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ポーランドの酪農家を訪問し実感! 乳牛監視システム導入のメリット

ポーランドの酪農家を訪問し実感! 乳牛監視システム導入のメリット

EU加盟国の中ではフランス、スペインに次ぐ農地規模を誇る農業大国である一方、最先端IT産業が急成長するポーランド。この国で誕生した「酪農業」と「IoT」を結び付ける注目のアグリテック・スタートアップ「e-stado(イー・スタド)」社について、前回の記事でご紹介しましたが、このほど同社のシステムを導入する酪農家を訪問、牛舎を見学し、お話を伺ってきました。(文・写真 マイナビ・ワルシャワ事務所長 島森 浩一郎)

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若き酪農家が活躍するポーランド北東部の農場

列車の車窓から見た、シェピエトヴォ周辺の酪農地帯の風景

欧州では10月下旬に夏時間から冬時間に切り替わり、北緯52度台のワルシャワでは、11月は午後3時台には暗くなり日が沈みます。日中の時間が急減し気温も下がるこの時期、酪農家は雪が降る前にサイロに牧草を詰めたり、飼料を作ったりと多忙です。そのような中、筆者は「e-stado」社の共同創業者であるクピスさんに依頼し、実際に同社のシステムを導入して効果を上げている酪農家を訪問する機会を得ました。

牧草や穀物を精製し餌を作るための巨大機械

ワルシャワから北東のベラルーシ方面へと向かう列車に乗って1時間45分、シェピエトヴォの駅は、ポーランド屈指の酪農地帯の真ん中にありました。バルト海沿岸の都市グディニャから高速道路を使いつつ片道4時間以上かけて来てくれたクピスさんと再会し、駅から車に乗り10分ほどで到着したヤンコフスキ農場では、28歳のダヴィッドさんが出迎えてくれました。彼は「e-stado」開発直後の2年前からシステムを導入した、いわば「パイロット・ファーマー」です。5代続く酪農家に生まれ、技術学校で学んだ後、家業を継ぎました。現在は祖母、両親、兄の3世代で暮らしています。

住まいや牛舎が並ぶエリアに隣接して65ヘクタールの飼料用の畑があり、うち30ヘクタールでトウモロコシ、20ヘクタールで牧草、15ヘクタールでその他の作物を栽培しています。サイロと同じくらいの大きさの飼料ミキサーが、大きな音を出して稼動しています。


私たちが牛舎に案内されると、両側に乳牛が並び、柵の間から顔をのぞかせ餌を食べていました。ダヴィッドさんの農場では計110頭の牛を飼育しており、そのうち毎日搾乳できる乳牛は60頭前後です。牛舎に入って左手前から奥へ、そして右奥から手前へと時計回りに、生まれたばかりの子牛から年齢順に牛たちを分けています。

国外から仕入れたアンモニア成分。牛のたんぱく値を高める効果がある。独特の強いにおいがあるため、餌を狙うネズミが近寄りにくくなったとのこと

与える飼料は牛に合わせて微妙に変えており、牧草とトウモロコシなどからなるサイレージにさまざまなものを工夫して混ぜています。牛の胃の中のpH値を高めるために重炭酸ナトリウム(重曹)も利用しています。またダヴィッドさんは最近、国外の実例を参考に、アンモニア成分を活用しています。ポーランドの酪農家では導入例がまだ少なく生産も販売もしていないので、イギリスやフランスから通販で仕入れる必要がありますが、飼料に混ぜることで、タンパク質の値がこれまで試したものの中で最も高まり、乳牛の健康維持に大きく貢献できているそうです。

通販でイギリスから取り寄せた、餌に混ぜる栄養補助成分

通販でイギリスから取り寄せた、餌に混ぜる栄養補助成分

「e-stado」導入で農場にもたらされたメリット


本題である「e-stado」導入による変化をダヴィッドさんに伺ってみると、「導入後は明らかに自分の負担が減り、時間を計画的に使えるようになったし、牛の健康状態も良くなり、非常に満足しているよ」と、笑顔で答えてくれました。

牛の耳に付ける「e-stado」のセンサーと装着器具。また実際に装着する様子

まず基本機能である牛の行動管理です。耳に付けるセンサーで、採食や反すう消化行動、移動状況などが一頭一頭、正確に記録され、スマホ上では4つのパラメーターでグラフとして表示されます。例えば「37 番」の乳牛が行動していない時間が通常よりも長ければ、病気ではないかと疑い、予防的な対策を早めに取れるようになったとのことです。

