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生産調整による廃業危機を乗り越えて。牧場の2代目に大きな決断をさせた言葉とは?

生産調整による廃業危機を乗り越えて。牧場の2代目に大きな決断をさせた言葉とは?

2019年の大嘗祭(だいじょうさい)で奉納されたヨーグルトを作っている牧場として知られる、熊本県合志(こうし)市のオオヤブデイリーファーム。「ガイアの夜明け」などのテレビ番組でも取り上げられ、全国にファンが多い。
しかし昨今の快進撃に至るまでのオオヤブデイリーファームは決して順風満帆ではなく、一時は廃業を考えるほどだったという。
行き詰まった時にどのように考え、どのように方向転換を行ったのか。代表の大薮裕介(おおやぶ・ゆうすけ)さんに話を聞いた。

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受け身のまま、実家の牧場の後取りになった

アメリカの牧場のような雰囲気のオオヤブデイリーファーム

オオヤブデイリーファームの創業は1975年。大薮裕介さんは創業者である父の後を継いだ2代目にあたる。
酪農家としては中規模で、飼育している牛の頭数は3桁に満たないが、現在は社員・パートタイマーを合わせて15人ほどのスタッフが在籍している。生乳を100%使用した無添加ヨーグルトの製造、販売を手がけ、今や全国各地から注文が入る。

大薮さんは大学4年生の時から家業の手伝いを始めたが、ほどなくして苦しい時代がやってきた。
きっかけは、2006年に降りかかってきた生産調整だった。多くの農家が恐れる生産調整は、農作物の需要に比べ供給量が過剰となる状態が続いた時などに、生産を抑制させる政策だ。せっかく作った牛乳が売れなくなる。為替や農政など外部要因にも左右されやすい酪農業界では、過去にも何度か牛乳の生産調整が発生してきた。

大切そうに牛を見つめる大薮さん

廃棄する牛乳は利益にならないどころか「産業廃棄物」の扱いになるため下水にも流せない。
牛を大切に育て、一生懸命作ったものが産業廃棄物になってしまうのは、言葉にできないほど辛い経験だった。
収入が減り続け、30歳を目前にして手取り月給が5万円という月もあったという。

「あなたの商品に、選ばれる理由はあるか」という言葉が背中を押した

飼料用の畑の隣にある牛舎

生産調整の波は、近隣の酪農家にも大きな打撃となった。中には自死を選んだ酪農家もいたという。このままでは、オオヤブデイリーファームも廃業せざるを得なくなるかもしれない。何かできることはないかと考えた。
マーケティングのゼミに通い、マーケットの原理とブランディングについて学んだ。ゼミで牛乳が売れないとこぼした時に、講師から言われたのが「あなたの商品に選ばれる理由はありますか」という一言だったという。
牛乳が売れないというのは言い訳だ。選ばれる理由のある商品を作らなければならない。
牧場の経営を安定化させるためには多頭化して規模を大きくするのが一般的なセオリーだが、それでは「選ばれる」理由にはなり得ない。

牛舎内で飼われているジャージー牛

自分の牛乳はどうしたらおいしくなるのか、どうしたら差別化できるのかと考えた時、ヨーグルトにしようと思いたった。
いきなり自社で生産するのではなく、まずは県内の産山(うぶやま)村の牧場に委託してヨーグルトを作ってもらったという。
その間に1年ほどかけて保健所を説得し、製造許可を取った。使える補助金がなかったが、無利子で600万円だけ借りたという。「月5万円ずつなら返せるなとか、本当にそんなレベルだったんですよ」と大薮さんは笑う。

牛舎の隣にある工房での生産風景

2.5メートル四方の小さな製造室を作った。夕方の搾乳作業を終えた18時頃からヨーグルトの製造に取り組んだ。深夜まで作業をして、明け方4時に発酵のチェックを行う。6時からはまた搾乳が始まる。より良い商品を作るために試行錯誤を重ねた。ハードな生活だったが、とても楽しかったという。

