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選ばれる農園を目指して、アスパラガスの個性を発信

深江 園子

ライター:

選ばれる農園を目指して、アスパラガスの個性を発信

北海道南西部の檜山郡厚沢部(あっさぶ)町でアスパラを栽培するジェットファーム。こだわりのレストランシェフたちに向けて独自に販路を開いたのは、就農9年目の長谷川博紀(はせがわ・ひろき)さんです。農家とシェフ、互いのコミュニケーションの意義について聞きました。

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【ジェットファーム プロフィール】
就農:2012年
農地:1.2ヘクタール(このうちアスパラガス75アール=ハウス55アール+栽培研究用20アール)
専従者:1人、パート3~5人 
年商:約1500万円

春の収穫が最も多忙。収穫は春夏2回で、夏は株が育った状態で次の芽を取る立茎栽培になる

アスパラ専門農家、就農への思い

北海道のメイクイーン栽培発祥の地、厚沢部町。360度山に囲まれた盆地で、畑の周りには川が回り込むように流れ、山の有機質成分を畑に運びます。畑にまく水道水の源は、山の湧き水です。
ここで「ジェットファーム」を営む長谷川博紀さんは、函館生まれの新規就農者です。函館工業高等専門学校卒業後、大阪の大手企業に就職しましたが、ある時「将来は食料不足の時代になる」という記事を読んで農家になろうと決意。6年勤めた会社を退職し、就農予定地の厚沢部町で研修。第三者への継承を考えていたグリーンアスパラガス農園と出会い、アスパラのハウスや農機具、納屋ごと継承することができました。妻と子ども3人の5人家族で暮らし、畑仕事は長谷川さんとパートタイムの女性が行っています。

初年度は慣行栽培で作況も良く、農協に出荷して売り上げ目標を達成し、スタートは順調でした。しかし2年目、ある農薬を散布する度に体調が悪くなることに悩み、農薬散布を止めます。すると、それまでと条件が激変したため、株の地上部分がすべて枯れてしまったのです。3年目、資金をつなぎながら畑作の基礎を猛勉強した長谷川さんは、土中環境を改善することを決意。周囲の自然環境の特徴を理解し、その中で畑の土がバランスを取り戻せるよう、土を観察しながら必要に応じて植物性有機肥料を補い、土壌を復活させることに専念しました。アスパラ栽培の先生がいなかった長谷川さんのお手本は、近隣の森町でカボチャなどを栽培する先輩畑作農家です。長谷川さんはこの先輩に、有機物や水の循環を見据えて土の状態を整えるという基本的な考え方を学び、そこから自分で工夫してアスパラに応用していきました。すると4年目、畑の状態は劇的に改善。今では害虫がつかず病気にもかかりにくい、強い株になりました。今のハウスの土は全体に団粒化(土の粒子が小粒の集合体となること)し、足元の土を掘るとポロポロと崩れてミミズがたくさん出てきます。

SNS用の撮影は農作業の合間に愛機(富士フイルムX-T4)で。栽培からPR、販売まで1人でこなす。業務用注文は電話が多く、作業中もブルートゥースイヤホンで対応。一般客向けにショップアプリも活用中

レストランの販路が5年で150軒に成長

現在の農法は、無農薬・無化学肥料、除草剤や殺虫剤不使用。植物性原料主体の発酵堆肥(たいひ)を使います。農法が定まった成果は、味にもはっきりと表れました。「うまみや甘みが濃くなり、香りもより爽やか。この味を誰かに知らせたいと思うようになりました」(長谷川さん)。ちょうどそのタイミングで、行政を通じて通販サイトのバイヤーに試食してもらうことができました。農家は誰しも、自分の作物のおいしさを知っていることでしょう。「でも、井の中の蛙(かわず)ではダメ。いいものを知っている人に食べてもらうことで商品価値を知り、成長が始まる。そう教わりました」と長谷川さんは言います。そして実際に、バイヤーが紹介してくれた2軒のレストランとの取引が決まったのです。
それ以降、採用してくれたレストランを訪ねるのが長谷川さんの習慣になりました。「選んでくださるシェフの料理に触れるのは、勉強でもあり世界が広がる体験。今は取引先が増えて追いつかなくなりましたが、本当は全てのお店に伺いたい」と言います。時には新規開拓を兼ねて話題のレストランへ行き、シェフと顔を合わせ、サンプル提案をすることもあります。業務用開拓を始めて4年目の昨年、ジェットファームのアスパラを取り寄せたレストランは100軒になり、今年は150軒を超えました。加速度的に広まった背景について長谷川さんは、シェフのネットワークのおかげだと考えています。「お会いしたシェフたちはライバルであっても、お互い認めた相手には情報を教え合っていました。そのお陰で素晴らしいシェフばかりに出会えて幸運でした」。また、SNSでは畑の様子や農法、自分の考え方について、こまめに発信を続けています。販路開拓は、自分の強みを徹底的に見つめ、伝えてきた結果と言えるでしょう。

