農業素人が1キロ5000円のコメを人気商品に 真のブランド戦略を考える

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農業素人が1キロ5000円のコメを人気商品に 真のブランド戦略を考える

連載企画:農業経営のヒント

農業素人が1キロ5000円のコメを人気商品に 真のブランド戦略を考える
最終更新日:2020年02月17日

長年ウオッチしている相手が、飛躍するのを取材できるのはとてもうれしいことだ。農業法人の越後ファーム(新潟県・阿賀町)を経営する近正宏光(こんしょう・ひろみつ)さんは、これまでそうした瞬間を幾度も見せてくれた。その近正さんが2019年、経営のシンボルだったとても大切なものを失った。1キロ当たり5000円で販売していた高級ブランド米だ。

就農からJALのファーストクラスで採用されるまで

越後ファームの田んぼは、阿賀町の中山間地域にある。1キロ5000円のコメは、その中でもとくに山の上のほうにある小さな田んぼで作っていた。
栽培の特徴の一つは、山頂部周辺の雪解け水をパイプで引き、田んぼに掛け流しの状態にしていたことだ。このパイプが壊れてしまったため、やむなく栽培を諦めた。
「去年、雪が解けたころに田んぼに行ったら、『もうあかん』という状態になっていました。残念ですが、仕方ありません」。近正さんはそうふり返る。春ごろには栽培をやめることを決めたという。

越後ファームの1キロ5000円のコメ(日本橋三越本店、2014年撮影)

越後ファームは、都内の不動産会社に勤めていた近正さんが2006年に立ち上げた。社長が「これから食料が足りなくなるので、農業はビジネスになる」と思ったのがきっかけで、事業を任されたのが近正さんだった。
まず決めたのは、コメどころの新潟で始めることだった。だが、東京から突然やってきた近正さんに田んぼを貸してくれる農家はいなかった。ある市役所に相談に行って、職員や農協関係者から「あんたに田んぼを貸す農家なんていないよ」と面と向かって言われたこともある。
何度も断られながらも諦めずに新潟の各地を訪ねた結果、阿賀町の高齢の農家が山の中の小さな田んぼを貸してくれた。後継ぎがいないことが理由だった。越後ファームはこうしてスタートした。

新潟県阿賀町の中山間地で就農した

山の中の田んぼでは、平地のように効率的に栽培することはできない。そこで近正さんは自社のコメをブランド化して高く売ることにした。富裕層を主なターゲットにすることを決め、売り先は百貨店に絞り込んだ。
栽培と営業の両面で努力を重ね、2013年には日本橋三越本店に店を出すことに成功した。2018年には伊勢丹新宿店と西武池袋本店にも店を出した。この3カ所で、各地の腕のいい農家から仕入れたコメと自社のコメを販売している。
主要な百貨店を販路にできたことだけでも驚くべきことだが、2015年には「日本一予約が取れない和食店」と呼ばれる東京都港区の高級店「くろぎ」との取引が始まった。さらに2016年からは、日本航空(JAL)の国際線のファーストクラスとビジネスクラスで越後ファームのコメが採用された。
この過程で、近正さんは不動産会社を辞め、社長の立場で事業を引っ張ってきた越後ファームを不動産会社から独立させた。親会社の後ろ盾に頼らず、自分たちだけの力で経営を発展させたいと思ったからだ。

素人が富裕層マーケットをつかめた理由

日本中にたくさんの稲作農家がいるにもかかわらず、なぜ新規就農の近正さんが、富裕層マーケットをつかむことができたのかと疑問に思う人もいるだろう。答えはコメの品質を高めるため、栽培から貯蔵、物流、店舗販売にいたるまでの全体をコントロールできる体制を整えたことにある。
強みの一つは、雪の冷気でコメを貯蔵する「雪蔵」だ。電気冷蔵庫と違い、倉庫内の湿度が高いので、長期間保存してもコメの乾燥を防ぐことができる。しかもモミ殻を取らずに保管しているので、鮮度も落ちにくい。
モミ殻を取って玄米の状態で保管するのと比べ、かさばるという難点はあるが、品質を保つことを優先した。店舗での販売状況に合わせてモミ殻を取り、精米する。近正さんは「新米の状態をずっと保ちたい」と話す。
しかも店頭でごはんを試食してもらうために使う炊飯器は、あえて高額なものは使わないという念の入れようだ。顧客から「高い炊飯器で炊いたからおいしいんでしょ」と言われないようにするためだ。

