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微生物との共生は愛~牛が食べられない草をルーメンで消化する話~

maruyama_jun

ライター:

連載企画:牛乳は愛

微生物との共生は愛~牛が食べられない草をルーメンで消化する話~

牛は私たち人間が消化することのできない牧草を、エネルギーに変えることができます。それを可能にしているのが、牛の一番目の胃であるルーメン、そしてルーメン内に生息する微生物です。どのような働きで飼料を消化しているのか、一緒に学んでいきましょう。

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謎の存在、ルーメン

以前、牛の餌である「TMR」(混合飼料)について記事を書きました。SNSに、「とても面白かった」といった好意的な意見をいただき、私は大いに喜んだものです。
しかしそれはごく一部でした。「わかりにくい」、「難しい」、「読み飛ばした」、「牛川さんの漫画の方が百倍面白い」、「丸山って名前を見るだけで鳥肌が立つ」、などの意見が大半を占めていたとか、いなかったとか。
私は戦慄(せんりつ)を覚えました。なぜならあれはまだ序章、さらに高度な話が控えていたからです。それが今回お話しするルーメン、そして微生物の話です。

そんな時、とあるライターから取材の依頼メールが。「酪農に関して“ど素人”なので、本当に基礎的なことから教えてほしいんです」と書いてありました。

運命のいたずらか、神のおぼしめしか、私はこの幸運に感謝しました。

「子供でもわかるように説明できたとき、それは万人にとって有用な話となる」、とはよく言ったものです。そこで今回は趣向を変え、子供でもわかるように、子供のようなレベルのライターとその助手を牧場に招き、ルーメンや微生物についてわかりやすく紹介したいと思います。

早速の質問で恐縮ですが、……丸山さん、あなたこの牧場に何か重大な秘密を隠していますね? 
実は僕、酪農業界には「ルーメン」という怪しい言葉があると聞いて、その謎を解きに来たんです。ルーメンとは一体何なんですか? 呪いの呪文ですか? いかがわしい団体ですか?

ライター

丸山

(驚!)いきなりすごいこと言いますね。ルーメンはちょっと耳慣れない言葉ではありますが、魔女の呪文でも、秘密結社でもなんでもないです。
そうやって否定するところがますます怪しいですね~。
ま、いいでしょう。今日一日の取材を通して、あなたの化けの皮を剥いでやります!

ライター

丸山

まあまあ落ち着いて。少しは下調べしてくるのが礼儀だとは思いますが、せっかくの機会ですので、丁寧に説明しましょう。ルーメンとは、牛の第一胃のことです。牛は4つの胃を持っていることはご存じですか?
えっ! 4つ……? おい、助手、胃が4つなんて、そんなわけないよな?

ライター

牛の胃はミノ、ハチノス、センマイ、ギアラに分かれているっス。ミノはやっぱり焼きっス。ハチノスは煮込み、センマイはさっぱりと刺しで。ギアラは焼けばなんでも合いますが、自分的にはみそっスね。

助手

牛の部位

肉の部位を示す名前。私はハラミが好きです

丸山

君! 急に早口でしゃべりだしたな! それは焼肉での用語ね。ミノは1番目の胃であるルーメンのことで、4つの胃の中でも飛びぬけて大きいんです。容積は200リットルで、小さめのお風呂くらいの容積があるんですね。知っていました?
ちなみにミノは開いた姿が昔の雨具である蓑(みの)に似ているからその名がついたそうっス。

助手

丸山

それは俺も知らなかった。
焼肉でも名前が分かれているのであれば、ひとまずは信じましょう。牛には4つ胃があって、その1番目で一番大きな胃を「ルーメン」と呼ぶ。そういうことなんですね。
でも、なんで4つも胃が必要なんですか。おかしいじゃないですか。牛も僕たちと同じ哺乳類ですよね。

ライター

丸山

同じ哺乳類でも、消化の仕組みは全然違うんですよ。そもそも、牛は草ばかり食べて肉や魚などのたんぱく質はほとんど食べないのに、私たちがたんぱく質として摂取する牛乳や肉を作り出していますよね。それって草からたんぱく質を作っているってことなんです。これが牛の一番の秘密です。

ルーメンの主役、微生物

とにかく、ルーメンはあやしい秘密を持っている胃ってことなんですね。
わかりました。この秘密を暴いてやりましょう!

