「早く若手に経営を譲るべき」50代社長が目指す会社のあり方とは

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「早く若手に経営を譲るべき」50代社長が目指す会社のあり方とは

連載企画:農業経営のヒント

「早く若手に経営を譲るべき」50代社長が目指す会社のあり方とは
最終更新日:2019年12月25日

安定した収入のある仕事をずっと守り続ける人もいれば、新天地へと大胆な一歩を踏み出す人もいる。かつて大手企業を辞め、北海道で就農した中村好伸(なかむら・よしのぶ)さんは後者の典型。就農からもうすぐ20年、今再び大きな決断のときを迎えようとしている中村さんにインタビューした。

北海道でタマネギ農家の大規模経営

中村さんが経営する新篠津つちから農場(石狩郡新篠津村)は札幌市の東北の方角、JR学園都市線の北海道医療大学駅から車で十数分のところにある。
筆者が訪ねた12月中旬は、農作業がすでに終わり、道の両側の広大な畑を雪が覆っていた。農場に近づくと、黒々とした堆肥(たいひ)の山が2つ、こんもりと盛ってあった。原料は稲わらと鶏糞(けいふん)。中村さんが最も大事にしているのが、この堆肥を使った土づくりだ。
中村さんはここで従業員として8年間ほど働いた後、今から10年前に社長に就いた。品目はタマネギが中心。農薬や化学肥料を使わない有機栽培と、両方の使用量を減らす特別栽培を手がけている。

畑のすみにあった堆肥の山

面積は20ヘクタールで、10年で2倍に増やした。しかもそれだけでは売り先の需要に応えられず、10軒の農家から40ヘクタール分のタマネギを仕入れて販売している。タマネギ農家としては有数の大規模経営だ。
今回の取材は、両親とも公務員という非農家の出身で、北海道で新規就農した中村さんの取り組みを聞くのが目的だった。最近は都市近郊で小規模で就農する人が増えている。そこで、農業の魅力の一つである広大な自然の中で作物を育てる醍醐味を、改めて確認したいと思ったからだ。
だが、インタビューが終盤にさしかかったころ、中村さんの口から予想もしていなかった言葉が飛び出した。「3年後には従業員に経営をバトンタッチしたいと思っています」。中村さんは今年55歳。農業経営者としてはバリバリ現役の年齢だ。なぜ退くことを決めたのか。

2019年に収穫したタマネギ

大手酒造メーカーから農業の世界へ

中村さんは札幌市の出身。小樽商科大学を卒業した後、東京でニッカウヰスキーに就職した。もの作りの仕事をしたかったからだ。当時のことを聞くと、中村さんは真っ先に「とてもいい会社です」と答えた。
「雰囲気が家族的で、若い社員にも重要な仕事を任せてくれました」。それでも会社を辞めたのは、工場で働く機会が巡って来なかったからだ。文系出身の中村さんの仕事はずっと経理。5年ほど勤めた後、北海道に戻った。
就農を決めたのは、北海道のラジオ番組でパーソナリティーとして活躍している河村通夫(かわむら・みちお)さんと知り合ったことがきっかけだ。河村さんは家を自分で建て、野菜を育て、漬物を作るなど自然に即した自給自足の暮らしを追求していた。そんな河村さんのもとで野菜の栽培や部屋の改築などを手伝っているうち、中村さんは「自分が一番好きなのは農業だ」と思うようになった。

出荷作業で箱を運ぶロボット

就農するために河村さんのもとを離れたとき、中村さんが目指したのは後継ぎのいない農場で働くことだった。いずれ後継者になれると思ったからだ。そうやって見つけたのが、中村さんが今経営している農場だった。
前社長は才覚のある経営者だった。農地の一部を売って設備投資し、稲作からタマネギの栽培に切り替えた。有機栽培でタマネギの付加価値を高め、スーパーなどの売り先を開拓していった。本来なら、理想的な就農先だった。
だが、前社長は中村さんの言葉を借りると「他人に任せることができない人」でもあった。猛烈に働く人にときにある特徴かもしれない。その結果、中村さんは7~8年もの間、草取りと配達ばかりすることになった。さすがに「俺このままで大丈夫かな」と思ったという。40代半ばになろうとしていた。
転機は、前社長がケガで長期入院したことで訪れた。中村さんは毎週のように病院に行き、「次はこの作業をやりたい」と説明して了承をとり、自分で農場を回すようになっていった。その間、経営移譲を巡ってさまざまなやりとりはあったが、最後は中村さんが経営権を握ることで決着した。

