟らかい植物の茎に取りつけるのは難しく、植物にダメージを与えかねません。そこで柔軟な植物にも使えるECSを開発しました。すでにトマトが潅水量に応じてAEを変化させる様子を捉えることに成功しています」
トマトは潅水量を制限することで糖度が高められますが、水分ストレスが強すぎると樹勢を弱めてしまうことがあるため、糖度を高めるトマトの潅水管理は熟練した生産者でも難しいと言われています。
蔭山さんらは、土耕栽培のミニトマトを2つのグループに分け、一方には水をたっぷり与え、もう一方は1週間水を与えずにAEを測定する実験を行い、潅水前後2時間のAEの発生量を測定する実験を行いました。その結果を下図で紹介しますが、水をたっぷり与えたミニトマトでは潅水後にAEが減少したのに対して、水を与えなかったミニトマトでは潅水後にAEが増加しました。この結果について蔭山さんはこう説明します。
「潅水前後のAEの変化を捉えられたのですから、AEを指標に乾燥に対するトマトの応答を調べられ、潅水管理に役立てられることを意味しています。この実験に関しては、トマトの糖度は潅水制限で高められるとはいえ、さすがに1週間も潅水を断つ水分ストレスは強すぎるのではないかと思います。トマトの収量を減らさず、糖度も高めるなら、この2群の中間ぐらいの潅水量が適切でしょうね」
さまざまな作物に応用可能なセンサーの開発を継続
このように潅水量に応じたAEの変化を捉えられるなら、AEを栽培管理に役立てることが期待されます。そのためにはAEを指標とした栽培管理法の確立が求められます。しかし、センサー技術の研究者である蔭山さんの研究室単独での開発は難しいようです。蔭山さんがこう続けます。
「自分の手で開発することはできませんが、私たちが開発したセンサーでAEを測定して、農業生産に生かしたいという農学の研究者や資材メーカーがいらっしゃったら協力したいと考えています。ですから、トマトだけでなくさまざまな作物に応用できるよう、センサーの開発を進めていきます」
古くから“苗半作”と言われるように、苗の質次第で作柄の半分は決まると考えられています。育苗でもAEを手掛かりに、より良い苗を栽培できればいいのですが、苗の茎は非常に細いため、蔭山さんらはトマト苗にセンサーを取り付けてAEを測定できるかどうかを調べています。また、トマトと同じようにミカンも潅水量を抑えることで糖度を高められることから、ミカン果樹でAEを測定できるセンサーの開発が進められています。
AEを指標にした栽培管理法の開発など、まだ課題は残っていますが、蔭山さんらが開発したセンサーを取り入れられれば、生産者の勘と経験に頼ることなく、農作物の状態をセンシングした結果に基づく栽培管理が実現することでしょう。