インスタグラムの画像。左はアスパラの脇枝(茎)。柔らかくて生食でき、味はアスパラそのもの。すぐにフレンチシェフから注文が入った。右は3LサイズとMサイズの比較。Mは皮の割合が多い分だけ香りがあることを伝え、発注につながった

他と比べない、個性を絶対値で言葉にするSNS

長谷川さんの発信の手段はインスタグラムやフェイスブック。SNSでは、商品だけでは伝わりにくい、「なぜそうするのか」という点についても発信ができます。例えば、長谷川さんはこんなふうに捉えています。「野菜の風味は皮に集まっています。野菜は水分が少ないほど味は濃くなるけれど、皮が硬くなればむかれてしまう。だから、うちのアスパラの味を最もよく感じていただくために、皮ごと食べられる状態でお届けしたい。パリッ、サクッと歯ざわりの軽い、例えるなら青リンゴのような食感をめざして収穫します」。また、作物のポテンシャルを伝えたいと考えた結果、収穫時だけでなくレストランに届いた時の状態を意識するようになりました。そこにSNSでコツコツ養った独自の表現が加わり、ジェットファームらしさになっています。

インスタグラムで春アスパラを投稿。気候や畑の状況と日々のアスパラのコンディションを自分の言葉で伝えると、一般客もシェフもコメントをくれる。顧客が拡散してくれた投稿を見た人から連絡がくることも(長谷川さんのインスタグラムより)

シェフに聞く、ジェットファームが選ばれる理由

最後に、顧客であるシェフたちに長谷川さんのアスパラについて聞いてみました。各地の生産者とネットワークを持つイタリアンレストラン「チェンチ」(京都)のシェフ、坂本健(さかもと・けん)さんは、日頃から土壌や環境のことを考える農家の野菜を使っています。ジェットファームのアスパラは、今まで試した中でも特に味が濃いのが魅力だと言います。「長谷川さんのSNS投稿からは、アスパラへの熱意が伝わってきました。これからは、自分と考えの近い人と共に歩む時代になるでしょう。農家さんも自分の考えを発信するのはいいことだと思います」

浅草の人気フレンチレストラン「オマージュ」(東京)のシェフ、荒井昇(あらい・のぼる)さんは、「品質の良さにプラスして、きちんとコミュニケーションができる安心感があります」とのこと。「メールの返信がきちんとあること、荷物のことで何かあれば、すぐに連絡をくれること。当たり前のようですが、大切な点です」と日々の信頼関係の大切さを指摘します。

取引先レストランの中には、テイクアウト営業中にもジェットファームのアスパラを仕入れて自店の商品とともに販売してくれる人たちがいた(京都「チェンチ」公式インスタグラムより)

2020年5月、ちょうどジェットファームの春アスパラが最高潮の頃、レストランはCOVID-19対策で休業を迫られました。その状況で、複数のシェフが、自店のテイクアウト商品とともに“長谷川さんのアスパラ”を販売しました。「一次産業の力なくしてレストラン業は成り立ちません。何かあった時は支え合わなくては」(坂本さん)

一人一人の顧客と向き合い、意思疎通できる関係づくり。インターネットでも対面でも、信頼関係の根本は同じです。けれど、まだ出会っていない未来の顧客と出会いお互いを知るには、モノだけでなくコミュニケーションが必要です。今後一層、生産者の発信の価値は高まっていくでしょう。長谷川さんは自身の経験も踏まえ、「新規就農の方の販路開拓は、足元を固めてから。とにかくおいしいものを育てる技術が先決です」とアドバイスをくれました。

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