雪の冷気でコメを保管する「雪蔵」。一年中雪が解けない

栽培面では、とくに農薬の使用を抑えることに力を入れた。まだコメ業界で名前を知られていなかったころ、百貨店のバイヤーから「せめて有機栽培でもやってくれないと、扱えないよ」と言われたことがきっかけだ。
こういうとき、「有機栽培なんて難しそうだ」と思って諦めるか、前に進むかでその後の展開はまったく変わる。近正さんは知人のつてで有機栽培に詳しい研究者を紹介してもらい、一緒に阿賀町の田んぼを調査した。農薬や化学肥料の使用量を一般より減らす特別栽培ができそうな田んぼや、有機肥料だけで育てる有機栽培が可能な田んぼを選んでもらった。
併せて見つけてもらったのが、有機肥料さえやらず、水だけでコメを作れる田んぼだった。条件は日当たりがいいことと、雪解け水を直接引いてくることができること。「水以外何もやらない」という方法を選ぶ以上、他の農家が使った水が田んぼに入るのを完全に防ぎたいと考えた。その水に肥料が混ざっている可能性があるからだ。

昔ながらのやり方で稲からモミを外す千歯扱(せんばこ)き

店頭から消えた1キロ5000円のコメ

広さは0.2ヘクタール弱。近正さんは、ここで作ったコメを越後ファームのシンボルにすることにした。コンセプトは「純粋であること」。昔ながらのやり方にできるだけ近づけるため、収穫した稲は機械を使わず、陽光で乾燥させた。稲からモミを取るのも、機械ではなく千歯扱きを使った。
これが1キロ5000円で販売していたコメだ。破格の高値にもかかわらず、必ず売り切れる人気のコメになった。
販売はうまくいったが、栽培はずっと難題を抱えていた。水の確保だ。水源から田んぼまでの距離は約1キロ。古い水路はあったが、崩れていて使い物にならなかった。そこでホームセンターで買ってきたパイプをつなぎ、田んぼまで水を引いた。間を阻む木はチェーンソーで切り倒した。
だがそうやってせっかく作ったパイプラインが、毎年のように雪の重みで壊れてしまった。土砂で流されたこともあった。その都度、修理しながら使ってきたが、2019年はついに修復しようがないほど壊れてしまった。
会社ができたときは全ての田んぼを合わせても1ヘクタールもない零細経営だったが、徐々に農地が集まってきて、現在は20ヘクタールを超えた。いくらシンボルとは言え、収益的にはほとんど貢献しない小さな田んぼを復旧するために、パイプラインを一から引き直す労力を割くのは難しくなっていた。
こうして1キロ5000円のコメは店頭から消えた。

復活を目指す2020年

1キロ5000円のコメは越後ファームの経営にとってどんな意味があったのだろう。肥料を入れないので、収量は当然少ない。ふつうの栽培方法なら同じ面積で900キロぐらい取れるのに対し、ここは180~240キロがせいぜいだった。
味はどうか。コメの食味で最近好まれるのは、コシヒカリの特徴である「ほのかな甘さと粘り」。一方、この田んぼで作っているのもコシヒカリだが、まったく違う品種のように2つの特徴が抜け落ちていた。近正さんは「昔のコメはこういう味だったのではないか」と話す。このコメのファンも「素朴な味でいいね」と言って買ってくれていた。年配の人が多かったという。
一般的に「おいしい」とされるコメの味とは明確に距離を置くブランド戦略が奏功した。近正さんは「このコメには5000円の価値がある」と信じて値段を決めた。この強気の戦略が当たり、越後ファームのシンボルのコメになった。

2019年に水が来なくなってしまった田んぼ(2017年撮影)

値段の根拠はコストの積み上げでも、買う側と売る側の綱引きの結果でもない。越後ファームはこのコメを自分たちにとってとても大切なコメと考えて値段をつけた。それを買った人が認め、リピーターがついた。ここには「ブランドとは何か」を考えさせる重要な要素がある。
最初は安く発売しても、需要が高まって値段を上げることが可能になり、結果的に「破格の高値」になることなどまずない。近正さんは「高値のブランドを作ってから、値段が少し安い商品を別に販売することはできる。でもその逆は難しい」と話す。
では今後どうするのか。そう質問すると、「自分たちには、似たように条件の悪い場所の田んぼがいっぱいありますから」と笑った。
新規参入の近正さんのもとに当初集まったのは、狭くて効率化が難しい水田ばかりだった。その中には、日当たりがよく、山の上の方にあって、ほかの農家の用水と水が混じらない田んぼがいくつかある。それらの中から、もっと水源に近い田んぼを探す。そこで再び無肥料栽培に挑戦するのが2020年の目標だ。
近正さんは生産から販売までさまざまな工夫をこらして経営を飛躍させてきた。今度もまた何か新しいアイデアのブランド戦略を見せてくれることだろう。2020年はそのことに期待したい。

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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