新規就農者を増やす自治体の接し方
本題に入る前に、移住と就農する前後のことについてもう少し触れたい。平林さんが経営を受け継ぐ先となったのが鷹栖町の由良春一(ゆら・はるいち)さん。平林さんいわく「師匠」だ。2016年から2年にわたって栽培を教えてもらい、その水田と農機などを引き継いだ。いまでも営農に関して困ったことがあったら、何でも相談する頼れる存在である。
平林さんが移住先として鷹栖町に決めたのはこの師匠の存在に加えて、町の対応が丁寧で手厚かったことも大きい。ほかの自治体にも相談したが、そっけなかった。「新規就農者を増やすには、町の一員になると思って接してくれないと、難しいのでは」と指摘する。
町独自の「新規就農者確保対策事業」では、就農を希望する人材を研修生として受け入れる農家に年間80万円(2020年度時点)を支給。さらに研修生には町内で就農したら3年にわたって年間20万円を支援している。これらが平林さんの移住と就農を後押しした。
人が宣伝してくれる
本題に入ろう。前編で触れた通り、就農を決めたときから、すべて直販するつもりでいた。では、どうやって売り先をつくってきたのだろうか。これに関して平林さんは「紹介ビジネスですね」と言い切る。
「人を介して顧客が増えていってます。人が宣伝してくれるんです。こういうビジネスモデルは当初からイメージしていました。ありがたいことに私は人に恵まれている。人を大事にすれば、自然とコメが広がっていくのではないかと。口コミは最大の信用ですから」
ここで気になるのは滞りなく代金回収できているか。「それはよく聞かれます。回収できないことはほとんどないですね。人のつながりで買ってくれているので、きちんと支払ってくれます」
いきなり直販の世界に入り込めたのは、500人に及ぶ顧客がすでにいたからだ。その人たちは平林さん夫婦がこれまで生活や仕事で縁を得た人たち。自分が稲作を始めたらコメを買ってくれるか、その一人一人に尋ねていったところ、「買う」と答えてくれた人が500人いたのだ。これだけ多数の人から応援してもらえることになったのは平林さん夫婦の人徳だろう。
ただ、より確かな手ごたえをつかむため、「新規就農者確保対策事業」で由良さんのもとで研修を受けていた2年間、将来の顧客を対象に収穫時期の秋だけ試験的に販売した。数量も限定して1年目には110俵、2年目には200俵とした。それぞれ収穫量全体の11%、20%である。限られた期間の受注の勢いから、通年で売れるか最終的な判断を下そうとしたわけである。結果は良好で、「産直農家としてやっていく確証を得ましたね」(平林さん)。ちなみに当時の経営者は由良さんだったので、平林さんはその販売代金は得ていない。
初年度には斑点米の試練
ただ、独立後につくったものがすんなり受け入れられたわけではない。試練はいきなり初年度にやってきた。悪天候の影響で斑点米が多発したのだ。
悪いことはかさなる。色彩選別機で選別したものの、顧客からは苦情が相次いだ。色彩選別機が不具合によって着色粒ではなくその付近の粒を弾き飛ばしてしまっていたのだ。当時を振り返って純子さんは「業者には『いいふるい下米(※)だな』って評価されましたね」と苦笑する。
※ ふるい下米(げまい):ふるいにより選別から落ちた米のこと。加工食品などに使用されることが多い。
このほかにも生じた一つ一つの問題に丁寧に対応していったところ、いつしか顧客は1000人以上になっていた。収入は独立2年目の2019年度で2600万円を超えた。
おにぎり屋や集荷事業で鷹栖町とともに発展する
平林さんは自分を受け入れてくれた鷹栖町の人たちとともに、町が発展するような仕掛けをしたいと思っている。そのために始めたのが札幌市の大通公園でのおにぎり屋。自分がつくったもので誰かに喜んでもらえることを実感できる商売をしたいと願ってきた平林さんにとって、おにぎり屋も望んでいた事業の一つだ。これまで200人以上におにぎりを握って食べてもらって、その願いを伝えてきた。
その甲斐あって、とある縁で知り合った飲食店経営者と札幌市中央区の大通駅近くで店を開くに至った。店名は「鷹栖町米農家のおにぎり みんなのフレッシュ」(2020年11月16日現在、コロナ禍で休業中)。たかすタロファームは原料のコメを供給している。町内の農家がつくった野菜を使った総菜も提供しており、まさに鷹栖町を売り込む店である。都内やほかの地域での出店についても声がかかっているそうだ。
来年計画しているのは設備を整えて、町内のコメを対象に集荷事業を始めること。「まずは鷹栖町産ゆめぴりかをブランド化したい。魚沼産コシヒカリ並みを目指したいですね」と平林さんは熱く語る。
関わる人たちと幸せになりたい
平林家の場所は旭川空港から車で北に向かうこと1時間ほど。「辺鄙(へんぴ)な場所」(平林さん)ながら、全国から知人やその紹介を得た人が訪ねてくる。その人数は年間500人ほど。
平林さんに口説かれて、そのうちの少なからぬ人がすでに鷹栖町に移住したりそれを計画していたりする。このほか町内外の人たちも巻き込んで、卵や肉、ワインなどを特産化する構想を動かそうとしている。もう少し具体的になった段階でいずれ書きたい。最後にその構想にかける思いだけ伝えて、平林さん一家の物語をひとまず締めくくりたい。いささか格好良すぎる気もするが、彼は本気だ。
「もちろん僕には多くの人を幸せにする力はありません。ただ、少なくとも自分と関わりをもってくれた人には幸せになってもらえるようにしたい」