牛の三大疾病の一つ、周産期病とは
牛には三大疾病と呼ばれるものがあります。「乳房炎」、「蹄病(ていびょう)」、「周産期病」です。蹄病は前回の記事 にある通り、蹄(ひづめ)の疾病。乳房炎は、読んで字のごとく、乳房で起こる炎症です。この2つは牛の特定の「部位」を表しています。
一方周産期病は「期間」を示した病名となっています。周産期とは「お産」の「周辺の期間」であり、この期間に起こる疾病、という意味です。周産期病の症状は一つだけではなく、いくつか代表的な疾病があり、それらの総称として、周産期病と呼んでいます。三大疾病といわれるくらい、分娩に伴う疾病は深刻です。逆を言えば、この周産期を乗り切ることが搾乳牛の健康を実現することにつながります。
周産期の管理を間違えると、分娩後に牛は大きく体調を崩します。さまざまな疾病に見舞われ、最悪そのまま廃用(※)となってしまうこともあり得ます。牛にとっても、牧場主にとっても、病気で牧場からいなくなることは最もつらく、悲しいことです。それを避けるためにも周産期に「全力で」取り組むことを意識しています。これは、なにも心意気の話をしているんじゃありません。あえて誤解を招くような乱暴な言い方をしますが、周産期以外の牛は放っておいても勝手に元気に過ごします。いわば「選択と集中」ともいえる、ここを押さえればすべてがうまくいく、それが周産期です。
※ 病気やケガにより乳牛の乳が出なくなるなど、生産動物としての役目を終え、肉用牛として出荷されること。
牛自身に起こる変化が周産期病の原因に
牛の泌乳は出産を契機に始まり、ピークを迎えた後、その量は日々低減していきます。搾乳量が減りきってしまう前に再び出産ができるように、一般的におよそ1年周期で分娩を繰り返すような繁殖管理をしています。分娩後、毎日の搾乳は継続しつつ、50日後ほどから授精を始めます。何度か授精を繰り返し、遅くとも300日以内にはほとんどの牛が妊娠します。通常分娩予定日の2カ月ほど前になると、搾乳を終え、出産に備えるための「乾乳期」に入ります。乾乳期には搾乳をせず、生乳として排出されていたエネルギーを、牛自身のエネルギーとするとともに、自身に宿る胎児へと利用してもらいます。
乾乳期を経た牛は分娩を迎え、その日から搾乳が始まります。
搾乳→乾乳→分娩→搾乳。状況の変化に伴い、摂取したエネルギーの利用法が変わっていくことがわかりますでしょうか? このような急激な変化が、牛の負担となり、ひとつ間違えれば牛を病気にもします。
では周産期を具体的にどのように管理していくのか、ポイントは以下の3つあります。
- フレッシュ群を管理する
- 乾乳期を管理する
- 分娩を管理する
フレッシュ群を管理する
分娩~3週間ほどの牛たちのことを「フレッシュ牛」といいます。フレッシュ牛は、3週間フレッシュ牛だけを集めた専用の牛舎で管理します。出産が激しい苦痛を伴うことは、皆さん多少なりとも、イメージできると思います。出産を経験したことのある人ならなおさらですよね。疲弊しきった牛たちをケアしてあげる、いわば産婦人科のような場所が、フレッシュ群牛舎です。
フレッシュ群牛舎では以下のような順番でケアを行っています。
- 全頭の採食状況、様子がおかしい牛がいないかをチェック
- 不調な牛に対して検診
- 獣医師と相談して治療を行う
1. 全頭の採食状況、様子がおかしい牛がいないかをチェック
まず、朝の搾乳が終わると、フレッシュ担当者がおよそ40頭いるすべての牛の採食状況をチェックします。搾乳は多大なエネルギーを消費するので、普通健康な牛であれば搾乳直後は餌を食べに行きます。餌を食べている牛は問題ありません。問題は餌を食べていない牛です。牛はお腹がすいたら素直に餌を食べに行きます。
ひねくれて精神がゆがんでしまった我々現代人のように、お腹がすいているのにダイエットのために我慢して食べない、なんてことはありません。これを書いている今、私はファスティング(断食)中です。懲りもせず年末年始食べすぎたせいで、また太ってしまいました。ダイエットはウンザリです。ああ! だんだんイライラしてきました。ちょっとコンビニでおにぎり買ってきます。
買ってきました。う、うまいんだなあ。僕はおにぎりが、大好きなんだなあ。すっかり元気になったので続けます!
