「会社勤めも安泰ではない」―。その気づきが決断のきっかけに
―会社勤めから農業の道に進まれた経緯などを教えてください
職場の先輩が家業であるモモ農家に転身したことがきっかけです。収穫作業などを何度か手伝ったのですが、その時の先輩の姿がとても生きいきとしていたんです。先輩と話しているうちに私もどんどん農業に興味が湧いてきて、次第に「自分にもできないだろうか…」と考えるようになりました。
―会社を辞めてゼロからのスタートに不安はありませんでしたか?
家族や親戚に農家は一人もいませんし、私自身も会社勤めで32歳まで農業とは無縁の人生を送ってきました。その上、妻も子どももいましたから、決断は容易ではありませんでした。
ただ、私にとってはサラリーマン生活を続けることも同じくらい勇気のいることだったんです。というのも、1社目の施設管理の仕事にはやりがいを感じていましたが、収入面に不安があり、収入アップを見込んで転職した2社目の製鉄関連の仕事は、昼夜逆転の夜勤生活でした。
家族と過ごす時間も取れず、心身ともに疲れ切っていましたから、「農業に挑戦してみたい」と考え始めたころは、不安よりも期待感の方が強かったかもしれません。
就農までの手厚いサポートが、農業未経験者の不安を解消
―そこから就農するまでの経緯を教えてください
とにかく右も左も分からない状態だったので、まずはインターネットで情報収集し、そこで国や自治体が新規就農者に対して支援していることを知り、まずは岡山県が主催する「就農相談会」に行きました。その後、「現地見学会」や「農業体験研修(1カ月)」などに参加しながら農業という仕事への理解を深め、将来のイメージを少しずつ膨らませていきました。
―「自分にもできそうだ」と思えたのは、どんなタイミングですか?
産地や県からのサポートが手厚く、最長2年間の「農業実務研修」や、就農後も続く「講習会」など、未経験からでもしっかりと栽培技術を身に着けられる環境が岡山県には整えられていることを知り、とても心強く感じました。
また、お金の面では国の農業次世代人材投資資金(支給要件あり)を活用できれば、研修中の2年間と就農後の5年間は年額150万円の支援が受けられるのも大きな安心材料になりましたね。新規就農者にとって一番不安なのはやはりお金のことですから。
―数ある作物から「モモ」を選んだのはどうしてですか?
「就農するなら地元の総社市で、地域の特産品を…」と考えていたので、必然的に選択肢はモモとブドウに絞られました。最終的にモモに決めたのは、ブドウと比べて初期投資が抑えられそうだったからです。
「桃栗三年、柿八年」と昔から言われるように、モモは植え付けから収穫まで3年ほど要しますが、成木になって安定した収穫量が確保できるようになれば比較的高収入が見込めることも決め手の一つでした。
―「農業実務研修」ではどんなことを学びましたか?
就農予定地域の吉備路もも出荷組合の先進農家のもとで、「土づくり」、「剪定」、「摘蕾・摘果」、「防除」、「袋かけ」、「収穫」などモモづくりの作業を一通り経験できたのはとても勉強になりましたね。
2年間を長いと思うか短いと思うかは人それぞれだと思いますが、個人的には「現場での作業を2年間やって、やっとスタートラインに立ったかな…」という感覚です。モモづくりは本当に奥が深く、これから5年、10年と経験を重ねながら少しずつ一人前に近づいていくという感じではないでしょうか。
「岡山・総社産」のブランド力と高い品質管理技術は、新米農家の心強い味方に
―2020年春に自営就農を果たされましたが、手応えは?
