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稲刈り後の田んぼにたたずむ“農民藝術”

柏木 智帆

ライター:

連載企画:お米ライターが行く!

稲刈り後の田んぼにたたずむ“農民藝術”

かつて日本では稲刈りの時期になると、田んぼに稲を干す風景が見られました。その形は地域によって違い、呼び方も「稲干し」「ハサ掛け」「ハザ掛け」「サデ掛け」「ほんにょ」など、さまざま。稲刈りと乾燥作業が機械化された現代ではその風景を見ることは少なくなりましたが、福島県・猪苗代町「つちや農園」の田んぼでは、4年前から“農民藝術”とも言える奇怪な稲干しが出現するようになりました。

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稲刈り後の奇妙な風景

磐梯山のふもとに広がる福島県・猪苗代町の田んぼでは、毎年10月下旬ごろになると、稲刈り後の田んぼに奇妙なモニュメントが出現します。巨大なその作品の制作者は、地元の米農家・土屋直史(つちや・なおし)さん。稲をバインダー(穀物を刈り取り束ねる機械)や手で刈り、鉄パイプで組んだ骨組みにかけていきます。

島根県伝統の稲干し「ヨズクハデ」

たとえば2016年秋に制作したのは、高さ5メートルほどの巨大な「ヨズクハデ」と呼ばれる島根県の伝統的な稲干し。「ヨズク」はフクロウのことで、四角すいの骨組みに稲をかけた姿がフクロウのように見えることから名付けられたと言われています。土屋さんは「藁塚(わらづか)放浪記」(藤田洋三著・石風社)を読んでヨズクハデの存在を知り、再現したそうです。

宮城県栗原市のマスコットキャラクターにもなっている「ねじりほんにょ」

この他にも、宮城県栗原市のマスコットキャラクターになっている「ねじりほんにょ」という稲干しなど、既存のさまざまな形状の稲干しに挑戦した後、2017年からは稲干しとしてはめずらしい「シードオブライフ」と呼ばれる幾何学図形を立体的にした形に稲を干し始めた土屋さん。稲刈り後の田んぼをどんどん奇妙な風景に変えていっています。

「幾何学立体シードオブライフ」

日本の稲干し風景へのオマージュ

現在ではほとんどの農家がコンバインで稲を刈り取り、もみは機械で乾燥しています。そして、わらはほとんどの場合、収穫時にコンバインによってばらばらに裁断されて田んぼに散らばります。土屋さんが所属する「つちや農園」でも同様ですが、土屋さんは2015年から農園の田んぼの一角で稲干しを始めました。

「ヨズクハデ」を制作する土屋さん

土屋さんが稲干しを始めるきっかけとなったのは、知人にもらった天日干しのお米でした。「炊飯すると干し草のようなハーブのような香りがすることに衝撃を受けて、すぐに隣の家のじいさまに稲干しのやり方を聞きに行きました」と土屋さん。教えてもらったのは、田んぼに木の棒を刺して稲束を積み上げていく「タカボウ」という稲干し。そして、田んぼに積んだもみ殻の上に稲束を積み上げていく「マルボウ」という稲干しでした。土屋さんによると、タカボウは土がぬかるんで緩いと倒れてしまい、マルボウは稲が乾きにくい。そこで湿田の場合は、木材や竹で柱を作り横木を掛けて作った「稲木」に稲束を干す「サデ掛け」という方法をとっていたそうです。「昔の人は田んぼごとの条件に合わせてその場で最も効率的な干し方を選んでいました。すごいことだと思います」と土屋さんは言います。

「サデ掛け」の変形

しかし、現代ではこうした稲干しの方法を知っている農家は少なくなりました。土屋さんは稲干しの魅力に気づいて以来、秋の農村に土地ごとの稲干しの風景が見られた時代へのオマージュのように、自分で調べてさまざまな稲干しに挑戦してきました。一時期は「日本の稲干し」と称して、田んぼでの稲干しのみならず、田んぼにある鉄塔や、近所の看板、近所の食堂の店主にまで稲を掛けていったそうです。地域の人たちもさぞ驚いたに違いありません。

「日本の稲干し」と称して鉄塔に架けた稲

稲作における「用の美」

「干した稲の姿を見ていると、稲は干されて完成する生命体、人間とともに存在する生命体なのだと思えてきて、とても美しいと感じる。原理は分かりませんが、干された稲に耳をそばだてるとプチプチという音が聞こえるのです」と土屋さん。お米の香りがきっかけで稲干しを始めましたが、今では「農業をやっている答えが出そうだからやっている」と言います。

夜の闇に浮かぶ「幾何学立体シードオブライフ」 。「天日干し」は太陽だけではなく、「月」や「星」にも照らされて、「風」や「雨」にもさらされると土屋さんは言う

この稲干しが見られる期間は、たった1週間ほど。鉄パイプからおろした稲は水分値を調整し、もみすり(もみ殻を外す作業)した後、玄米や白米で販売しています。稲作における「用の美(※)」とも言える稲干しはまさに“農民藝術”。4年目の今年は昨年に引き続き、農薬と肥料を使わずに育てた「ササシグレ」という品種で「シードオブライフ」を制作します。

※ 用の美:実用性を目的に作り出されたものには、必然的に美しさが宿るという、民藝運動創始者で思想家の柳宗悦(やなぎ・むねよし)が提唱した「民藝」の考え方。

天日干しはたった1週間ほどだけみられるはかない“農民藝術”

地域の人たちも見慣れてきたのか、「あれ、今年もやるの?」と聞いてくる人がいたり、うわさを聞きつけて町外から見学に来る人がいたりと、地域の新たな農村風景として少しずつ定着しつつあるようです。

つちや農園

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