これらの画面では「37番」の牛の毎日の行動記録が、スマホ画面上で詳細に表示されている

次のポイントは生殖管理です。これまでダヴィッドさんは計画的な授精のために、牛にホルモン剤を注入していたそうですが、自然熱(発情)のみを使用する「e-stado」のシステムを導入してからは、牛の精液のみを使用しています。分娩に関しては、「e-stado」はさらに別の機能を備えています。

分娩の1~2週間前に牛の尻尾にテープで取り付けるだけの、分娩予測センサー

分娩の1~2週間前に牛の尻尾にテープで取り付けるだけの、分娩予測センサー

分娩予定の1~2週間前に牛の尻尾にセンサーをテープで取り付けるだけで、分娩の3時間前にスマホへ正確に通知が届くので、牧場での仕事を計画的に立てられるようになったとのこと。このためホルモン剤を一切使わなくなり、牛にとってもより自然な出産が実現でき、乳質の安全性がさらに向上しています。

これらの画面では「47番」の牛の発情期など授精のためのデータが表示されている

3つ目のポイントが、温度と湿度管理です。酪農家は24時間どこにいても、スマホの画面で、牛舎の温湿度の数値と推移を詳細に把握できます。ダヴィッドさんは夏の暑い時期には、こまめにミストシャワーを散布して牛舎内の環境を一定に保ち、牛の熱ストレスを軽減できるようになったそうです。

ミストシャワーの様子

牛乳生産量がポーランド平均の1.4倍に

ミルクタンク。2日に1回、業者が取りに来る

酪農家にとって牧場経営を評価する上での一番の指標は、牛乳の生産量です。ポーランドの酪農業では1頭当たりの年間生産量が平均7500リットルです。ダヴィッドさんの農場では9000リットルと平均以上を誇っていたのですが、「e-stado」導入後は何と1万500リットルと、ポーランド平均の1.4倍にまで高まったそうです。牛一頭一頭の行動を細かく把握し、分析されたデータでチェックできるようになったことで、勘だけに頼らない科学的な手法で乳牛の状態を把握し、健康維持に予防的な対処ができている成果と言えるでしょう。牛も自然のままで過ごせるためにストレスが軽減され、おいしいミルクをたくさん出すことができるようになるのです。

「e-stado」共同創業者のクピスさん(左)と、ダヴィッドさん(右)

また当然ながら、「e-stado」のような先進IoTの導入により、酪農家は自らの時間管理や業務配分をより計画性をもって行えるようになり、無駄な動きを減らし、その分、自由な時間を生むことが可能になっています。これで冬には太陽を求めて南欧に旅行にも出かけられるようになったのでは、とダヴィッドさんに問うと、
「確かに以前よりも旅行に出かけやすくなったよ。でも自分は旅行先に数日もいるとすぐ暇になってしまい家に帰りたくなるから、ここで牛のために仕事をする毎日のほうが落ち着くんだ」と、若干照れながら答えてくれました。

先取性に富んだ次世代酪農家の出現と、それを支援する技術の進化


クピスさんによると、ダヴィッドさんはポーランドでは非常に革新的な酪農家と言えるそうです。どちらかというと伝統を守り、親の世代と同じ手法を続ける傾向が強いポーランドの農家において、日常業務の中枢にIoTを導入したり、外国の事例に学んで飼料用アンモニア成分を取り寄せたりと、新たなものを次々に導入しては試し、農場経営の安定と効率性、さらなる発展を追求しています。これは決して若さだけが要因ではなく、効果が実証されているものの導入は、最初は慣れるまで時間がかかるなど手間があっても、必ずメリットがデメリットを上回るとの、技術学校で学んだ冷静で科学的な視点があるからかもしれません。

2人のハードウェアエンジニア出身の創業者が、酪農専門の大学教授の監修のもと、数年の実地試験を繰り返して開発した「e-stado」。そこにはダヴィッドさんらパイロット・ファーマーからの意見が積極的に改良に反映され、今やその使いやすさとシンプルさ、安全性は、欧州はもとより旧ソ連や中東諸国、カナダの酪農家からも高い評価を得ています。今回の訪問で筆者は、ポーランドの先進的なIoTには、開発者の技術力への自己満足ではなく、使う人を第一に考え、加えて動物の健康や環境へも配慮する姿勢があることを実感できました。

「e-stado」公式サイト(英語)

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