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搾乳は愛~清潔な牛乳と生産性の高さを生む“牛への優しさ”の話~

maruyama_jun

ライター:

連載企画:牛乳は愛

搾乳は愛~清潔な牛乳と生産性の高さを生む“牛への優しさ”の話~

私たち酪農家にとって、売り上げの大半を占めているのが生乳販売です。生乳を搾る作業を搾乳と呼ぶことは皆さんご存じかと思います。しかしその搾乳に対してぼんやりとしたイメージはあるけど、具体的に何をしているのか知らない人は意外と多いのではないでしょうか? 今回はその酪農業の主要業務である「搾乳」を、皆さんに紹介していきたいと思います。

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搾乳手順

モノやコトを相手にわかりやすく伝えるとき、私はよく例え話を使います。少し強引ですが、「搾乳」は他の農業にとっても一番大切な「収穫作業」です。手塩にかけたジャガイモやニンジン、タマネギを、畑から収穫するのと同じように、私たちは毎日丁寧に生乳を搾っています。え? あんまり例えがうまくない? クリームシチューが食べたくなった? 私はカレーが食べたいです。カレーに牛乳って合いますよね。

搾乳作業は大きく4つに分けられます。「殺菌と病気予防の為の消毒」「異常発見と刺激の為の手搾り」「乳頭清拭(せいしき)」「ミルカー(搾乳機)装着」です。順番や機械、細かい方法は農家によってさまざまですが、この4つに関してはほとんど共通しています。

搾乳場に牛を追い込む

プレディッピング(殺菌と病気予防の為の消毒)

まずは牛をミルキングパーラー(搾乳場)に呼び込みます。牛が後ろ足をこちらに向け、乳房に向き合う形で搾乳スタートです。私が経営する朝霧メイプルファームの場合、最初に「プレディッピング」を行います。ディッピング剤が乳頭に付着した汚れに含まれる環境性病原菌を殺菌します。

前殺菌剤をつける

プレディッピングの様子。牛の乳首に消毒液をつける

前搾り(異常発見と刺激の為の手搾り)

その後、手で搾る「前搾り」を行います。プレディッピングの前に前搾りを行う農家も多くいます。
わざわざ機械で搾るのになぜ手で搾るのか、これには2つの重要な意味があります。1つは異常発見です。栄養たっぷりのミルクを含んだ乳房では、わずかな雑菌が侵入するだけですぐに繁殖してしまいます。それが炎症につながり生乳の品質を落とします。牛も苦しみを伴い、その症状は「乳房炎」と呼ばれ、多くの酪農家と牛を悩ませています。乳房炎になると生乳の色が薄くなる等、搾った生乳に異常が表れるので、前搾りにはそれを発見するという目的があります。

前搾り

前搾りと同時に、足についた汚れを落とす

もう1つは搾乳刺激です。搾乳機はストローのように乳房内の乳を吸っているものだと思っている人、いませんか? 実は全っ然!違います。えっ、そんなことも知らなかったの? ……でもまあ安心してください、私も23歳まで知りませんでした。牛は刺激を得てオキシトシンという名の射乳ホルモンが分泌され、それによって生乳が内から外へあふれ出すのです。そのために刺激が重要なのです。

オキシトシンによって膨らんだ乳頭

オキシトシンによって膨らんだ乳頭

乳頭清拭

続いては清拭です。メイプルファームでは乳頭とその周辺に対して、機械を用いて拭き取ります。カップ内の乳頭に当たる先端ブラシと、側面部にあたるブラシが回転することによって乳頭がきれいになります。

乳頭を清拭する装置

乳頭を清拭する装置

多くの酪農家は牛が寝起きする場所でかがんで搾乳作業をするため、このような清拭装置は一般的ではありません。ほとんどの場合、殺菌された清潔なタオルを使って丁寧に乳頭を拭き取ります。

乳頭に装置を押し付けるようにして洗う

乳頭に装置を押し付けるようにして洗う

ミルカー(搾乳機)装着

ここまでの作業を経てようやくミルカーを装着します。ミルカーシステムの機能について詳しく説明するには膨大な文章量を必要としますので、ごく簡単に説明します。

シューッとした真空がくわっくわっとなってしゅばばっと乳が出るんだがや! 詳しくはネットで検索するじゃが! ほなまた!

