米価の下落と日本農業の縮小再編が同時進行か

東京大学大学院農学生命科学研究科教授の安藤光義さん
コロナ禍による外食需要の低迷、全国的なコメの作柄の良さ、農林水産省の設定する適正生産量を実際の数量が大幅に超える見込みであること、コメの民間在庫のだぶつき……。今秋は、米価を押し下げる要因となるような話題ばかり目に付く。農家の後継者不足や離農が騒がれる一方で、コメに限っては供給が需要を上回っているのだ。
「コメだけ取り上げてここ数年という短期で見るならば、生産能力、供給能力の圧力が高く、放っておくと供給過剰になって米価が下がるだろう」
安藤さんはこう指摘する。ただ、この傾向はあくまでここ数年のコメに限ったものだ。日本農業の全体を見渡すと、「本格的な縮小再編の時代」に入っているという。
これを裏付けるのが、5年に1度、すべての農家や法人を対象に実施される調査・農林業センサスだ。2015年の農林業センサスは、農業経営体数と販売農家数の減少率が過去最高になった。
「2015年センサスでは、農家数、経営耕地面積ともに減っている。以前、減り方が緩和した時期もあったけれども、また減り具合が戻ってしまった」(安藤さん)
コメは供給過剰を経て需要過多へ
この縮小の流れは、水田農業にも当てはまると安藤さんはいう。
「水田農業で縮小しているのは、やはり中山間地が中心だ。平場の条件がいい水田地帯は、規模拡大がかなり進んだり、あるいは農業をやめる人が出ても、残った人たちが集積して大きくなったりしている。全体としてみると縮小だけれども、地域によってだいぶ格差がある印象だ」
地域差はおおまかに、東日本と西日本に分けることができる。東日本に平地にあり条件のいい水田が相対的に多く、コメの生産意欲は概して高い。一方、西日本の特に中山間地は担い手の不足に直面し、供給能力が落ちている。主食用米を作付けしてもいい面積を、消化しきれない県が出てきた。つまり、現状は東日本の生産が過剰気味になる可能性を含んでいるのだ。
「3年、5年のレベルだと供給過剰で米価が下落し、大規模経営体が苦労するという事態が起きかねないと感じる」
と安藤さん。ただ、供給過剰は長くは続かないかもしれない。
「10年くらいのスパンで見ると、東日本も高齢化が進んでおり、大変なことになる感じもする」
いずれ農家の減少で需要過多に転じ得るというのだ。筆者の知る限り、この見方をとる東日本の大規模農家は少なくない。過剰供給の時代を耐え抜いた先の経営拡大に、今から備えている農家もいる。
将来の稲作経営について、安藤さんは「西日本の中山間地域は農家数も経営耕地面積も減少していくだろう。東日本も中山間地は厳しいと思うが、平場の水田地帯では2~3ヘクタール規模の兼業農家がやめ、その農地を大規模経営が引き受けていくという流れが進むだろう」と予測する。
変化を見据えた経営を
残った農家は、離農で放出された土地を引き受け、規模拡大することになる。その結果、多くの農家が「どこかの段階で人を雇って大きくするかどうかの判断を、迫られることになるだろう」(安藤さん)。
水田農業において雇用をする場合、周年雇用にしなければ人が集まりにくくなってきた。季節雇用できる人材が、地域からいなくなっているからだと安藤さんは説明する。
「太平洋側では冬場に野菜を作ったり、北陸など冬に野菜を作れない地域は農産加工を手掛けたりしている。経営の複合化の形は、地域や経営で異なるが、規模拡大とともに進んでいる」
このところ米価を押し下げる要因になっているのが、主食用米の作付けの多さだ。17年以降、米価の高止まりが続いたため、主食用米を作りたい農家は多い。
一方、コメ余りを抑えたい農林水産省は、水田で飼料用米や輸出用米、麦、大豆といった主食用米以外の作付けを奨励している。ただし、「生産調整の結果を見ても、麦、大豆はあまり増えておらず、増えているのは飼料用米ばかりだ」と安藤さん。麦・大豆は、00年に「本作化」が打ち出されて助成金が付いたものの、その後削られ、作付けがあまり増えていない。
ところで、水田農業よりも一足先に急激な規模拡大が進んでいるのが北海道の畑作だ。農家の経営面積が広がるのに伴って、手間のかからない麦の作付けが増えてきた。都府県の水田地帯でも、麦の生産を始める大規模農家がいて、北海道のように増える可能性はある。安藤さんは次のように考えている。
「麦は収益も少ないが、労力も少なくて済む。面積をこなせば、時間当たりの儲けは大きい。農地がどんどん出てくる地域だと、麦の拡大はあり得るだろう」
水田地帯で徐々に増えている作物に子実コーンがある。畜産の飼料や、コーン茶、菓子の原料などに使われる。農林水産省の基本計画に明記してある飼料の自給率を高めることにもつながり、拡大のために助成金などの面で一層の支援があるのではないかと期待したいところだ。
主食用米に目を向けると、中食・外食といった業務用に適した品種の作付けが進んでいる。中でも値ごろ感があるものは、単価が安く、反収を上げることで利益を確保する。しかし。
「皆が反収の高いコメを作ったらどうなるか。供給過剰を招いて米価が下落する方向にドライブをかけているとみることができる」
つまり、今後、西日本の中山間地を中心に生産量が落ちたとしても、残った水田の反収が増えれば供給量は減らないことになると安藤さんはみている。
「マクロでみると、米価は、どちらかというと下押し圧力がかかる。農家はそれを前提に戦略を立てていかなければならない」
変化の時代を乗り越えられる経営戦略が求められている。
【プロフィール】
安藤光義(あんどう・みつよし)
東京大学大学院農学生命科学研究科教授。1966年生まれ。神奈川県出身。東京大学大学院修了。2015年から現職。専門は農政学、構造政策、農地政策。近著に「米生産調整の大転換―変化の予兆と今後の展望」(共著、農林統計協会)、「多国籍アグリビジネスと農業・食料支配」(共著、明石書店)など。