あるもので生きる。日本の野草文化が今に伝えてくれるもの【畑は小さな大自然vol.96】

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あるもので生きる。日本の野草文化が今に伝えてくれるもの【畑は小さな大自然vol.96】

あるもので生きる。日本の野草文化が今に伝えてくれるもの【畑は小さな大自然vol.96】
最終更新日:2021年02月24日

こんにちは、暮らしの畑屋そーやんです。僕は野菜以上に畑に生える野草(雑草)が好きだったりする変わり者なのですが、なんと山梨に野菜ではなく野草をなりわいとしている女性がいると聞き取材することになりました。はじめは野草の料理法などを聞くつもりだったのですが、彼女が屈託のない笑顔で語る現代社会の矛盾や問題点を切り裂くような話が面白く、予想以上に深い話になりました。野草を食べると言う日本文化は、将来の見通せない不安定な今の時代にだからこそ必要なのかもしれません。

■鶴岡舞子(つるおか・まいこ)さんプロフィール

原さんプロフィール写真 山梨県甲州市にて「摘み草のお店 つちころび」を営む。野草についての実践講座や料理教室、イベントなどを開催し、身近な野草を生かす知恵や文化を広める活動をしている他、野草を自ら生産し、お茶や入浴剤としての商品化や、生鮮食材として東京の一流レストランへの出荷も行っている。

東京を脱出して農家になりたかった

鶴岡さん_取材中

山梨県の中山間地域で「摘み草」をなりわいとしている鶴岡舞子さんは東京生まれ、東京育ち。街なかに住んでいた幼いころから草に興味を持ち、両親に買ってもらった図鑑で、空き地に生えている植物について調べることが楽しみな子どもだったそうです。
そんな鶴岡さんが「これからは農業だな」と思ったのは毎日満員電車で通学していた中学3年生のとき。お金がなければ移動もできない、食べることもできない社会に対して「この先にいったい何があるんだろうという怖さ」を感じたと言います。そんな中、「お金に縛られずに生きていくためには食べ物を自分で作る農業が最強だろう」ということで、東京を出て農業をすることを目指すようになったそう。「当時はそのことを周りの子や先生に話しても全然分かってもらえなくて、変わった子扱いされていました」と振り返る鶴岡さん。実は僕も高校生のときに同じような問題意識を感じつつも周りにそのようなことを話せる友人がいなかったので、とても共感しました。

その後、鶴岡さんは東京農業大学に進学し工芸作物を専攻。工芸作物とは、すぐに食用になる作物ではなく繊維や油、薬品、香辛料など長期間の加工・製造過程を経て製品になる作物のことです。そこで学ぶ中で鶴岡さんは、身の回りにあるさまざまなものが工芸作物からできているのに、その作物の存在や実際に生えている姿を見たことがなかったことに「ショックを受けた」と言います。またこういった作物が日本では全く見られず、知られていない現状に「危機的な感じを受けた」そう。

実はかつて日本で工芸作物として栽培されていた植物が、現在は野生化して雑草として扱われているものもあるようです。僕はこの話を聞いて、畑周りによく生える雑草のひとつであるカラムシという植物を思い出しました。カラムシは麻の一種でもあり、昔の人たちはこれを栽培して繊維として活用していたらしいのです。鶴岡さんに聞いてみると、このカラムシを使った織物は「越後上布(じょうふ)」として新潟県を中心とした地域でよく生産されていたもので、織物として最高級品だったようです。わたしたちは製品としての服の状態しか知りませんが、昔の人は服さえも身の回りのもので作り出していたという当たり前のことさえ忘れているんですよね。

カラムシ

カラムシ。畑の周辺によく生えている雑草だが、昔はこれから繊維をとっていたらしい

農家を断念し、野草の世界に

つちころび 風景

「摘み草のお店 つちころび」から見える風景。中央にうっすらと見えるのは富士山の山頂

東京農大を卒業後、鶴岡さんは野外教育を主体とする自然学校の仕事に就き、その関係で山梨へ移住。そのころ野草について教えている人と知り合い、その人の開催する講座に生徒として参加し始めました。その後、自然学校の仕事を辞め、新規就農を目指して果樹農家で研修を受けるも、女性一人で農業を行うには支援制度も整っていないなど、あまりにもハードルが高く、断念することに。一時は東京に戻ろうとした鶴岡さんに、知人が「本当はまだ何かやりたいことがあったんじゃないの?」と、甲州市の地域おこし協力隊の制度を教えてくれたそう。
「話しているうちに野草のことを仕事としてやっていきたいという思いが出てきたんです。そこで、耕作放棄地という地域の課題を野草の活用で解決につなげることができるんじゃないかということで市に活動のプランを提出したところ、その案が通って、地域おこし協力隊として活動をスタートしました」(鶴岡さん)

甲州市には甘草(かんぞう)という生薬を栽培していた歴史もあり、鶴岡さんはその復活プロジェクトに関わったり、野草の分布調査などを行ったりしました。しかし、すでに果樹を中心とした観光資源を主軸にブランド化が進んだ地域だったこともあり、地域を挙げて野草の活動が盛り上がるといったことはなかったそうです。それでも鶴岡さんは2014年、協力隊の最後の年に小さな民家を自ら改修し、拠点となる「摘み草のお店 つちころび」を立ち上げ、個人として野草をなりわいにしていくことを決意しました。

