迷惑がられる竹を農業利用
■後藤逸男さんプロフィール
農学博士(1987年、東京農業大学)。東京農業大学名誉教授。全国土の会会長。東京農大発株式会社全国土の会代表取締役。著書に「土壌学概論」(朝倉書店、2001年)、「根こぶ病 土壌病害から見直す土づくり」(農山漁村文化協会、2006年)、「改訂新版 土と施肥の新知識」(農山漁村文化協会、2021年)、「イラスト 基本からわかる堆肥(たいひ)の作り方・使い方」(家の光協会、2012年)など多数。 |
――これまで多くの地域で「土の健康診断」をしてきたということですが、印象に残る地域はありますか。
土壌病害対策のための土壌診断調査は、全国でやってきました。東北には10年前から東日本大震災の復興支援活動で訪れています。福島県相馬市での津波被災農地では早期の作付け再開、南相馬市、伊達市では放射性セシウム吸収抑制のための土壌診断調査や対策を地元の農家・自治体・JAなどとのコラボでやってきました。昨年からは、岩手県の陸前高田市の農業復興に協力しています。津波の被害を受けたエリアをかさ上げして、そこに山土などを客土して、新しい農地を作るプロジェクトです。どういう改良をして、どういうものを使って作物ができるようにしていくか、土壌肥料の面でアドバイスしています。
――具体的にどのような改良をするのですか。
最初に土壌診断調査をして、問題点を把握します。新たに造成した農地はだいたい酸性を示していて、養分も足りません。窒素、リン酸、カリ(カリウム)など必要なものを足します。このプロジェクトの基本は、輸入した肥料ではなく、できる限り地元産の肥料や資材を使うこと、要するに肥料の地産地消です。
農産物の地産地消も、それはそれで大切ですが、その前に肥料の地産地消をする必要があります。地元で生産される肥料や資材をその地域の農地に施して、農産物を作りましょうというものです。食料自給率の向上が求められていますが、肥料の自給率も高める必要があります。
その手段の一つが下水汚泥であり、家畜のふん尿由来の堆肥であり、生ごみ由来の堆肥や肥料です。最近は竹の有効利用も研究しています。全国的に竹林の拡大が問題になっています。竹の農業利用は、以前からやられていますが、もっと広げる必要があります。
――竹はどうしたら使えそうですか。
竹の粉を堆肥化すると、ピートモスみたいなものができます。ピートモスはカナダや北欧で主に採掘した泥炭を脱水、粉砕して作る資材で、土の代替物として育苗培土やブルーベリーの栽培などに使われます。日本はこれを大量に輸入していますが、天然資源なので、掘ればなくなってしまいます。資源の枯渇が問題になって、再生可能なものを使おうというので登場したのが、ココナッツの実の繊維から作るココピートです。
ただ、ココピートも原料は東南アジアにあって、輸入しなくてはいけません。それには輸送エネルギーを使うので、日本にあるものでピートモスの代替ができないかということで、竹の粉からピートモスのような資材を作って「チクピート」と名付けました。すでに特許を申請しています。
ほかにも、竹の粉を肥料に混ぜて使うこともできます。たとえば、汚泥肥料と組み合わせます。これら(下の写真)は下水汚泥から作られた汚泥肥料で、左は下水汚泥を堆肥化した肥料で肥料法では「汚泥発酵肥料」、右は下水汚泥を乾燥した肥料で「下水汚泥肥料」と言います。主流は前者です。全国でもこのような汚泥肥料が作られていますが、これまでは「コンポスト」と呼ばれてきました。コンポストとは堆肥のことで、これまでは肥料というより堆肥として使われることが多かったのです。下水汚泥由来のコンポストを堆肥として施し、さらに肥料も施用する。それでは土壌がメタボになりかねません。
汚泥肥料の効果は化学肥料並み
――汚泥肥料は肥効が高く、化学肥料に近い性質を持っているということですか。
