「年間5000時間」 がむしゃらに働いた
岡山県北中部・真庭市で育った梶岡さん。野球部の主将を務めた高校時代に、23歳で起業した従兄(いとこ)が「楽しそうに働いて、地域社会から感謝されている姿」に憧れを抱いた。経営に必要な社会のルールを学ぶべく岡山大学法学部に進学。地域に役立つ仕事とは何かを自問自答しているうちに、「食べることが好き」なこともあり農業に行き着いたという。
2013年、学生の立場で農業法人を立ち上げる。全国で初めてのことだ。どうせなら前人未踏の領域に挑戦し、ロールモデルになりたいと考えたという。「学生でも農業で起業できると知らせれば、全国に若い新規就農者が増えるかもしれないと思った」。当初は、身一つで農作業の委託受注をこなしていった。
2年後、瀬戸内市の旧知の農家を第三者継承で買収した。3ヘクタールの農地に加え、建物や軽トラックは約400万円で、作付け済みの農作物は種や肥料・人件費などの原価を含めて350万円で買い取った。
農機代なども入れて総額1500万円の借金を背負ったが、3年間で1000万円を売り上げから返済。黒字転換し、現在の年間売り上げは2500万円を超えるなど順風満帆だ。年間50種類以上を作る露地野菜は、7割をスーパーに買い取り形式で出荷する。
買収後3年は、年間5000時間働いた。体力に自信がある梶岡さんだが、借金を抱えながらの長時間労働は、「心身共にしんどかった」と振り返る。ただし、完全に独立するまでは前オーナーが経営に参加したため、スキルの引き継ぎは十分に受けることができた。
「起農で成功率を上げるために、黒字経営の農家から事業を継承するのは非常に良い手段」という。ただし、農業以外で事業継承を経験した人から話を聞いたり、書面で契約を交わしておくことを強く勧める。「仲が良い同士こそ書面を引くべき。せっかくの関係性を揉めごとで壊すのはもったいない」。読者に向けてそうアドバイスしてくれた。
若手就農者を増やすために必要な3つのこと
従業員は10人に増え、起業の動機でもある地域社会との関わりも増やせるようになってきた。苦労の末に成果をつかんだ梶岡さんに「ここが変われば、もっと若い人が就農しやすくなると思うことは?」と尋ねてみた。
梶岡さんが教えてくれたのは、下記の3つだ。
1.農業との接点
梶岡さん
「いくら稼ぐには、どこの地域で何を作ればいいか」や、「農繁期はいつで、自由に使える時間はこのくらい」といった暦などのモデルをもっと‟見える化”してあげられるといいのでは。今後、「たくさん稼いで消費する」のとは違う軸で生きたい人も増えるはず。そういう人たちの希望の暮らしが農業で実現できる場合もあるかもしれない。農業が生き方の幅を広げることを知ってもらうのが大切だと思います。
確かに意外と農業との接点は少ない。梶岡さん自身は、地元の3~10歳を対象にした農業体験イベントの開催に注力している。また、就農希望者には多品目野菜農家での研修を薦めている。自分の性格や機械化の可否によって、独立後に育てる作物を選びやすいからだ。
2.ワンストップで相談を受けてくれる窓口
土地や師匠の紹介や経営アドバイスができ、助成金の使い方など資金調達法を教えてくれて、メンタリングまで一貫してできる人がベストですが、農業の経営と技術の両面を熟知している人が一人いて、そこから各専門窓口につないでもらえる仕組みでもいい。
自治体の担当者の「当たり外れ」によって時間ロスが起こり得る。たとえば肥料についてアドバイスが欲しくても、圃場の状態に合った対策を教えられる人がいなかったり。経営を見直したくて助言を求めても、融資の営業だけされたり。困ったときに連絡してそういう感じだと、農業者は育たないですよね。自治体によって、制度やレベルの差は大きいと思います。
梶岡さん
非農家として新規就農し、苦労を重ねたからこその本音だろう。相談窓口に電話してもホームページに載っていた番号が間違っていて、つながらなかったこともあったと今は明るく笑っていた。
3.収入
梶岡さん
IT業界が発展しているのは、多くの優秀な人材や若者を引き付けるインセンティブの存在も大きいと思います。そうやって集まった人材に多様性があるから、より発展していく。一方で日本の農業は人材の多様性が乏しい。利益構造が違うこともあり、他業界から優秀な人材を引っ張ってくるために十分なお金を生み出しにくいです。
最近始まった「収入保険制度」には注目しています。青色申告を5年分出せば、取引先の倒産などで売り上げが減っても基準収入の9割まで補償されたり、成長企業の補償額は増えていったりする画期的な仕組み。うまく使えば挑戦しやすくなるし、農家の多様性を生むと思います。
希望の収入額は人それぞれだが、資金があるに越したことはない。「就農1年目から、もしくは研修を始めた年から青色申告の実績を作っておくといいと思います」とアドバイスをくれた。
社会貢献のその先に
昨年5月、多品目野菜からお菓子を製造する加工所を新設しようと、クラウドファンディングで資金を集めた。開始1週間以内で目標金額に無事到達し、2021年春のオープンに向けて着々と準備中だ。専任のパティシエも正社員として迎え、旬の野菜を使ったカラフルなマカロンなどを販売する予定だという。加工場には老若男女が集える「交流スペース」を併設する予定だ。
一風変わった機能を付ける理由をこう話す。「いろいろな人が当たり前にいる環境を作りたいからです。多様性は子どもの教育にも重要なことだと思う。年齢や国籍、障害の有無、考え方などが自分とは違う人と会ったことがないと、どう対応すればいいか分からずに固まってしまう。小さい頃から接し慣れていれば、国際理解も進み、差別も消えるのでは」
梶岡さんが強く意識していることの一つに、「地域の子どもの教育」がある。
会社を立ち上げた当初、保育園で野菜を訪問直売した。購入した保護者からアンケートを取ると「子どもの野菜嫌いがなくなった」「ここの野菜なら食べてくれる」など、8割が好意的な意見だった。その手応えが忘れられない。
「子どもの成長や健康はお金には換えられない価値。農業を通して得られる仕組みを作れたとしたら、何千億の利益を出すことに匹敵すると思っています」
多様性をキーワードに、福祉との連携も開始する。新たな法人を立ち上げ、春には障害者の就労を支援する作業所(B型)を開く。梱包や除草、製菓に使う野菜の下処理などを利用者に任せていく。
「農業には様々な性質の作業があるので、その人に合ったものを選んで任せていける。得意な作業を見つけてあげれば、健常者よりも集中力を保ちながら量をこなすようになる人もいます。その時点で、仕事においてその人は『障害者』ではなくなると思う」(梶岡さん)
創業当時から掲げる理念は「食から未来を創造する」だ。「農業に教育と福祉を掛け合わせて、今より一歩、社会を素敵な方向に進めたい。その先に利益があれば理想的。農業をやりたい若者の支援もしたい。次の世代には、やり方次第で『飛び込んでみたら意外と農業も悪くない』って思うんじゃないかな、と言いたいですね」。決してぶれない羅針盤を手に、旗振り役は歩みを止めない。