農業を通じて人と接したことが自分の殻から出るきっかけに
――小澤さんと初めて出会ったのは、私が運営する農スクールに参加してくれたのがきっかけでしたね。そもそも、農業に興味を持ったのはなぜだったんですか?
小澤:祖父母が自分たちで食べる分の野菜を作っていたのを見ていたこともあって、もし仕事をするなら自分も自分の食べるものを作るのがいいのかなと漠然と思ったというのもあります。
長いこと引きこもってたことがあるんですけど、学校に行かなくなって、何したいんだってなった時に、農業だと、人と関わらなくてもいいんじゃないかってのがあって。
――長年引きこもっていたとのことですが、そこから農スクールに来るまでの経緯を差し支えない範囲で聞かせてください。
小澤:中学2年の時に学校に行かなくなり、行かないとますます行きづらくなり、どんどんそのまま時間が過ぎてしまっていつのまにか卒業の時期がきてしまって。
高校には入ったんですけど、軽いいじめのようなものを受けてしまって、学校に行かなくなり、1カ月もたたずにやめてしまいました。
その後、アルバイトを転々としていましたが、二十歳くらいの時から、だんだんと外にも行かなくなり、典型的な引きこもり状態になってしまいました。ひどい時は、ご飯の時ですら、家族とも顔を合わせなかったですね。
そのままじゃいいわけないって常々思ってましたけど、どうにもならないというか、できないというか。
そこで、自立支援の場所を親と一緒に探し、兵庫県で半年間、住み込み型で農業一体型の自立支援に参加しました。そこで農業をやってみると充実した日々が過ごせたことから、やっぱり農業がいいんじゃないかなって思えて。
実家に帰って、いざ農業での就職、という時に、また引きこもってしまい、その時に、どうしたらいいか分からなくてインターネットで調べているうちに、農スクールという活動を知りました。
農スクールとは
――そういった経緯で農スクールに来ることになったんですね。当園のプログラムに参加してみてどうでしたか?
小澤:農作業も楽しかったですが、農作業をしながら「人」と接したことが大きかったですね。一緒に受講していた方と仲良くなって話を聞いてもらったり、スタッフの方にも話を聞いてもらったりして、閉じこもっていた自分の殻から少し出てくることができた気がします。

農スクールに参加していた頃の小澤さん
農家インターンをきっかけに理想とする農業に出会う
――農スクールのプログラムの中で小澤さんの雰囲気が少しずつ変わってきている、と感じていました。さらに、熊本県の農家インターン(※)から戻ってきたときの顔つきの変化には驚いたのを記憶しています。農家インターンでの話を詳しく聞かせてもらえるとうれしいです。
※ 農スクールでは、スクールの農園での就農プログラムを提供しながら、農林水産省の「インターンシップ」制度を使って農家の実際の現場での実習を進めています。農業界に入る前に持っている農業のイメージと現実とのギャップを段階的に埋めていくための取り組みでもあります。
小澤:小島さん(筆者)の紹介で、熊本の柑橘(かんきつ)の有機農家である鶴田有機農園に農家インターンとして冬に2週間泊まり込みでいかせていただきました。
自分は、静岡県の出身なんですが、ミカンが盛んな地域なので、以前“みかん山”のボランティアをやったことがあって、その時のしんどかった経験から、正直、柑橘農家にインターンに行くのは乗り気じゃなかったんです。だけど、農スクールの同期の仲間が鶴田有機農園に行くといったので、それなら自分も一緒に行ってみようと思い参加したのですが、考え方が変わるほどすごいところでした。
すごく価値観が変わったっていうんですか、鶴田有機農園さんで働いている人たちが温かいし、食卓に出てくる有機野菜のすべてがおいしくて。実を言うと元々はあまり野菜が好きじゃなかったのに好きになってしまったくらい。
インターンに行く前は、有機じゃなくても何でも野菜作れたらいいな、野菜作りを仕事にできたらいいなって感じだったんですけど、鶴田有機農園に行ってからは、鶴田さんの奥さんが作ってくださる食卓に出てくるようなおいしい有機野菜を作りたいっていう欲が出てきて、「有機栽培の野菜農家に就職する」のが自分の目標となりました。
その後、鶴田有機農園の鶴田志郎会長のご紹介で、有機小松菜を育てている株式会社プレマに就職しました。
農業法人に社員として採用、受け入れた社長の思いは
次に、小澤さんを採用する際の面接から受け入れ態勢の構築、そして現在の働きぶりについて、株式会社プレマの社長・飯野晃子さんにもお話を聞きました。
■株式会社プレマ
群馬県赤城山麓で農場を営む農業法人。有機JAS認定およびグローバルGAP認定の圃場(ほじょう)で小松菜を栽培し、小松菜を使ったさまざまな加工品も手がけている。

