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牛乳は愛~牧場で牛と酪農家の良い関係を作る2つの成分の話~

maruyama_jun

ライター:

連載企画:牛乳は愛

牛乳は愛~牧場で牛と酪農家の良い関係を作る2つの成分の話~

酪農は個人農家の占める割合が多く、多くの人が抱くイメージも「夫婦や親子だけで営む牧場の風景」ではないでしょうか? しかし近年は農場の大規模化に伴い、法人牧場も確実に増えています。牧場を「会社」として経営すること、「組織」として運営することを、読者の皆さんに、わかりやすく、面白く!紹介していきたいと思います。
今回は私が経営する朝霧メイプルファームを成長に導いた「牛乳は愛」という言葉の意味をひもといていきます。

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牛乳は愛

初めまして。富士山の麓・静岡県の朝霧高原にある朝霧メイプルファーム代表取締役社長、丸山純です。私は父親の経営する牧場に就職して10年になりますが、入社当時は苦労の連続でした。それというのも、農家の長男として生を受けたのにもかかわらず、23歳まで牛を触ったことがほとんどなかったからに他なりません。大学も一般学部に進学し、なんの経験や知識も持たずに就農した私。ついでに覚悟もなかったので、最初の1週間は搾乳中牛に蹴られるのが不安で、ストレスでお腹を壊したほどです。

しかしその「無知」こそが、かえって従来の酪農の形式にとらわれない、自由な発想で職場環境を改善できたことの一因ではないかと、今振り返ると思います。そのポイントは「牛乳は愛だ」と気づいたことにありました。

私が入社した当時、朝霧メイプルファームは法人牧場として設立されてまもなく、職場環境が整備されておらず、内情はひどい有様でした。シフトが存在せず、役割分担もあいまいで、指示系統というものも機能していませんでした。問題を一言でいえば、「リーダーの不在」です。私の父は財務や事務作業を一手に引き受け、現場の管理まで気を配る余裕はありませんでした。そのような状態ですから、スタッフの会社に対する忠誠心は皆無で、牛との関係も非常に悪いものでした。働いていて面白くない、やりがいを感じないのに、牛に優しくできるはずがありません。何も当時のスタッフを非難しているわけではありません。繰り返すようですが、そこにはスタッフをケアし、適切に導くリーダーがいなかったのです。ここに個人酪農家から、法人牧場に移行する際の最初の大きな壁があるように思います。

ところで突然の質問になりますが、この文章を読んでいる皆さんは、牛乳の成分ってご存じですか?
カルシウム? 乳脂肪? たんぱく質? ビタミン?
残念。
実は牛乳はたった二つの成分でできているんです。

一つ目の成分、それは「愛」です。

そしてもう一つの成分、それも「愛」、なのです。

「えっ! なにこのひと、アホちゃう?」と記事を閉じ、牛川いぬおさんの漫画を読みに行こうとしたあなた、お待ち下さい。ギスギスした愛情のかけらもない牧場で、みじめに働いていた私が、今では堂々と「牛乳は愛」と発言できるまで成長することができました。その愛の秘密をぜひ紹介させてほしいのです。

牛乳の一つ目の成分、「スタッフの愛」とは

一つ目の愛、それは「スタッフの牛に対する愛」です。

メイプルファームにとっての「牛への愛」とは、ペットをいとしむ感情とは別の種類の愛情です。もちろん牛はかわいいです。私たちはそもそも牛のことが好きで働いています。反面、搾った生乳を出荷してこそ成り立つ、れっきとした商売でもあります。

牛は不健康になるとそれだけ生産効率が下がります。牛の健康をひたすら目指し続けることは、生産活動においても理にかなっているのです。牛の健康こそが、私たちの至上命題なのです。そのために牛を大切にすることは「愛」と言い換えられるのではないでしょうか?