2. 不調な牛に対して検診
餌を食べていない牛に、さまざまな角度から検診を行います。検温や便のチェック、体に異常がないか、顔つきに異常がないか、調べます。また、牛の静脈から血液を採取し、異常がないか調べます。
周産期病はエネルギー利用方法の変化によっておこる、と前述しましたが、それを専門的に言えば「代謝の変化」ということになります。食べたものをエネルギーにかえるのは、主に肝臓の役割です。周産期病の一つに、肝機能障害があり、それを調べるために血液検査を行います。乾乳期に太りすぎた牛が搾乳によって急激に痩せるとき、肝機能障害は起こります。やっぱり体重のコントロールって大事ですよね。
3. 獣医師と相談して治療を行う
検診で疾病が突き止められたら、獣医師と相談して適切な処置を行います。獣医師の指示で炎症を抑える抗生物質や、炎症を抑える薬、肝臓の機能を回復させる薬や、低カルシウム状態を補う薬などを投薬します。まさにお医者さんの仕事ですね。
フレッシュ群の餌の管理も大切
最初に全頭検診をするときに、餌を食べていない牛がいれば検診すると述べました。逆に餌さえ食べていれば健康だと判断しています。これほど明快な判断基準はありません。餌をバクバクと食べているうちは安心していられます。
私もよく居酒屋で悩みを友達に打ち明けたりしていますが、大抵焼き鳥、もつ煮などをほおばっている間に、悩んでいたことなど、どうでもよくなっていきます。本当は真剣に悩んでなんていなかったんでしょうね。飯食べている奴、だいたい元気。
分娩したばかりのフレッシュ牛に関しては、本当につらくて餌を食べることができない牛も多くいます。そこでメイプルファームでは搾乳牛用のTMR(混合飼料)の他に、乾草を与えます。そうすると、大抵分娩直後の牛たちが食べに来ます。二日酔いの日に、何も食べる気がしないけど、お粥(かゆ)ならなんとか食べられるな、という気持ちわかります? あれと同じです。なんでも肝機能障害に苦しむ牛って、二日酔いのような不快感にさいなまれているとか、いないとか。
とにかく餌を全く食べないことは何よりも不調の原因になるので、メイプルファームでは乾草を別に与えています。
乾乳期を管理する
分娩に備えるための乾乳期は、牛にとって夏休みのようなものです。搾乳は体力も使いますし、パーラーへの往復は楽ではありません。その点乾乳期は、搾乳に行くことがないので、人とも接することなく、仲のいい牛友達と一日のんびり過ごしています。ストレスもなく、基本的には病気にかかることはないのですが、ここでの管理次第では周産期病を引き起こすことになりかねないので要注意です。
乾乳期の飼養管理、主に餌の内容については、さまざまな議論がされています。濃厚飼料の比率や粗飼料の質、ミネラルのバランスや、乾乳期間の設定など、牧場によって全く管理が違います。そして2021年の現在、これ、という決定的な管理はなく、それでいて過去の常識がまるっきり覆るようなことも起きています。無責任なことは言えないのでここでは技術的なことは述べません。私の親しくする周産期病に詳しい大学教授は、牧場にあった乾乳管理があり、正解はない、と話しています。
一つだけメイプルファームの経験を紹介します。乾乳期は「太らせないこと」が大事です。乾乳期に太ると、分娩後の急激な代謝の変化によって肝機能障害に陥るということは、前述したとおりです。そこで、乾乳期に餌を過剰に食べすぎないように、あえて消化の遅い、硬い乾草を混ぜた時期があります。
結論から言えばこの試みは失敗に終わりました。給与していた半年間で、分娩事故が増加し、フレッシュ群でも周産期病が散発しました。乳量も減少し、あらゆる面において悪化の一途をたどりました。
半年後に乾草の給与は中止し、それから半年かけて牛は回復していきました。
振り返って分析をしてみると、想定よりも採食量が減少しすぎたことに分娩事故の増加の原因があったと結論付けられました。何より餌を食べてもらうことが重要だと痛感させられました。
やはり過度なダイエットは禁物ですよね。私もさっき食べたツナおにぎりは本当においしかったなあとしみじみ思い出しました。
繰り返しになりますが、これはあくまで個別の例です。ある牧場ではうまくいっていることが、他の牧場では失敗する。逆もしかりです。私たちそれぞれの牧場に最適な乾乳管理を、模索していきましょう。
分娩を管理する
難産をはじめとする分娩の事故は、間違いなく周産期病につながります。分娩中に事故を起こした牛は、いくら献身的なケアをしてあげても、体調が悪化していくことはままあります。分娩事故を起こさないことが大切です。それが周産期病の減少につながり、ひいては酪農牧場全体の成績改善につながります。
では分娩事故を起こさないためにはどうすればいいのか。
それは――。
ちょっとスペースが足りなくなってしまったので、これはまた別の記事に譲りましょう。決してお腹がすいたから早く終わらせたいとかそういう邪(よこしま)な動機ではありません。お腹はすいていますが無関係です。
難産が牛の体調に大きな影響を及ぼすことは覚えておいてくださいね。
すべてのお母さんに愛を
大変な出産を経験して、その日のうちから搾乳が始まる牛たちには、相当なストレスがかかっているはずです。だからこそ愛情をもって最大限のケアをしてあげたいと思っています。
牛の仕事をしていると、お産をするお母さんたちの苦労がよくわかります。一方人間の世界では、心無い人が妊婦さんを「特別扱いするな」と、邪険に扱う話をごくたまに目にします。出産がいかに大変で、その後も非常に不安定な期間を乗り越えなければいけないかを知っていれば、とてもそんな思いにはなりません。そういう人は牧場で一度研修を受ければいいと思います。
牛も人も、出産を周りのみんなでサポートしてあげる。そんな愛のある環境で、お母さんを安心させてあげたいですね。