稲作も体験できる和風アクションRPG「天穂のサクナヒメ」の登場
えーでるわいすが企画・開発し、マーベラスから去年発売された農業系アクションRPG「天穂のサクナヒメ」。農具を武器にし米を育てながら強くなるという、戦いながら農業を学べるゲームです。これまでに各社から農業系ゲームは発売されてきたものの、稲作だけに特化したタイトルは他に類を見ないと言えます。そういった意味で「天穂のサクナヒメ」のようなアクションゲームはとても斬新であり、農業への新しいアプローチとして期待が高まっています。
ゲーム現場から見たゲーム×農業の可能性
ゲームをきっかけにして、農業に興味を持つ可能性はあるのでしょうか。プロのゲーム選手を育成するOCA大阪デザイン&IT専門学校 e-sports科の先生、濱田隆輝(はまだ・りゅうき)さんに聞きました。
――率直に「天穂のサクナヒメ」の印象はどうでしたか?
伸縮自在の羽衣を使って飛び跳ねたり、鍬(くわ)で戦ったりといったアクションがあるので、面白そうだなと感じました。農業の専門用語が羅列されているわけではなく、ダンジョン(冒険する場所)が存在していてゲーム性がしっかりしている。さらにキャラクターが可愛いので愛着も湧いてくる。こういうアプローチだと、「天穂のサクナヒメ」ファンにゲームを通じて「農業って面白いな」って感じてもらえる可能性があると思いますね。
――ゲームには他業界への学びの効果はあるのでしょうか。
ゲームってただ単純に楽しむだけではなくて、これまで知らなかった業界に触れられたり、知識を得られたりするきっかけになることがあるんです。例えばボードゲーム形式の「桃太郎電鉄」で都道府県の名前や名産品を学ぶように。農業の仕事を知る機会って少ないですし、興味や関心のある人しか情報収集しないと思うんです。でもそれがゲームとなると、途端にハードルが下がります。ゲームを楽しみながらごく自然に「こうやってお米って作られるんだ」って学ぶことができる。ゲームにはそういった学びの側面があると思います。
――スポーツ選手が引退後に農業を始めるケースがありますが、プロゲーム選手の世界でも今後、そういった人は出てくる可能性はあると思いますか?
ゲーマーは勝負の世界にいるから基本的に負けず嫌いです。ひとつのゲームをずっと練習し続ける集中力がずば抜けているので、やり抜く力、目標達成にかける情熱はすさまじいと思います。その対象がゲームなのか農業なのかというだけで、ピタッとはまったらありえると思いますね。プロのゲーム選手は反射神経の衰えや眼精疲労など、年齢に抗えない部分が大きいため選手生命が短く、一生それだけでご飯を食べていくのは難しいのが現実です。セカンドキャリアとして、農業との相性は良いかもしれません。
――ゲーマーの先に農業があるとしたら、どんな条件が必要だと思いますか。
インターネット環境さえ整っていればプロゲーマーを目指せるのに比べて、農業は気軽に入れる世界ではないと感じます。実際は違っていたとしても、そのハードルの高さを感じさせないインフラ面の整備が必要なのだと思います。
「農家兼eスポーツ選手」という新しい働き方
ゲームをきっかけに農業に興味を持ち、就農するという道のりにはまだまだハードルがあるものの、可能性は十分にあることが分かりました。取材を進めている中で、農家兼プロのeスポーツ選手という二足のわらじで活躍している櫻井源喜(さくらい・げんき)さんと出会うことができました。新潟県長岡市で代々続く米農家の9代目であり、プロのeスポーツチーム「4Sleepers(フォースリーパーズ)」の選手として活動を続けています。
――櫻井さんがプロのeスポーツ選手になったきっかけは何だったのでしょう。
スマートフォンのアクションRPG「モンスターストライク(以下、モンスト)」です。アプリゲームの人気ランキングで知って、面白そうだなと思って始めました。その後、今所属しているチームのリーダーとインターネット上で知り合い「一緒にプロを目指さないか?」と声をかけられ、2018年に開催されたモンストの地方予選大会に出場したんです。そこで優勝して正式にプロのゲーム選手としてのライセンスをもらいました。
――農業とプロ選手との両立は大変じゃないですか?
