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私たちはタネを食べて生きている

柏木 智帆

ライター:

連載企画:お米ライターが行く!

私たちはタネを食べて生きている

私たちが食べているお米は、タネ。その証拠に、お米を種もみや玄米の状態で水に浸すと発芽します。しかし、普段はあまり意識することもなく、私たちはお米を食べています。お米はタネということを理屈ではなく食べることで“腹に落ちる”体験をしてもらおうと、彫刻家とお米屋がタッグを組んだ50人規模の炊飯イベント「いのちのめぐり スイハニング」が、JR東静岡駅前で開かれます。
(写真提供:安東米店)

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生木の丸太を使った“かまど”

この秋に開かれる炊飯イベント「いのちのめぐり スイハニング」は、静岡県静岡市内の公共施設を巡りながら作家のアート作品を鑑賞できる「めぐるりアート静岡」の関連イベント。同県掛川市の彫刻家・木下琢朗(きした・たくろう)さんと、静岡市の「安東米店」店主の長坂潔曉(ながさか・きよあき)さんが企画しました。

8月のある日、炊飯イベントの試験炊飯が開かれると聞き、静岡市に行ってきました。

羽釜が設置されているのは、生木のヒノキ丸太で作った“かまど”

2人が試験炊飯を行ったのは本番とは別の場所、ユーカリの木々が生い茂る広場。すでに大きな羽釜が設置されていました。かまどだと思っていたものは、よくよく見ると丸太。丸太で作った“かまど”……燃えてしまわないのでしょうか? 驚いていると、「生木のヒノキ丸太の中心部は細胞としての機能は停止していますが、外側は新しい細胞。中心の古い部分はよく燃えますが、外側には生きた細胞が存在し、水を通す機能があるため燃えにくいのです」と木下さんが教えてくれました。

この生木の性質を知り生み出されたのが「刀耕火種(とうこうかしゅ)〜森のたねのゆくえ〜」という木下さんの作品です。外側の形をチェーンソーで加工してから縦に8つに切り込みを入れ、中心部に火種を入れ燃やしながら加工し水で調整。中が空洞化した「森のたね」を形づくっていきます。「刀耕火種」とは、山林を伐採した後に草木を焼き払い、その場所に種をまくという「焼き畑農法」のことです。

木こりストーブから着想を得た「森のたね」

「刀耕火種」が生まれるヒントとなったのは、「スウェディッシュトーチ(木こりストーブ)」と呼ばれるフィンランド発祥のたき火。丸太にチェーンソーで切り込みを入れ、その中に杉の葉などの火種などを入れて火をつけると、丸太の内側だけが燃えていきます。

「刀耕火種〜森のたねのゆくえ〜」を制作中の木下さん(写真提供:木下琢朗)

「食は本来身近なもので成立し、食べたものがエネルギーになって自分たちの命の糧になっています。街の暮らしを支える森林から木を伐採して作った作品を、街なかで発表することで、風土との重なり、自然のめぐりを表現したいと思いました」と木下さん。イベント当日は、木下さんが空間演出した「森のたね」を見ながら“タネ(米粒)”を食べる体験ができるという趣向です。作品の大きさは直径が20センチほどのものから40センチほどのものまでさまざま。「本来の丸太の径の大きさのまま見せられるのも魅力」と木下さんは言います。

作品を作る上で影響を受けたのは、静岡市内の登呂遺跡で開かれたワークショップでした。その内容は、田んぼの土で稲を育て、その土で土器を作り、その土器で煮炊きしたお米を食べるというもの。このワークショップで講師を務めていたのが、長坂さん。これが縁となって今回の炊飯イベントにつながりました。

長坂さん(左)と、木下さん(右)

足元に落ちている木の枝でお米を炊く

試験炊飯では、まずは足元に落ちている木の枝を拾うこと(柴刈り)から始まりました。周囲にはユーカリをはじめ、さまざまな木の枝が落ちています。なんだかとても原始的。「土器で煮炊きしていた時代にタイムトリップしたら、この割れない器(羽釜)は『神』と言われるでしょうね」と長坂さん。そして、集めた木の枝を羽釜の下にくべた後、「神の手」(長坂さん)、つまり着火ライターで点火しました。

木の枝をくべていく長坂さん

「10分前後で沸騰するように」(長坂さん)木の枝を丸太の“かまど”にくべ続けていきます。ぱちぱちという音とともに木が燃える香りが漂います。約15分加熱して、15分蒸らしたら完成です。

火をつけてから30分ほどで完成

ところで、「スイハニング®」とは、「炊飯+ing」という意味の造語。「語れば小難しい炊飯技術を簡単にやわらかく伝えたいという思いから『スイハニング』と表現するようにしました。軽やかで楽しそうでしょう?」と長坂さん。「熱に負けない器ならなんでもいいのです。道具にこだわることはなく足元にある枝を熱源にしてぐつぐつ煮れば、食べられるものができます。究極的に言えば、米のデンプンがアルファ化されるという目的さえ果たされればいいのです」

“腹に落ちる”という体験

炊きあがったごはんは、ものすごい“おねば”があり、軟らかいながらも、ほろほろとした粒感があるという絶妙な炊きあがり。県内で作られた「にこまる」という品種です。

お皿は広場にあった朴の木の葉

近年では「地産地消」という言葉が生まれ、「安全性」や「生産者と消費者の交流」「生産者の生産意欲の向上」「輸送の環境負荷低減」などさまざまなメリットが言われています。たしかにそうした効果もありながら、このスイハニングのような方法で地場のお米を食べることで、長坂さんは「場の顕在化」「自我を分かる」という側面も体感できるのだと言います。

「生活圏内で作られた米を、その領域の枝を燃料に加熱調理することで人が消化吸収できる状態になる。つまり糧となって私たち自身になる。そのことを意識しなくても生きていくことはできます。でも、意識することによって生まれる感謝もある。そのことがアイコンや文言なしに、『拾った枝でお米を食べておいしかった』ことによって分かる。分かるとは『理解』ではありません。理屈ではなく、“腹に落ちる”ということです」(長坂さん)

植物のタネは、植物自身が次世代に命をつなぐためのもの。そのタネ(お米)を丸ごと食べ、命をつないでいる私たち。木下さんの「刀耕火種」を見ながら、足元に落ちている枝で炊いたごはんを食べると、一粒一粒の米粒に対する見方が変わり、喉を通って自分の腹に落ちたエネルギー(お米)が自分自身になってゆくという感覚が分かる。新米が収穫される季節にそんな体験をしてみてはいかがでしょうか。

【いのちのめぐり スイハニング】
日時:10月20日(土)、11月10日(土) いずれも10:00〜14:00(雨天時は翌日に順延)
会場:東静岡アート&スポーツ/ヒロバ(JR東静岡駅 北口すぐ)
講師:長坂潔曉、木下琢朗
定員:各日先着50人
材料費:500円(お米2合プレゼント)
※小学生以下は保護者同伴、未就学児無料
※持ち物は、軍手、動きやすい服装、my茶碗、my箸、ごはんに合うおかず

申込:054-245-1331(安東米店)

安東米店
めぐるりアート静岡

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