草取りと配達の日々を経て社長になった

格好いい生き方を目指して

売り先など経営の基本は受け継いだ。中村さんはそのうえで「できるだけシンプルにしよう」と心がけた。前社長のように土の栄養分を増やすためにさまざまな資材を投入するのをやめ、必要ないと思うものを削っていった。
しばらく雨が降らなくても、すぐには水をまかないようにした。中村さんは「タマネギは水を簡単にもらえると思うと根を横に張りますが、そうでないとわかると地中深くに伸ばす。どっちのほうが生命力がありますか」と話す。このあたりの考え方は、河村さんの影響が大きいという。
もちろん、放っておいてタマネギが元気に育つわけではない。そこで以前より力を入れるようにしたのが、堆肥を使った土作りだ。
2014年に研究機関に依頼し、畑の土の微生物数を測定してもらったところ、一般の畑よりはるかに多いことがわかった。良質な堆肥を使うと、微生物の多様性が増し、植物にとって望ましい生育環境になる。さまざまな微生物が有機物を分解し、植物が吸いやすい小さい形にしてくれるからだ。病原菌が一気に繁殖するのを防ぐとともに、土をふかふかにもしてくれる。

2019年秋に発売したブランド「ねを(NEO)」

収量を増やすことを優先した前社長と違い、品質にこだわったことで売り先も順調に増えていった。自社農場だけでは注文に対応できず、農薬を減らすなどの栽培方法に賛同してくれる協力農家を増やしたのはそのためだ。
さらに2019年秋から、自社の畑でとれたタマネギに限定し、「ねを(NEO)」という名前のブランドをつくった。8月時点でサンプル調査し、一般より糖度が高いことを確かめたうえで商品化した。値段は同社が販売している他のタマネギの1.5倍と、高級ブランドにすることを目指している。
社長に就いて10年たち、さらなる飛躍のときを迎えようとしている──。そう感じたのでふと「振り返ってどう思いますか」と聞くと、「経済的にはかつかつの時期もありましたが、後悔はしていません。幸せでした」と答えた。
社長の座を退きたいという話になったのは、その直後だ。中村さんは「若い人に早く引き継ぐべきだ」と語り始めた。理由は「会社にとって重要なステークホルダー(利害関係者)である社員がいいと思う方向に行かないと、会社はうまくいかない」から。だから、そろそろ社員に会社を任せた方がいいと、中村さんは考えた。5人の社員にはそうした意向を伝えてあるという。

「そろそろ社員に会社を任せるべきだ」と話す

背景には、もう社員に委ねてもうまくいくという手応えがある。社員の仕事を「草取りと配達」に限定するようなまねはしてこなかったし、それで作業が回るような規模でもない。ただし、販売に関してはなお中村さんの信用力に負う部分が大きい。そこで当面、販売を支援することも考えている。
一方で、農場のサポート役に徹するには、まだ気力も体力も十分すぎるほどある。中村さんは現在、北海道の植物で香り付けするジンの製造やロシアの農場の技術指導などの事業に関わっているほか、地元の農協の理事も務めている。今後の活動は、この3つのうちどれかが中心になる。
それにしても、苦労して事業を拡大してきた会社を離れるには、あまりにあっさりしていないだろうか。そう話すと、笑いながら次のように語った。
「だって、そのほうが格好いいじゃないですか」
新たな活躍の場を視野に、中村さんはますます意気軒高だ。土地に根ざし、親から子へとゆっくりと営農をつないでいくような昔ながらの農業の世界とは違う、こういうスカッとした身の処し方も悪くないと思った。

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。

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