大会期間中は全国各地に遠征に行くのでどうしても家を空けなければいけないのですが、モンストのプロツアーは稲刈り後の農閑期に開催されるので両立できています。とはいえ、予選と田植えの時期が重なるので、そういった時は両親に協力してもらっています。大会期間中は単独で2〜3時間、チームで3時間ほど毎日練習します。ゲームって体は動かさないのに、戦略を考えたり、短時間で何試合も練習したりするので意外と体力が必要なんです。その点、普段の農作業で体は自然に鍛えられているので良いバランスがとれていると思います。
――プロのeスポーツ選手になった時、100%ゲームにかじを切ろうとは思わなかったのでしょうか。
農業をやめるという考えは無かったですね。今後、eスポーツ市場が日本でももっと拡大して、4Sleepersの活動が増えたとしてもその選択はしないと思います。まだ就農して1年目の頃、初めて自分で作ったお米を知り合いに食べてもらった時に「ものすごくおいしい!」って喜んでもらったことがあって、うれしかった記憶がいまだに心に残っているんです。僕は日本の食を守る農業の仕事に誇りを持っています。とはいえ、1日24時間と決められた時間の中でずっと農業だけでも息が詰まります。この時間は農業、この時間はeスポーツ、と切り替えられるからどちらも頑張れるのだと思います。
――農業とゲームの共通点ってあると思いますか。
決めた目標を達成していく、というところですね。田植えは収穫というゴールがあって、ゲームはクリアというゴールがある。その時々で戦略を練りながら進んでいき、ゴールに向かっていく。努力してきたことの結果が、米作りだと収量や品質に表れるし、ゲームだと勝敗ではっきりする。その過程でいろいろな物語があって、喜びも悔しさも全てひっくるめて楽しいって思えるんです。そうやって考えていくと、農業とゲームって似ていますね。
――ゲームや農業を目指す人たちへ、メッセージをお願いします。
僕は生涯農業をしていきたいですし、ゲームでも選手としてずっと活動を続けていきたいです。選手以外でもチーム単独でイベントを開催したり、若いメンバーが入ってきてくれたらそのバックアップもしたりしていきたいと思います。どちらを目指すにしても、ひとつのことに集中できる人は、きっと他のことでも同じくらい集中力を発揮できるはずです。そのもうひとつの選択肢が農業だとしたら、とってもうれしいです。
ゲームによる移住・就農の可能性はあるのか
農家の担い手不足が叫ばれる中、ゲームという切り口での農業の発信がされているこの動きを、地方自治体はどう見ているのでしょうか。最後に、新潟県長岡市農水産政策課の波形隆一(なみがた・りゅういち)さんに話を聞きました。
――ゲーム×農業という新たなアプローチについてどう思いますか?
ゲームという切り口で農業を伝えることは、面白いと思います。長岡市でも農業者が減少していて、ここ5年間でも毎年平均でおよそ340人ずつ減っています。一方で、新規就農者は1年間の平均でおよそ20人ほど。この差を埋めるために、農地の集積集約による大規模化で対応し農地を維持していますが、大規模化にも限界があります。さらに、条件の悪い農地は担い手がいないため耕作放棄地となり、鳥獣被害の増加や生活環境の悪化につながっています。これらの点からも新規の就農者の確保は農業の大きな課題です。とはいえ、どこの地域も担い手確保のために努力しているのは同じ。だからこそ、これまでとは違った可能性にアプローチしていく必要があると感じています。
――櫻井さんのような新しい働き方にどんな可能性を感じますか。
「半農半X」といわれるような半分農業、半分eスポーツ選手という働き方は、実は長岡市のような雪国にはとても向いているなと感じています。雪が積もる冬の季節に、別の仕事で活躍する。雪国ならではの新しい働き方として、これまでカバーできなかった潜在的な層に発信していけたら面白いですね。そうした世の中の新しい流れの中で、新規就農者の確保や市場開拓など、自治体としても挑戦していくことが大切と感じています。
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ゲームは農業の魅力を伝えるツールになり得ることや、スポーツ選手の引退後の選択肢など、さまざまな可能性があることが分かりました。ユーチューバーやインスタグラマーに代表されるような新しい働き方や生き方の中に「農家兼eスポーツ選手」という職業が加わる日も、そう遠くないのかもしれません。
【取材協力】
OCA大阪デザイン&IT専門学校 ※2021年4月よりOCA大阪デザイン&ITテクノロジー専門学校に名称変更予定
な!ナガオカ(新潟県長岡市運営のウェブサイト)
天穂のサクナヒメ