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削蹄は愛~牛を支える蹄のケアが、牛の健康も支えている話~

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ライター:

連載企画:牛乳は愛

削蹄は愛~牛を支える蹄のケアが、牛の健康も支えている話~

牛はその重い体重を、小さな蹄(ひづめ)で支えています。蹄は牛が生活する上での生命線とも言え、しっかりとケアしてあげる必要があります。私の経営する朝霧メイプルファームで、どのように蹄を管理しているのか、紹介していきます。

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牛の大事なメンテナンス、削蹄(さくてい)

牛はとにかく巨大です。体重は600キロ、場合によっては800キロを超える牛もいます。その割に体重を支える蹄はわずかな面積しかなく、蹄への荷重は非常に大きいものになります。蹄の形がいびつになったり、傷や腫瘍ができてしまったりすると、歩行することすら困難になります。日ごろのメンテナンスが重要なのです。
基本的に牛の蹄は日数とともに伸びていきます。その伸びた蹄を切る仕事を専門にしているのが「削蹄師」と呼ばれる職業です。

月に数回、頻繁に牧場を訪れる地域密着型の削蹄師や、効率を重視し、年に数回牧場に来て、すべての牛を一気に削蹄するタイプの削蹄師もいます。メイプルファームでは年に3回、すべての牛を削蹄してもらっています。
削蹄は「蹄の長さ」、「角度」を適正な形に整える作業です。長さはイメージしやすいと思いますが、実は蹄の角度も重要なのです。女性の気持ちは想像するしかありませんが、休む間もなく、毎日毎秒ずーっとハイヒールを履くことになったら、きっと足がすごーく痛くなりますよね?
牛も蹄が立ちすぎると、痛みを感じる程になります。では寝かせたような蹄がいいかといえばそうでもありません。

蹄の角度の重要性

蹄の角度が寝るほど、地面と骨の距離が短くなっていくイメージ

図のように、寝ている蹄は、骨と地面との距離が近く、骨と蹄の間の内部構造に大きな負担がかかります。やがて骨が当たる場所が出血を伴う潰瘍となってしまいます。
ところでこの図は私が描きました。あくまでイメージですので、これを知識のある専門家に、ここが違う、あれが違うと重箱の隅をつつかれても困ります。所詮一酪農家が描いた大ざっぱなイメージにすぎません。大目に見てちょうだいよ~、勘弁してちょうだいよ~、みたいな~?感じ~? 私自身は非常にセンスを感じますけどね~。

専用スケールで蹄角度を測る

削蹄専用のスケールで角度を測る。長さも測ることができる

牛に安心して気持ちよく歩いてもらうため、定期的なメンテナンスは欠かせません。

痛がる牛には迅速な治療を!

形の整った蹄で健康な毎日を過ごしてもらえれば、それが一番です。しかし、時に牛は蹄病(ていびょう)になることがあります。多くの酪農家を悩ませる蹄病は、牛にとって万病のもとです。足が痛ければ寝起きがおっくうになり、餌を食べに行く回数が減ります。すると免疫力が低下し、さまざまな疾病を併発します。なにより常に強いストレスにさらされ続けます。
あなたの靴の中に石が入り、出血を伴うような傷を作ったとしたら、直ちに歩くのをやめて石を取り除き、医者に治療してもらうことでしょう。
しかし牛はそれができません。自分ではどうすることもできないのです。一歩ごとに鋭い痛みが牛を襲います。そして皮肉なことに、牛は本能的に痛みを隠します。弱い個体は捕食者に真っ先に狙われるからです。明らかな症状として表れるころには、疾病が進行していることも多くあります。
ですから、蹄病はなるべく早く発見し、迅速に治療をしなければならないのです。

蹄処置の基本

ここでは蹄病を発見した時の蹄の処置について簡単に説明します。
まずは出血を伴い、化膿(かのう)してしまった病変の周りの余分な蹄を除去します。そうすることで病変への刺激が減ります。
牛は偶蹄類であり、1本の足に蹄は2つあります。疾病があるのは大抵の場合どちらか片方です。そこで健康な方の蹄にゲタを付けることで、病変のあった蹄が地面から浮きます。そうすれば蹄は自然に治癒していきます。

蹄処置を行い下駄をつけた

右側の蹄に病変部があり、左の蹄にゲタをつけた

蹄病を素早く発見し処置するために必要なこと

牛の健康のためにも、蹄病はとにかく早く処置してあげることが求められます。理想は牧場のスタッフが迅速に処置をしてあげることです。メイプルファームでは11人のスタッフのうち、実に6人のスタッフが蹄処置を行うことができます。
蹄病を素早く発見し処置するためのポイントは以下の3点になります。