プレマの有機小松菜の商品たち
――小澤さんの面接から、働き始めるまでの流れを教えてください。
飯野:面接の時は、取締役員と私との三者面談だったんですが、すごく緊張している様子が伝わってきました。働くという覚悟を自分に問うてみて決断してねと伝えたところ、彼はそれでもやる、とのことだったので、まずは最初のハードルは越えたと感じました。
就職するとなると、縁もゆかりもない群馬に来ていただくことになるので、親御さんも心配することがあると思い、ご両親と一緒にうちに来てもらって農場を見ていただくなど丁寧に説明をしました。
――仕事を始めた頃、小澤さんの印象はどうでしたか?
飯野:もちろん想定内のことなんですが、大変そうで、毎日必死そうでした。けどそれは一生懸命やってる証拠で、仕事を覚えようと必死なのが伝わってきていました。
弊社は学校ではなくて法人だから、毎日与えられた作業を時間の中でやらなければいけないので、作業効率も求められます。「管理者からの指導や命令に対して、しっかり受け止めて踏ん張れるかな」と、はじめは心配だったけど、予想以上に大丈夫で、彼なりに一生懸命、上司やスタッフと必要な会話がちゃんとできていたように感じました。
職場はコミュニケーションが大切。職場の中で、もっともっとコミュニケーションを自然体でとれるように自然に慣れていってもらえればと、私はそっと遠くから見守っていました。
――小澤さんを採用したポイントというか、プレマで働く上で大事なことは何でしょうか?
飯野:弊社の有機への思いに共感し、理解していてくれていることですね。
例えば、有機農業の除草の現場では、除草剤などを使わないから、雑草は手で抜いたりなど人海戦術で行うわけですが、初めて有機農業の現場に来た人は、初めての夏を体験した時に、汗びっしょりで暑い中、「除草剤をまけば簡単なのに、なんで手作業で除草するんだろう」とか「なんでこんな苦労しなきゃいけないの」とか思っちゃう人も少なくないと思うんです。でも小澤さんの場合は、ご本人の希望で「有機」を選んできてくれているので、「有機でやることへのこだわり」という弊社にとって大事にしていることに共感してくれている。その共感が働く上で大事なことだと考えています。
――小澤さんを受け入れるにあたって気をつけたことはありますか?
飯野:小澤さんには「分からないことがあったら何度でも聞きなさい」と伝えました。また、現場の責任者や周りの社員にも、とにかく初めのうちは、何を何回聞かれても答えるように言って小澤さんを受け入れる環境を作りました。
また、作業日報として何時から何時までどういうことをしたかを記録するだけでなく、最後に一言感想も書いてもらっているのですが、週に1回は現場の責任者と小澤さんとでその振り返りをしています。
仕事は、誰だって、最初はできなかったり、遅かったりするもの。最初は遅くても、時間がかかっても、「できるようになろう」という気持ちで仕事に向き合っていれば、だんだんとできるようになります。精一杯やってみる、がむしゃらにやっていけば、小澤さんみたいに一つ一つ技術や仕事を習得していき、次のレベルの仕事の習得へ、というような、一歩違うステージに向かって行けると思います。

飯野さんと小澤さん
農業の現場で働くことで、成長を感じる
――最後に小澤さん自身に聞きたいと思います。実際に働いてみてどうだったでしょうか?
小澤:大変なんですけど、普通に働くだけで、自分に働いたり挑戦させてもらえる機会を与えてもらっていると感じられることが、すごくうれしいです。
学校だと、こんな風に自分が努力すれば、これだけできるようになる、成長する、みたいなのを多分学ぶんだと思うんですけど、学校に行かなかった分、その機会がなかったんですよね。だから今、そういう機会を与えられているって思うと、すごく頑張れるっていうか。
ここで働くようになってから、自分はどこまで成長できるだろうって考えられるようになりました。
大変なこともありますが、これから自分がどういう風に成長していけるのか、楽しみです。

小松菜を背景に笑顔の小澤さん