ライター

丸山

秘密にこだわりますね……。確かに人間から見ると不思議な機能の胃なんですが。
草食動物である牛は、私たち人間とは全く違った機能の胃を持ちます。中でも1番目の胃である「ルーメン」には、本来動物が消化することのできない繊維をエネルギーに変えるための、非常にユニークな機能が備わっています。そのカギを握るのがルーメン内に存在する、微生物です。
ルーメンという組織の中に、微生物という名の信者がいて、何らかの不穏な活動をしているということですか?

ライター

丸山

微生物は信者じゃありませんが、あなたにしては勘がいいですね。良いたとえかもしれません。
ルーメン内はまさに微生物たちの世界です。ルーメンを満たす内容物1グラム当たり、100億の細菌類と、100万の原生生物が存在しています。1グラムでこれですから、200リットルあるルーメン内には途方もない数の生物が生息しているといえます。

牛が寝ているところ

そんなにたくさんの微生物が入っているなんて、ルーメン内には無限の空間が広がっているんですね。ルーメン、まさしく異次元空間!

ライター

丸山

いや、微生物がめっちゃ小さいだけですけど……。説明を続けましょう。
私たち人間と同様に、牛自身にはもともと繊維を消化する酵素はありません。そのかわりにこれら微生物に消化してもらっているのです。実は牛が餌を食べるということは、微生物に餌を与えるとも言い換えられるのです。

ルーメンマットと反すう

ルーメンは微生物が繊維を分解する組織だということはわかりました。しかし、他にも隠し事がありそうですね。僕にはルーメンって名前が信用ならないんです。きな臭いですね!

ライター

丸山

もちろん分解だけじゃないです。重ねて言いますが、やましいことは何もありません! ……ん? あなた、取材中なのに何食べてるんですか!
もぐもぐ……。牛がおいしそうに草を食べてるのを見て、自分も食べてみたくなったっス。……でも硬くてかみ切れないっス。牛ってすごいっス!

助手

丸山

ライターさん、どうしてこんな人を連れてきたんですか? 牛の餌を食べるなんて絶対にだめですよ! ――ただ、草が簡単にはかみ切れないってことはよくわかってもらえたようですね。くしくもちょうど次のテーマは「反すう」です。
申し訳ありません。でも、助手の失礼な行為が次のテーマにつながるとは、奇跡がおきましたね。
ハンスウとは、ルーメンの神のことですか?

ライター

丸山

全然違います。
反すうとは胃から口に飼料を戻し、咀嚼(そしゃく)をしたのち、再び胃に戻す行為です。この反すうする性質を持つ動物のことを「反すう動物」とも呼び、牛のほかに羊やヤギも該当します。
反すうを繰り返すことで、長い草は細かくなっていき、より微生物が消化しやすくなります。ルーメン内ではそのような粗飼料を中心とした飼料が集まり、層を作ります。この層を「ルーメンマット」といいます。
ルーメンには層があるんですか? いよいよ陰謀のにおいがプンプンしてきたぞ……。ひょっとするとルーメンマットは組織の上層部ですね?

ライター

丸山

いえ、どちらかというと中間層です。
ルーメンマットにおいて、微生物は細かくなった草を発酵させます。その過程で「揮発性脂肪酸」が生成されます。それがルーメン壁から吸収され、牛自身のエネルギーとして利用されます。牛は飼料を直接吸収しているのではなく、微生物によって生み出されたものを、いわば間接的に受け取っているのです。
なんと組織の黒幕は牛でしたか! いよいよ真相に迫りつつありますね!

ライター

丸山

牛自身は何も考えてないと思いますよ~。いちいちツッコむのも面倒なので、説明を続けますね。

穀類をはじめとする濃厚飼料や、細かい飼料片はルーメンの底に沈みます。ルーメンはこの飼料片の沈む層、さらに微生物の発酵によって発生したガスが充満する上層、そして先ほど説明した中間のルーメンマットの3層に分かれています。
ルーメン以外の胃

牛の4番目の胃は、私たちの胃と同じ機能を持ちます。そこでは胃酸が分泌され、食べたものを消化します。
1~3番目の胃はもともと食道だったものが発酵機能を持つために進化したものです。二胃は一胃の補助的な役割を持ち、ポンプのように餌を口に押し戻すような機能があります。
3番目の胃は水分の吸収なども行っていますが、主な役割は食物の誘導です。四胃までものを送ったり、逆にルーメンまで戻したり。
発酵のほとんどが一胃であるルーメンで行われ、それを補助するのが二胃と三胃。牛自身の消化機能を持つ胃が四胃。そんなふうに覚えてくれるといいと思います。