……編集部から怒られるのでもう少しだけ説明します。搾乳機の中でも乳を取り出す部分をティートカップといいます。カップは二重構造になっており、外側は硬い材質ですが、内側の乳頭に直接触れる部分はライナーといい、ゴムやシリコンでできています。乳頭に装着されたライナー部分が真空になり、乳があふれ出ようとする乳頭部分との圧力差によって乳を吸い出しています。

乳頭に直接触れる部分がライナー。それを包むティートカップ

乳頭に直接触れる部分がライナー。それを包むティートカップ

生乳の流量は装置によって計測され続け、機械がこれ以上は搾らないほうがいいと判断すると自動的にミルカーが外れます。最後は乳頭にディッピングを施すことで、搾乳で開いた乳頭口から雑菌が侵入することを防ぎます。

始めの消毒剤と最後の消毒剤

始めの消毒剤(右)と最後の消毒剤(左)。濃度がそれぞれ違う

搾乳におけるポイント

搾乳におけるポイントは3つあります。

「快適な搾乳時間を牛に提供すること」
「清潔な生乳を搾ること」
「牛を病気にしないこと」

この3つが達成できていれば、良い搾乳と呼ぶにふさわしいと思います。清潔な生乳が消費者にとって重要であることは言うまでもありません。品質の低い搾乳作業は牛を病気にもします。また、快適な時間を牛に過ごしてもらうことが、搾乳品質の向上に大きく関わってきます。最後はやっぱり思いやり、愛なのです!

搾乳場で牛がこちらを向いている写真B

快適な搾乳時間を牛に提供すること~やさしく、やさしく、やさしく!~

大切なことなので3回言いました。本当は4回言いたいくらいです。搾乳はとにかく「優しさ」が大切です。先ほど前搾りが刺激となり、射乳ホルモンであるオキシトシンを分泌させると述べました。このオキシトシン、別名「愛情ホルモン」や「幸せホルモン」とも言われ、私たち人間をはじめとする動物、女性だけでなく男性にも存在します。その通称どおり、安らぎを感じているときに分泌されるとも言われています。
牛が興奮している状態ではオキシトシンは分泌されません。よって乳もわずかな量しか出ないのです。牛が安らぎを感じて、初めて搾乳は成り立ちます。なので牛に恐怖を感じさせることはもってのほかです。

メイプルファームの場合、牛に恐怖を与えないために、搾乳場では声を上げて牛を追うことを禁止しています。牛が立ち止まっても、牛の足を触って進行を促すのみです。搾乳経験のない若い牛には特に気を使います。一度パーラーが怖いところだと認識すれば、生涯にわたって暴れ続けてしまう牛もいます。

牛が止まった時は足を軽くタッチ

牛が止まった時は足を軽くタッチ

かつてメイプルファームでは、立ち止まって進まない牛を、棒のようなもので叩いて追い立てていたことがありました。その頃は搾乳中多くの牛が暴れ、ミルカーをつけようとしても叩き落されるようなことは珍しくありませんでした。

その後新しく作られたメイプルファームの搾乳マニュアルには、「前搾りの前に足を軽くタッチする」と明記されています。牛からは搾乳作業を見ることはできないので、搾乳の前に「今から搾るよ」と知らせるためです。牛だって突然乳頭をつかまれたらびっくりしてしまいますよね。これは例えるなら、背後から突然誰かに耳たぶをつかまれるようなものです。え? わかりにくい? では各自敏感な場所を想像して補ってください。

いい搾乳場では牛たちは足をバタつかせず、リラックスのサインである反すう(口をモグモグと動かしている状態)をしている風景を見ることができます。

清潔な牛乳を搾ること~きれいな搾乳でキレイな牛乳~

搾乳作業で気を使うのは衛生管理も同様です。乳頭が汚れていればそれだけ生乳が汚染されます。消費者に安心で安全な牛乳を届けることは私たちの最大の使命です。
一方で牛にとってもきれいな搾乳は重要です。先ほども述べたように、乳房炎は外部から雑菌が侵入することで起こります。搾乳場では足についた汚れをシャワーで洗い落としながらキレイな状態で搾乳ができるように心がけています。

ミルカ―を洗う従業員

牛を病気にしないこと~搾乳が牛の健康につながる~

牛がオキシトシンを分泌していない状態でミルカーを装着すると、内からの力がないため、過剰な圧力が乳頭口にかかります。そうすると乳頭口が傷つき、普段は閉じているはずの穴が常に開いたような状態になってしまいます。雑菌の侵入は容易になり、その牛は乳房炎になりやすい牛となってしまいます。

搾乳は牛への奉仕?

搾乳は牛に対するサービスでもあると思います。牛を優しくお迎えし、汚れを落とし、乳房の張りを解消させ、満足して帰っていただく。

それは人に例えるなら……、例えると……。

あんまりいい例えが思い浮かびませんでした。――いや、そもそもなんでも人に例えるのって、牛の生態を尊重していない感じがするし、すごく傲慢で、よくないと思います!

ところで「搾乳」ってネーミングどうなんでしょうかね。この記事を読んでくれた人は、搾乳とは人間が生乳を機械などで吸い出す行為だけではなく、牛自らにも出してもらう「共同作業」だということがわかっていただけたと思います。
そうなると「搾」ってなんか違くないですか? 英語では搾乳は「ミルキング」と言います。ここは直訳で「乳(ちち)り」でどうでしょうか? 動詞で言えば「乳る」でしょうか? 気に入っていただけたら使ってもらっても構いません。私はなんだかバカみたいなので「搾乳」と呼び続けますけど!

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