  • 跛行(はこう)発見の奨励
  • 削蹄設備の確保
  • スタッフ育成

跛行発見の奨励

牛が何らかの蹄病にかかり、正常でない歩き方をする状態を「跛行」といいます。跛行の様子は痛みによって段階があり、最終的には歩行が困難な状態にまでなります。そうなる前に、わずかな違和感程度で発見してあげれば、回復も早く苦痛を感じる期間も短くて済みます。

メイプルファームでは1日3回搾乳をします。その度に搾乳施設まで牛を追うのですが、そのタイミングが牛の跛行を発見する時間と決めています。
マニュアルや指導によって跛行発見能力を養ったスタッフが、すべての牛に目を配らせて異常がないか観察しながら牛を追います。

は行発見表

跛行報告表。部位と症状を報告する

跛行発見の頭数は毎月フィードバックされ、従業員教育の指標にもなります。積極的に跛行発見をしたいと思えるような環境を整えることが大事です。

削蹄設備の確保

こんな言葉があります。
「汝(なんじ)、良い道具をそろえるべし。さすれば削蹄の神髄へ一歩近づく」
誰の言葉? 私が考えました。
巨大な牛は力も強く、扱いを間違えると大事故につながります。削蹄をするために牛や人がケガをしてしまったのでは、元も子もありません。削蹄には蹄を切るための「ナイフ」、削るための「グラインダー」、牛を拘束するための「枠場」が、最低限必要になります。

グラインダーとナイフ

グラインダーと削蹄専用ナイフ

メイプルファームが使っている枠場は「油圧式」で、スイッチを押せば人の力を一切使うことなく牛を保定することができます。力の強さに関わらず作業ができるので、誰でも削蹄を行うことができます。

わくばで保定した牛

枠場でしっかり保定されると作業が早く終わるため、牛にストレスをかけずに済む

足をわく場で固定した

枠場によって足がしっかりと固定され、牛の急な動きによる事故がなくなり、牛も人も安全に削蹄ができる

ただし値段はそれなりにします。以前はより安価な、ロープを人力で巻き上げる枠場を使っていました。使う頻度や費用対効果と相談しながら、牧場に適した枠場を選ぶといいでしょう。

グラインダーで蹄を削る

グラインダーを使って蹄を削る。ナイフだけの削蹄に比べて省力、効率化されている

熟練の削蹄師となれば、牛を枠場で保定せず、ロープとナイフだけで蹄を切ることは造作もないことです。それはやはり日ごろの鍛錬に裏打ちされた、専門家ならではの技術です。牧場のスタッフが安全に削蹄を行うためには、設備の確保は必須といえます。

スタッフ育成

跛行を発見し、設備があったとしても、処置ができる人がいなければ意味がありません。処置ができる人が多ければ、それだけ機会が増えます。「わずかな違和感程度」で処置をするということは、それだけ多くの牛を検診してあげる必要があります。牧場の規模にもよりますが、基本的には処置できる人数は多い方がいいでしょう。

全く技術が無い状態で、ゼロから自分で覚えていくのは至難の業です。山梨県のCOW HAPPY(カウハッピー)株式会社では、毎年プロの削蹄師達が講師となり、技術のない農場スタッフや、新人の削蹄師に向けて、講習会を開催しています。実際に削蹄を行いながら削蹄技術を習得し、座学によって知識の面でも教育を行います。メイプルファームのスタッフは、牧場で削蹄業務にあたる前に、この講習会に必ず参加することになっています。

削蹄を学ぶと酪農家として成長でき、牛への愛が深まる

これはあくまで個人の感想ですが、削蹄は楽しいです。蹄の形を見て、それを美しい完成品まで整える。そこに大きな喜びを感じます。こんな有名な言葉もあります。
「削蹄はアートだ」。
まあ私が考えたんですけど。たぶん歴史的な名言になるから、みんな覚えといてくれよな。
造形に対する楽しさがある一方で、牛がすぐに元気になる事へのやりがいもあります。跛行は本当につらい状態だと思います。あんなに重い体重が傷口にのしかかると思うと、その苦痛は計り知れません。それが処置後に魔法のように劇的に回復するさまを見るのはうれしいことです。削蹄は牛に対する酪農家の愛なのです。

私は牧場に就農して3年目に前述の削蹄講習会に参加したことで、自分の酪農家としての道が大きく開けた感覚がありました。そこに集まる削蹄師たちとの出会いは幸運でした。削蹄師は多くの牧場を回るので客観的な視点があります。知識や経験も豊富で、みなが牧場から蹄病が無くなる日を本気で信じています。
そう、理想は処置をせずともそもそも蹄病にならないことです。どうすれば蹄病が減るのか、削蹄師の仲間たちと、いつも熱い議論を交わしています。

牧場で蹄病に向き合おうと思った場合、まずは信頼のできる獣医師、そして削蹄師に対して、相談してみることが第一歩ではないでしょうか。

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