ルーメン解説

ルーメン内イメージ

牛を飼うことは虫を飼うこと

丸山

ルーメン内の多種多様な微生物たちは、それぞれが消化する物質の種類が異なります。牛の主食、粗飼料と呼ばれる草の繊維を分解する微生物、でんぷんや糖、たんぱく質を分解する微生物など、それらは多岐にわたります。穀類等の飼料片が沈む下層においても、草を分解していた微生物たちとは別の微生物が発酵を繰り返しています。
ルーメンの下層部でも必死に働く奴らがいるんですね。なんだか、シンパシー感じます……。

ライター

丸山

ルーメンの下の層にいるからといって、取るに足らない微生物というわけではないですよ。
慰めてくれてありがとうございます!
では下層の微生物もすごく大事な役割をしている重要な存在ということですね!

ライター

丸山

微生物が生成する揮発性脂肪酸は、牛が利用するエネルギーの半分を超えます。それ以外のエネルギーについて説明しましょう。牛の4番目の胃は、私たち人間の胃と同じような働きを持ちます。ルーメン内から流れ出た飼料片は、第四胃や小腸で消化されます。
消化する対象には、なんとルーメン内の微生物も含まれます。
ん? 微生物はもしかして、牛のいけにえになるんですか? 搾取するだけ搾取して、最後は食べる? なんてむごいことを……。まさに鬼畜の所業! かわいい顔した白黒の悪魔、牛!

ライター

丸山

牛を勝手に悪魔にしないでください。失礼な!
微生物たちは餌を分解する過程においてルーメン内で増殖していきます。つまり、牛がくれる栄養のおかげで子孫や仲間を増やしているわけです。
もしかして、牛は自分の体の中で、自分の食べ物を育てているわけですか? まるで人間が牛を育てて牛肉を食べるみたいに?

ライター

丸山

やーっとまともな解釈をしてくれるようになりましたね! つまりはそういうことです。
ルーメンから第四胃へと流れ出た微生物たちは、動物性たんぱく質として消化されるのです。
本来反すう動物たちが穀類を摂取せずとも、草だけでも生きていけるのはこのためです。草だけ食べているようでいて、しっかりと動物性たんぱく質も摂取しているのです。
つまりは牛と微生物は共生関係ということですね。
一生懸命働いて分解したり発酵したりするだけでなく、微生物自身も栄養になる――。微生物の愛情は、お母さんを思わせますね。
僕もライターの収入だけじゃ食っていけないので、お母さんにご飯を作ってもらっているんです。なんだか牛に親近感がわいてきました。

ライター

自分もご飯をくれるような共生相手がほしいっス。

助手

丸山

お互いにメリットのある関係が共生です。ライターさん、ちゃんとお母さんに食費渡してます? 一方的な関係は「寄生」になるので注意が必要です。

微生物は牛のニッチ戦略の立役者

丸山

どうです、ルーメンってすごいでしょう? 食物を奪い合う厳しい野生の世界で、ほかの動物が消化できない草を食べることで、反すう動物は生き延びてきたんですね。戦いにはあえて参加しない。誰も食べないものを食べる。ある意味ニッチ戦略(他者が狙わない隙間<すきま>をみつける戦略)とも言えて、感心しちゃうんですよね。
わかるっス! 自分、おまけつきおもちゃを思い出したっス! みんなおもちゃが欲しいだけで、お菓子は捨てるっス! それをいつも、もらって食べていたっス! それと同じっスね!

助手

丸山

全然違います。一体何を聞いていたのかな。
なんだかグリム童話の「おかしの家」みたいです。

ライター

丸山

どういうことですか?
魔女がお菓子の家で子供をおびき寄せて、お菓子の家を食べて太った子供たちを、食べちゃおうとするじゃないですか。ルーメンって、あれに似ていますね!

ライター

丸山

おびき寄せられた子供たちが微生物、お菓子が草ということですね。ま、おとぎ話では魔女のほうが死んで、そこには敵対関係しかないですけど。
とにかく牛と微生物の共生関係、ある意味微生物の愛によって牛は生きているんです!「牛を飼うは虫を飼う」なんてことわざもあるくらいなんですよ。ルーメンのこと、少しはわかってもらえました?
ミノが入ったラーメンは、「ルーメン・ラーメン」ってことっスね!

助手

丸山

トホホ。もうイヤ!
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