そうです。私たちが2年ほど前に行った研究では、特に窒素とリン酸は化学肥料と同等の効果があることが分かりました。うまく使えば、窒素肥料もリン酸肥料もいらない。ただし、下水汚泥にはカリは含まれていません。下水処理の過程でカリが水に溶け出してしまうためです。カリは、竹や間伐材のチップを燃やした灰などに豊富に含まれていますから、そういうものと組み合わせることによって、窒素、リン酸、カリを含んだ肥料を作ることができます。
汚泥肥料は化学肥料並みに早く効くので、緩効性ではなく、速効性肥料なんです。汚泥の特徴として、どうしても臭うという欠点があります。そこで、竹の粉を混ぜると軽減できます。それに加えて、竹を混ぜると、肥料の効きを緩めることができます。バイオマス(※1)資源のドッキングができるわけです。
汚泥肥料をゆっくり効かせるもう一つの方法としては、ゼオライト(※2)という天然鉱物を混ぜる方法があります。ゼオライトは、福島県で放射性セシウムの吸着によく使われた資材で、アンモニウムイオンを吸着するので、肥効がゆっくり出るようになるんです。
土壌の酸性改良に使う石灰資材も、国内で循環させることができます。製鉄所で出てくる副産物に、転炉スラグがあります。石灰石やコークスと鉄鉱石を混ぜて溶鉱炉で溶かした銑鉄から、転炉で鋼を作るときに出てくる副産物です。同じ製鉄所内の高炉から出るケイカル(※3)は昔から田んぼの肥料として使われてきましたが、転炉スラグはほとんど肥料として使われてきませんでした。
この転炉スラグは、土壌酸性改良資材として非常に優れています。鉄鉱石は海外から来るにしても、石灰岩は国産で、国内の製鉄所から出る産業副産物ですので、国産リサイクル土壌改良資材です。
※1 生物由来の資源から化石燃料をのぞいたもの。
※2 沸石とも呼ばれる。北海道、東北、北関東、中国地方などに広く分布し、国内で豊富に産出される。
※3 製鉄所で、鉄鉱石から銑鉄を製造する高炉から副生されるスラグ(鉱さい)。ケイ酸カルシウムを主成分とするため、ケイ酸を大量に吸収する水稲の肥料として使われてきた資材。
リン鉱石の輸入量に匹敵 リン酸を含むリサイクル資材
――転炉スラグは今までどうなっていたのですか。
農業利用されるのは1%くらいに過ぎず、ほとんどは路盤材といって、道路工事の敷石に使われています。転炉スラグは、年間1400万トンくらい日本の製鉄所で出ていて、1~2%ほどリン酸を含みます。計算すると、リン酸肥料の原料として輸入するリン鉱石に含まれるリン酸の量に、ほぼ匹敵するんですよ。リン鉱石は枯渇が心配されていますから、これを使わない手はないでしょ。
それから、ふつう酸性改良というと、炭酸カルシウムや苦土石灰などを使います。これも国産の肥料ですけど、山から掘ってきた石灰石やドロマイトという鉱石を砕いて、粉にして畑に入れて酸性改良しています。その点、転炉スラグは、製鉄所で1回鋼鉄を作る原料として使って、そのとき出てきたものを資材として使うので、天然資源を2回使うことになります。
それに加えて、この中には鉄鉱石などの原料に由来するホウ素やマンガンといった微量要素が含まれています。そのため、転炉スラグを施用して土壌の酸性改良をすると、土壌の微量要素が欠乏しにくい。pHを7.5くらいまで高めても、農作物の生育に全く支障がありません。
どうしてこれが重要かというと、フザリウム病害や根こぶ病は、pHを7.5くらいまで高めると、それだけで発病が抑制できます。しかし、従来から使われている苦土石灰や炭酸カルシウムでは、6.5までしかpHを高めることができません。それ以上高くすると、作物に微量要素欠乏が出やすいからです。
――肥料の原料を国内で賄う将来図が描けるということですか。
そういうことです。
次回は後藤教授が理想とする、環境に本当に優しい新たな“有機農業”について聞く。有機ならぬ「勇気農業」の真意とは?