「あるもので豊かに暮らす」という日本文化を伝えたい

つちころび

鶴岡さんが運営する「摘み草のお店 つちころび」

現在鶴岡さんは自分が管理する土地で野草を摘み、4〜7月の期間限定で生鮮野草を東京のレストランに卸したり、野草茶や入浴剤などの乾物商品の製造と販売を行ったりしています。また野草を勉強する講座を開催し、野草の観察本の使い方、野草の選び方や毒草の怖さなどの基本的なところから始まり、七草などの野草を食べるという風習にはどういった意味があるのかなどの文化的背景も伝えています。

「野草を食べるイベントというのはよくあると思うのですが、あ〜おいしかった!だけだとただのブームで終わってしまうと思うんです」と言う鶴岡さん。僕も年に一回野草を食べるイベントを開催していて、野草の天ぷらなどはおいしいのだけど、そういった背景や文化のことまでは考えたことがありませんでした。
「野草を食べるというのは普段食べないものを食用に転じるという知恵」と鶴岡さんは言います。もともと野草は、作物が不作のときや冬の寒さが厳しい時期など、本当の非常時に「救荒(きゅうこう)食」として食べられていて、それは人の命を救う文化なのだそうです。異常気象による災害や大型地震が増えてきた昨今では、非常食を用意する家庭も増えてきたと思いますが、昔の人にとってはそこらへんに生えている野草こそが非常食だったんですね。現代に生きる僕たちはどうしても豊かさや、不安を埋めてくれるものを外の世界に求めてしまいがちです。でもどんなときも「あるもので豊かに暮らす」という日本人の文化、知恵こそ、鶴岡さんが最も生徒さんに伝えたいことだと言います。

「日本に生まれたのだから、日本人としての誇りを持って生きていこうよって思うんですよね。あるもので豊かに暮らすという、日本人が持っていた文化の素晴らしさに気づいてほしい。その方が自分だけでなく周りも豊かになれると思います。そんな気づきをくれたのが私にとっては野草の世界だったんです」

確かに「あるもので暮らす」という発想は貧しいイメージと結びつけてしまいがちです。僕らは「これがあれば幸せになる」「あの人みたいになれば豊かになれる」という幸せや豊かさを外に求める発想に慣れすぎてしまっているのかもしれないなと感じました。

また、野草というと体に良いというイメージがありますが、この健康という概念に関しても同じことを鶴岡さんは感じているようです。「『この野草を使ったら健康になるんですか?』とか聞かれるんですが、わたしは健康ってそういうものではなくて生き方や暮らし方のことだと思うんですよね」。この言葉に僕は少しドキッとしました。確かに世の中は「これを飲んだら健康になる」とか「これをしたら健康になる」というような言葉であふれていて、健康にさえなれば幸せになれるような、そこがゴールであるような気になってしまいます。でもそれって結局、持っていないものを外に求めているだけで、どんな状態であろうと今生きているということから目をそらしてしまっているのかもしれません。

不安定な時代に野草文化が教えてくれるもの

雑草_つちころび

鶴岡さんは「今までにない強烈な集中豪雨や猛暑による乾燥によって、年々土が硬くなってきていて、生える雑草の種類は硬い土に対応できる草が優勢になっていると感じます」と環境の変化に不安を感じているそうです。また「去年は甲虫類が異様に少なかった」など、虫の世界にも変化が見られるとか。そんな中で「今まで採れていた野草が採れなくなるのでは」ということも危惧しています。

でも、だからこそ「変わってしまった雑草を生かしていくことができないと、日本の農業や環境を維持していきにくくなるのでは」と鶴岡さん。日本の農業は外国の鉱物資源や化石燃料に大きく依存している部分があります。家畜ふん堆肥(たいひ)も、もとをたどれば外国産の輸入飼料を家畜が食べることで出来たもので、国内で資源が循環できていないのが実情です。そんな中「鎖国していた時代の日本の農業が貧相だったかというと、決してそうではなかったと思うんですよね」と鶴岡さんが言うように、野草文化の本質である「あるものを生かす」というところから、日本の農業はどうあるべきかという原点を見つめ直すべきタイミングなのかもしれません。

僕は今回の取材に当たって、野草がどう日常で活用できるのか、どうおいしく料理できるのかなどを聞こうと思っていたんです。ところが鶴岡さんが屈託のない笑顔でズバズバっと本質的な深い話をするのでそんな質問は吹っ飛んでしまいました(笑)。
野草というとなにか時代遅れというか古いものというイメージがあります。でも鶴岡さんと話していると、度重なる異常気象や自然災害、新型コロナウイルスなどによる不安定な社会情勢であるこの時代にこそ、日本の野草文化が教えてくれる何かが僕らに必要なのではという気がしてきました。

激動の時代で明日がどうなるかわからないという状況だからこそ、日々どう生きるのか、今あるものでどう豊かに暮らしていくのか、「今を見つめ直すこと」「足元を見ること」の大切さを野草たちは教え続けてくれているのかもしれません。

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