自らヨーグルトを作って売るようになって、お金は感動の対価なのだと痛感した。人の心を動かすには、多くの努力が必要だということも同時に知った。

全国にファンを持つ「半熟よーぐるちょ」

酪農家は、お客様から直接「ありがとう」と言われることが少ない。一生懸命作ったヨーグルトが売れると、選ばれたと感じてうれしかった。そんなお客様からの反響が生きがいになり、創意工夫の原動力となった。出店したマルシェなどで直接集めたお客様からの意見を元に、もっとおいしいヨーグルトを作ろうと試作を重ねた。また、周囲の人にも勧めたいという声を聞き、思わず手に取りたくなるような、そして写真を撮ってSNSなどで発信したくなるような、おしゃれなパッケージをデザインした。

看板商品の「ミルコロ」。2種類のヨーグルトはどちらも2層になっている

オオヤブデイリーファームの看板商品である「ミルコロ」は、小規模な工房だからこそ作れるヨーグルトだ。濃いジャージー乳を小さな発酵機に入れると、クリームチーズのような食感のクリーム層と、とろりと爽やかなヨーグルト層という2層のハーモニーが出来上がる。
大手のメーカーが使う大きな発酵室ではムラができてしまい、ミルコロのような濃いヨーグルトは作れない。

ミルコロの瓶を使った照明。インスタ映えスポットとして人気

瓶詰めした後も発酵は続き、乳酸菌は増え続ける。てんさい糖のすっきりとやさしい甘みが特徴で、数日熟成させて酸味が出てから食べるのが好きだというリピーターもいる。
地道な努力によって他とはちょっと違うヨーグルトとしてファンが増えていき、少しずつメディアにも取り上げられるようになっていった。今では、地元だけでなく東京など全国から引っ切りなしに注文が入る。

同じように悩んでいる後輩たちへのアドバイス

中学生の頃に自身が描いたイラストを元にした看板の前でほほ笑む大薮さん

最後に、何となく農家の後を継いだものの今後どうすべきか悩んでいる人、事業転換を考えている人へのアドバイスを尋ねてみた。
大薮さんは、自分もまだ道半ばだからと照れながらもこう即答した。
「それが本当に好きで、夢中で取り組めることなのであれば思い切って一歩踏み出してみるのが一番。ただし、できるだけ小さく始めること。そして補助金など使える制度は最大限に使って、本気で頑張ること。
私はもともと図画工作が好きで、ヨーグルトの作り込みやパッケージデザインについて何時間でも考えたり調べたりするのも楽しかった。自分の好きなことで、お客様の感動を生めるようにトライしてみてほしいと思います」

前述したとおり、牧場の経営を安定化するためには多頭化するのが最も一般的な方法とされているが、大規模な設備投資が必要になるためリスクも高い。加工品を作る場合も、初めから大きな工場を作るのは危険だ。まずは外部の工場へ委託して試作を重ね、マーケットを知ったりファンを獲得したりしてからでも遅くない。

大薮さんは「農業でも酪農でも他の事業でも同じだが、本気で努力し、動き回っていれば必ず相手にも伝わる」と言い切る。横のつながりを大切にし、人に会う労力を惜しまないこと、SNSを通じた情報収集や発信をすることも大切だ。

おしゃれな雰囲気のショップ。地元からも愛されている

これからの展望は、さらに多くの人にヨーグルトを食べてもらうことだという。
「お客様はもちろん、従業員や近隣の人、そして家族にも喜んでもらえる牧場であり続けたい」。中学生の時に自ら描きおこしたというイラストを元にした看板の前で、大薮さんはほほ笑んだ。

編集後記

大切なミルクを無駄にしないために、小さな牧場で始めたヨーグルトの生産。
生産調整による廃業危機を乗り越え、今では全国から注文が殺到するヨーグルトに成長した。

「考えるきっかけになったから、20代で厳しい時期を経験できてよかったと思う」と笑顔で語る大薮さんは、これから就農する人、事業転換を考えている人にとって指標となるような存在だ。
同じ熊本県民として、オオヤブデイリーファームのおいしいヨーグルトが日本各地で愛されているのはちょっとうれしい。そんな気持ちで牧場を後にした。もちろん、自分用のヨーグルトもたくさん買い込んで。

オオヤブデイリーファーム
https://www.oyabudairyfarms.com/

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