兵庫から移住就農 北海道とアスパラガスを選んだ戦略とは

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兵庫から移住就農 北海道とアスパラガスを選んだ戦略とは

連載企画:農業経営のヒント

兵庫から移住就農 北海道とアスパラガスを選んだ戦略とは
最終更新日:2020年02月17日

新規就農者が作物を選ぶ理由はさまざまにある。自分が食べるのが好きな作物を選ぶ人もいれば、「野菜全般が好きだから」という理由でたくさんの種類の野菜を作る人もいる。北海道で約20年前に就農した押谷行彦(おしたに・ゆきひこ)さんが選んだ作物はアスパラガス。理由は、ビジネスとして経営を発展させるためだった。

1995年の震災を機に就農を決めた

大規模に農業をやりたくて北海道で就農した

JR千歳線の北広島駅から北東へ車で30分ほど走ったところに、押谷さんが経営する押谷ファーム(夕張郡長沼町)はある。
面積は6.3ヘクタール。ミニトマトやトウモロコシも作っているが、メインの作物はアスパラガス。アスパラガスは植えてからかなり年数がたち、ちょうど植え替え時期に入っているため、2019年度の栽培面積はハウスと露地を合わせて2ヘクタールといっときと比べて縮小している。ただ今後はハウスの増設などを進めることで、4年間で3.5ヘクタールまで拡大する計画。実現すれば、アスパラガス農家としては全国でも有数の規模になる。
20代後半で脱サラし、農業の道へと進んだ。それまでは、ある大手スーパーで働いていた。就農を決意したのは、95年1月に起きた阪神淡路大震災がきっかけだ。
当時、押谷さんは兵庫県尼崎市に住んでいた。突然襲った強い衝撃で目を覚ますと、あまりに激しい揺れでベッドから起き上がることができなかった。何が起きたのかわからず、「このまま死んでしまうのか」と思ったという。

幸いケガはなく、すぐに車で大阪府箕面市にある勤務先の店舗に向かった。店までいつもなら車で45分。だがその日は道が極度に渋滞し、家から150メートル先にある1つ目の信号を曲がるまで2時間弱かかった。電車が止まっていたのでそのまま車で店に向かうと、ようやく昼過ぎに到着した。
そこまでして店に行ったのは、「無事です」と一言告げるのが目的だった。電話がつながらなかったので、ほかに伝える手段がなかったのだ。翌日以降も同じように出勤した。そのとき見た光景が、押谷さんの人生観を変えた。

大阪で働くサラリーマンたちは、いつもと変わらぬスーツ姿。その日常の風景の中を、リュックを背負った人たちが押谷さんの働くスーパーを目指して歩いていた。食料を買うため、神戸などから来た人たちだ。
対照的な2種類の人々の姿を見て、押谷さんは強い違和感を抱いた。「いくらお金を持っていてもダメだ。自分は食べ物を作る側に回ろう」。そう心に決め、その年の12月に会社を辞めて北海道へ向かった。

作物と会話して技術を磨いた

肥料のバランスを工夫した(写真提供:押谷ファーム)

就農先に北海道を選んだのは、「農業は広い土地でやったほうがいい」というイメージを持っていたからだ。その象徴が北海道だった。まず北海道深川市にある短期大学の農学部で学び、その後、恵庭市の農家のもとで研修した。
この研修はとても貴重な経験になった。研修先の農家が栽培技術だけでなく、経営に対する考え方を丁寧に教えてくれたのだ。押谷さんはそれを「きちんと利益を出し、食べていくことができるようにすること」と受け止めた。生活できて初めて、農業を生きがいにすることができると胸に刻んだ。

研修後、いったん0.5ヘクタールの狭い畑を借りたが、押谷さんにとって「食べていくことができる面積」ではなかった。そこでとりあえずピーマンを作りながら別の農地を探し、2年後に現在の場所で本格的に営農をスタートさせた。そこで主力の作物として選んだのがアスパラガスだった。

夏にかき氷を提供するカフェ(写真提供:押谷ファーム)

押谷ファームのアスパラガスは今でこそ多くの個人顧客に支持されているが、他の新規就農者と同様、押谷さんも当初は栽培で苦労した。とくに深刻だったのが病気で、最初の1~2年は生育不良に悩まされた。
始めたころは「肥料を多めにやればうまくいく」というノリで肥料を投入していた。だがそれではうまくいかないと気づいた押谷さんは、ある実験を始めた。畑を小さな区画に分け、窒素、リン酸、カリ、マグネシウム、カルシウムを少しずつ量を変えて投入し、最適なバランスを突き止めていったのだ。
この実験は、「作物の顔色を見る目」を養うことにもつながった。さまざまなバランスで肥料を入れてみた効果を、自分の目で日々確かめたからだ。押谷さんは「肥料のバランスは科学的に決めるが、最終的には作物との会話が大切」と話す。作物が元気に育つようになると、病気も減っていった。

贈答用になる作物を選んだ

贈答用に栽培技術を磨いた(写真提供:押谷ファーム)

ではなぜアスパラガスを選んだのか。答えは贈答用。押谷さんは「人って自分が食べる分は低価格のものを買っても、人に贈るものにはそれなりにお金を使う」と話す。ではどんな作物なら贈答用になるか。押谷さんは「就農前からイチゴかアスパラの二択で考え、後者を選んだ」という。
贈答用の作物を考える際に注目したのが、「送料に負けない作物」だ。味などの品質ではっきりと差をつけることができない作物だと、価格競争に巻き込まれて値崩れするリスクがある。値段の安いモノを、人は送料を負担してまで誰かに贈ろうとはしない。かつて流通企業で働いていたゆえの発想だ。

その点、アスパラガスはほかの野菜と違い、味で特徴を出すことができる。ここで、肥料のバランスを科学的に決め、作物の様子をきめ細かく観察する技術が役に立った。「甘くてうまみがあり、太いアスパラ」(押谷さん)になるよう栽培方法を工夫したのだ。こうして押谷さんは、百貨店やスーパーなどの贈答用のニーズを開拓していった。

今後アスパラの栽培面積を増やす

就農にはさまざまな道がある。家族経営である程度の規模で営農するやり方もあれば、従業員を雇い、企業的な発展を目指す方向もある。押谷さんが目指したのは後者だ。そのための戦略を追求し続けてきた。
社員は1人で、長沼町で家を建てている最中。押谷ファームで長く働くことに希望を抱いているからこその決断だ。農繁期だけ働いているスタッフも2人いるが、そのうち1人は今年社員になる予定。そのほか、押谷さんのもとで以前研修した5人が独立し、近隣で農業をやっている。
「面白い。この産業をやる人が減っていく理由がわからない」。押谷さんはそう言って笑う。はっきりと目標を定め、戦略を練れば、営農の活路は開ける。そのことを実感させてくれる取材だった。

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