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なぜ養鶏場は巨大化したのか──採卵養鶏の実際を知る(下)

山口 亮子

ライター:

なぜ養鶏場は巨大化したのか──採卵養鶏の実際を知る(下)

高病原性鳥インフルエンザの被害が拡大している。鳥インフルエンザ防疫目的での家禽(かきん)の殺処分数は過去最大となり、記事を執筆している2021年2月中旬の時点で、1000万羽に迫ろうとしている。被害を拡大させた要因の一つが、採卵養鶏の規模拡大だ。1羽でも発病すると、養鶏場内の全てのニワトリを処分しなくてはならないため、100万羽を超える殺処分となった現場が三つもある。なぜ養鶏場はこれほど巨大になったのか。ここ半世紀ほどの採卵養鶏の歩みを、専門家に聞いた。

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有名無実の生産調整がもたらした二極化

養鶏場の様子

農林水産省によると、採卵養鶏の事業者は1962年に380万戸以上いた。それが2015年の農林業センサスでは4000ほどに減ってしまっている。この50年超の間に激烈な変化があったわけだ。北海道大学大学院農学研究院研究員で僧侶の大森隆(おおもり・たかし)さんは「1991年が節目」と言う。
「1990年に1戸当たりの飼養羽数は1583羽でしたが、翌91年に1万3792羽に達しています。小規模業者が、廃業や倒産に追い込まれていったんですね」

日本の養鶏は長らく、庭先養鶏といった小規模の経営を基本としていた。飼養羽数が10羽台から1000羽規模になるのには、30年を要している。ところが、90年から91年の間に、1000羽台から1万羽台へという驚異的な増え方をした(※)。その引き金となったのが1974年に本格化した国による生産調整だと大森さんは指摘する。

生産調整が始まったのは、卵の供給過剰による卵価の下落が原因だ。1960年代にケージを使い多くの羽数を飼う「多羽数飼育」が可能になり、既存の養鶏農家が規模拡大したり、企業的な大規模養鶏場が現れ始めたりし、過剰生産による卵価の低迷で経営不振に陥る養鶏業者が増えた。そのため生産調整により、一定規模以上の業者の増羽を制限し、無断で増羽した場合は農林省(現・農林水産省)の補助や融資が受けられなくなり、鶏卵の価格安定基金に加入できなくなるというペナルティーを科した。
「ところが、採卵養鶏の生産調整は、抜け道を見つけて飼養羽数を増やす業者が絶えず、有名無実になってしまいました」(大森さん)

表向きは協力するように装いながら、隠れて増羽する、あるいは子会社を作って、子会社に増羽させるといったすり抜けが横行したのだ。加えて、大手は資金力があり、補助や融資、基金の給付を受けられなくても経営が成り立つところが多く、生産調整を意に介さない業者もいた。そのため、生産調整の影響をまともに受けたのは、増羽の意欲の高い企業的な経営ではなく、生産調整で守られるはずの中小業者だった。
「生産調整は結局、大手をさらに発展させることになりました」(大森さん)

※ 畜産統計の調査対象が、1991年に「成鶏めす羽数『300羽未満』の飼養者は除く」と変更されたことも、平均羽数の激増に拍車をかけた可能性はある。ただし、300羽未満を切り捨てた理由は、統計の大勢に影響しないからなので、この時期に養鶏業界の構造が大きく変わったのは間違いない。なお、現在の畜産統計は、成鶏めす羽数1000羽未満を足切りしている。

■大森隆さんプロフィール

プロフィール写真 農学博士。2016年北海道大学大学院農学院博士後期課程修了。
同院農学研究院研究員で曹洞宗僧侶。日本農業経済学会会員。関連する論文に「適正規模を超えたか、採卵鶏企業」(「農中総研 調査と情報」2019年11月第75号)。1946年北海道生まれ。

縦長の業界構造に

生産調整は長年、実効性が保たれないまま続き、最後は独占禁止法違反の懸念が持たれたこともあって、2004年に廃止される。こうして国が行う生産調整はなくなったが、今では業界団体の一般社団法人日本養鶏協会(東京都中央区)が国の委託を受けて生産調整を担う。前回紹介した「鶏卵生産者経営安定対策事業」だ。

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国による生産調整は、採卵養鶏の業界構造を大きく変えた。大森さんは「業界が非常に縦長になった」と言う。小規模業者が残っている一方で、業界トップは1000万羽以上を飼養する。
「現状は、100万羽を超える大規模層が、鶏卵の3割前後を生産しているはずです」(大森さん)

卵価は「1970年のおよそ半額」

前回紹介したように、採卵養鶏を営む戸数は、小規模層を中心に年4~6%ほど減っている。主な理由は、卵価の安さだ。
「卵は、原価の約9割がエサ代とニワトリの償却費です。原価からしても、今の卸売価格はとんでもなく安いんですよ。物価の変動を勘案すると、1970年のおよそ半額に過ぎません」(大森さん)

異様に安い理由は、供給過剰と不毛な過当競争にあると大森さんは指摘する。
「日本の卵の需要量は、私の見るところ、年間240万トン前後なんですね。1991年の時点で、生産量は250万トンに達していて、すでに生産過剰でした。今では260万トンになっているわけで、ここ数年、毎年15万~20万トンくらいの過剰生産が続いているんです」
中小は大手にコスト面で太刀打ちできず、鶏卵相場によっては事業を継続できる価格を下回ることもままあって、経営難に陥り廃業する。では、大手が安泰かというと、それも違うと大森さんは言う。
「大手は資金を借りて規模を拡大し、その返済のために売り上げを大きくしようと、さらに規模を拡大するわけです。どんどん展開せざるを得ないというエスカレーターに、乗ってしまっていると思うんですよね。2020年秋には、大手生産者の経営不振が報じられています」

もちろん、養鶏業者はコスト削減のために「涙ぐましい経営改善」(大森さん)もしてきた。病気に強く、卵を多く産む品種を外国から取り入れたり、環境をコントロールできるウィンドレス鶏舎で生産性を高めたり、卵の集荷・包装を一手に引き受けるGPセンターを作って効率を上げたり……。とはいえ、ニワトリが産み出す畜産物である以上、劇的なコスト削減は難しい。大森さんは「本当にこの価格で卵の提供が持続可能なのか」と疑問を呈する。

がらんとした養鶏場

拡大する高病原性鳥インフルエンザも、懸念材料の一つだ。養鶏場の巨大化に伴い、1農場当たりの殺処分数は増える傾向にある。極めて効率的であるはずの巨大な養鶏場が、ひとたび病気や災害に直面すると、甚大な被害をもたらす諸刃の剣になっているのだ。高病原性鳥インフルエンザの被害は年によって波があるが、大森さんは「渡り鳥の南ルートにある韓国では毎年、鳥インフルエンザの被害は甚大で、同じルートの延長上に当たる日本はこのままでいいのか」と問題提起する。養鶏業の経営規模なども、真剣に考えるべき時が来ているように感じる。
「食品は本来、卵に限らず適正価格での安定供給が望ましいのではないでしょうか。消費者の皆さんには、極端に安いものは、本当にそれでいいのかという疑問を持ってほしいですね」(大森さん)

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