市内の農と食の関係者180人超が集う
オリエンタルランドに日通、他にも外食、ガス、建設関連など、実にさまざまな企業が農業参入している山梨県北杜市。同市は日照時間が長く、ミネラルウォーターの生産量日本一ということから分かるように水に恵まれ、都内へのアクセスが良好だ。加えて市が企業誘致に積極的だったことから、参入が相次いだ。また、Iターンで移住してくる新規就農者も多い。こうした企業や地元の農業法人、個人農家なども含め、縦横につながりを広げ、農と食を活性化しようと北杜市フードバレー協議会が設立された。「設立にあたっては、協議会の構想段階から元市職員の小澤隆二(おざわ・りゅうじ)さん(故人)の尽力が大きかった」と関係者は口を揃える。
飲食店や宿泊事業者、流通業者、加工業者、金融機関なども含め、会員は185にのぼる。設立当初は、「関東方面への物流を集約し効率化する」「農産物の販路拡大と流通を担う『農家の御用聞き』に活躍してもらう」「同業者や異業種の間で連携し6次産業化による高付加価値化や生産性の向上を図る」といった、さまざまな狙いがあった。時間の経過とともに、こうした目的の一部は変化し、新たな課題も加わっている。現状を協議会事務局である北杜市商工・食農課の長坂恵一(ながさか・けいいち)さんに聞いた。
若手農家が運営の中核に
協議会の運営は当初「農業」「観光」「宿泊・飲食」「物流」「加工」「金融・雇用」という分野ごとに会員を分ける部会制をとった。しかし、部会の垣根を越えた連携が生まれにくく、活動が部会で固まりがちという悩みがあった。そこで、会員の6割を占める農家が運営の中心になるよう、2020年度から体制を一新している。
「農家が中心になって運営委員会を結成してもらい、運営委員を中心に協議会としてやりたいことを考える活動方式に変えました。運営委員で協議して、外部に協力を仰ぐ必要が生まれればその人を呼ぶという形で、活動がかなり活発になっています」(長坂さん)
自治体が作る協議会にありがちなのが、事務局業務を自治体が一手に引き受け、活動実態が伴わないというパターンだ。ところが、フードバレー協議会の場合、それとは真逆だという。40代の農家5人からなる運営委員会がけん引役になっているのだ。
「運営委員の方々が、活動を自主的に担ってくださっています。中でも良い取り組みだと思うのが、運営委員の思いから実現に至った、商談会です。県内外の卸業者と会員農家をマッチングする機会を設け、卸と農家の双方から好評で、また開いてほしいと言われています」(長坂さん)
商談会は20年2月と12月に開いた(冒頭の写真は12月の商談会、北杜市フードバレー協議会提供)。農閑期に当たるため、農家は見本の農産物を持参するか、写真や動画を商談の際に示す。商談の合間には、生産者同士の情報交換も、にぎやかに行われたそうだ。参加者からは「取引に向けた具体的な話ができた」「商談以外にも勉強になることが多く、非常に充実した時間を過ごす事ができた」といった声が寄せられている。農家発の商談会の活況ぶりに代表されるように、農家自身が地域課題を解決しようと連携するという、協議会設置の真の狙いに近づきつつあるのだ。
新規就農のフォロー、米粉活用など提案さまざま
やはり運営委員から解決すべき課題として指摘されているのが、新規就農をフォローする体制作りだ。冒頭で述べた通り、同市は就農を目的に移住する人が多い。ところが、新規就農したものの、結局うまくいかず離農したり、再び大都市に戻ってしまったりする人がいる。市で支援は行うものの、地元の成功者や助言者と就農者を結び付け、農家としてしっかり根付ける支援をする必要があるのではとの提案がある。
「運営委員の一部は、自分自身が移住してきて苦労したり、新規就農者を受け入れたりしています。就農者がやめていく、市を離れていくのが歯がゆいという思いがあって、地元農家も市も、協力して定着できるような支援策をと考えているようです」(長坂さん)
企業の農業参入のサポートも考えている。というのも、少なくない企業が農業のノウハウが全くないのに加え、北杜市の風土、適した農業への理解が薄い状態で参入し苦労するからだ。長坂さんは「法人向けにも情報交換や交流の場があれば、新規参入企業も、ここはこういう土地でこういう工夫が必要だと分かるのではないか。協議会がそういう場であってほしい」と話す。
また、年に1度の総会で提案され、目下研究中なのが米粉の活用だ。果樹のイメージが強い山梨県内にあって、北杜市は水田が多い米どころ。収量の多い品種などを米粉にし、いずれ市内や県内の学校給食に提供できないかと考え、米粉麺の試食会を開いたところ好評だった。
「総会の場で、会員から米粉を使った6次産業化を考えているが、どうだろうかと提案をもらったことで検討が始まっています」(長坂さん)
年1度の総会と、毎月開く運営委員会が活発な議論の場になっているのだ。「今の協議会長は、どんどん意見をもらって、参加する人を増やそうという考え方だと思います。会員には、アイデアがあれば、どんどん提案してほしいですね」と長坂さんは言う。
17年当初に想定した、関東圏に向けた輸送の集約の話が進行中だったり、新たに農福連携の可能性を探ったりと、協議会の目的は当初から引き継がれたものもあれば、変化するものもある。ちなみに農福連携は21年2月に研修会を開いたところ、参加した農家2軒と福祉事業所が連携に至った。
協議会の今後について、長坂さんは「多様な会員が180以上いるので、つながりを作り、会員の力を発揮できることを、運営委員と共に考えていきたいですね。農家だけじゃなく、さまざまな異業種が入っている組織というのは、珍しいと思うんですよ。活動次第で、大きな力を発揮し得ると感じています」と期待を寄せている。
※ 情報は2021年3月時点のものです。