手応えと言えるほどのものは、まだ何もありませんが、研修先が大規模な農園で作業量も多かったので、それに比べたら私が管理している20a分の作業量は何てことはないと感じますね。ただ、袋かけなどの人手がかかる作業もあるので、今年は父や妹にも手伝ってもらいました。
国からの助成金はありますが、新植だと3年程度はほとんど出荷可能なモモは収穫できないので、新植した農地とは別に成木園を借り受け、5品種ほどを栽培しています。吉備路もも出荷組合を介して引退する方の成木園を借りられたのは、本当にありがたかったですね。とは言え、現在の収入では心もとないので、農閑期はライスセンターでアルバイトもしています。
―モモづくりだけで生活できるようになるのは3年後ということですね
助走期間が長いので、就農を考える方の中には躊躇する方もおられるかもしれませんが、農業関連のアルバイトなど、経営が軌道に乗るまでの仕事の受け皿も充実しているので、大きな不安はありません。高単価作物のモモづくりは、軌道に乗ってからの安定性が高いので、さまざまな支援を活用しながら今のうちに新しい農地の整備をしっかりしておこうと考えています。
―総社市は岡山県内でも有数のモモの産地でブランド力も高いですよね
総社市のモモが市場から高く評価されるのは、優れた栽培技術に加え、極めて高い品質管理基準が設定されていることも大きな要因だと思います。
私が所属する吉備路もも出荷組合の選果基準は厳しく、ほんのわずかなサイズ不足や小さな傷があるだけで1ランク、2ランク下に振り分けられてしまいます。作り手にとっては厳しい判断になりますが、それによってブランドが確立され、より高単価で取引されれば経営的にはプラスになるんです。
もちろん、より品質の高いモモをより多く栽培・出荷するための技術研究も行われており、先進農家の技術やノウハウを共有して地域全体で品質向上を目指す取り組みも盛んなので、私たちのような新米農家にとってもメリットがあります。
―冬に収穫するモモもあるそうですね
そうなんです。私も研修を受けて初めて知ったのですが、夏のモモよりも小ぶりながらも糖度が高くて食感もよく、とてもおいしいんですよ。夏のモモと同時期に開花するのですが、収穫までにかかる期間が2カ月以上と長く、栽培も難しいのですが、夏のモモより高値で取引されるので、モモ農家にとっては貴重な収入源なのです。
吉備路もも出荷組合では『冬桃がたり』というブランド名で出荷し、贈答品や高級フルーツパーラーなどで人気を博し、全国的な認知度も徐々に高まっています。
実はモモは品種が多く、成熟期の異なる品種を栽培し、リスクや作業のタイミングを分散できるのもポイントなんです。自然相手の農業は、その恩恵と同時に天候や病害虫などの厳しさをダイレクトに受けることもあるんです。
ある品種が不作でも、別の品種はとても品質がよく高値になるということも少なくありません。そのバランスをコントロールし、いかに安定して高品質なモモを作り続けるかが、正に農家の腕の見せどころなんです。
―最後に、これから就農を目指す方たちにアドバイスをお願いします
モモ農家は、農繁期と農閑期が比較的はっきりしています。日の出とともに働くこともありますが、日暮れ前には家に帰ることができますし、農閑期にはしっかり休んでリフレッシュできるなど、ワークライフバランスがとれるのも魅力だと思います。
もちろん天候などの影響を受けやすく、収入を安定させるまで少し時間がかかるといった大変さもありますが、「晴れの国」と言われる岡山県は、比較的気候が安定し災害が少ないのに加え、県や市町村、生産者組合、JAなどからのサポートもとても手厚いので、新規就農の場所としてはこの上ない環境だと思いますね。
ただ、事前に準備する自己資金は多いに越したことはありません。農業という仕事に少しでも興味を持たれたら、まずは県内外で行われている「就農相談会」に参加してみてはいかがでしょうか。
<取材協力>
吉備路もも出荷組合
〒719-115 岡山県総社市門田70-1
JA晴れの国岡山 吉備路アグリセンター
TEL:0866-93-3770
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<イベント情報>
専門の相談員が個別の就農相談に対応
開催日:2021年1月13日(水)・3月10日(水)
開催時間:18時~20時
会場:岡山県大阪事務所(〒541-0042 大阪市中央区今橋3丁目2−20 洪庵日生ビル 2階)
開催日:2021年2月6日(土)
会場:岡山県立青少年農林文化センター 三徳園(〒709-0614 岡山県岡山市東区竹原505)
毎月第4水曜日の午後は、「オンライン相談会」を開催しています。岡山県内で農業を始めようと検討されている方は、是非、ご利用ください。
◆お問い合わせ
岡山県農林水産部 農産課 担い手育成班
〒700-8570 岡山県岡山市北区内山下2-4-6
TEL:086-226-7420