農場から見える富士山

牧場入り口からのぞむ富士山

かつてのメイプルファームのスタッフは、牛と敵対していました。牛を搾乳場に導く際、立ち止まった牛のお尻を棒で打つことが常態化していたのです。当時のスタッフも決して悪意があったわけではなく、そのほうが効率がいいと思っていたのです。

私は前述した通り23歳まで牛に触れたことがなかったので、とにかくいろいろと知識を得ようと獣医師やコンサルタントの指導を受け、多くの酪農牧場へ見学に行きました。おかげで牛と人はもっと良好な関係性を築くことができると、学ぶことができました。へっぴり腰で搾乳をして、人にも牛にもなめられていた私も、経験を積むことで徐々にリーダーとして成長できたように思います。牛が好きな優しいスタッフを積極的に雇用し、同時にスタッフ全員が牛に優しくできるよう、さまざまなルールを整備していきました。牛が苦痛に感じることを極力排除するという考えのもと、今では棒で打つことはおろか、牛を追うときは手で押す、あるいは手振りや舌打ちなどで注意を促すことしかしていません。ストレスを考え、声を使って牛を追うことすらやめたのです。棒で牛を叩いていた頃に比べると大きく成長したと、しみじみ思います。

スタッフの愛を支えるマニュアルを作りまくる

牛にストレスを与えない飼養方法などをすべてマニュアル化することで、私たちは牛への愛を実践しています。
知識や経験に乏しい若い集団だった私たちは、作業をすべてマニュアルとして保存していきました。絶対的なリーダーがいない分、作業方法はみんなで決めて、それを共有する必要があったのです。

最初に作ったマニュアルは搾乳マニュアルでした。搾乳はただ機械を乳頭につけるだけの作業ではありません。手で搾り、乳汁の異常を確認し、乳頭をきれいにし、消毒液をつける。さまざまな工程があり、そのすべての回数や時間を明文化しました。他にも餌づくりの工程表や、牛が体調不良になった際の対処をする方法、そもそも体調不良とは何なのかを定義するための条件付けなど、細かくマニュアルを作成していきました。

マニュアルのない作業は存在しないことを目標に、何年もかけてひたすら作り続けました。今ではファイル数283個のマニュアルが存在しています。もはやマニュアルを作る余地すらなくなってきたので「トイレ掃除」のマニュアルを作ったほどです(実話)。

「そんなにたくさんのマニュアル、いちいち印刷して全部覚えるなんて無理でしょ。きっとこの文章全部うそに決まってるわ。あーもういや! こんな記事読むのやめたい!」そんな風に感じたお嬢さん、ちょっと落ち着いてください。メイプルファームではマニュアルを印刷せず、暗記することも推奨していません。マニュアルは全てネット上に保存され、従業員は仕事中にわからないことがあればスマホで検索するようなシステムが構築されています。

個人で管理している分にはマニュアルなど必要ないかもしれません。職人かたぎの諸先輩方に「仕事は目で盗むもんだっ! 喝っ!」と怒られそうです。しかし私は「だってだって、そのほうがいいんだもん!」と言うしかありません。人が増えるにつれ、おのおのが違うやり方をしていたら安定的な管理は望めなくなるように思います。マニュアルがなければ、引き継ぎもできず、教育も困難です。組織として運営していくには共通認識と均質化されたオペレーションが必須になっていくでしょう。それがひいては牛の健康につながっていくのだと信じています。

仲良しの牛とスタッフのツーショット

スタッフの仲良しの牛とツーショット

牛のためにスタッフができることを増やす

牛を飼うことには、特殊な技能を多く必要とします。個人牧場主がその多忙な一日においてさまざまな仕事をこなすのは大変です。搾乳や掃除、餌づくりや哺乳はもちろんのこと、牛の調子が悪くなればケアをし、出産にむけた繁殖活動も重要です。それらの作業の多くを個人酪農家の人たちが外部委託する一方で、メイプルファームでは、できるだけ外部の力に頼らず、自分たちでできることを増やし続けることをモットーにしています。
なぜなら、外部に依頼すると必要な処置をするまでにどうしても時間がかかり、その間、牛に余計なストレスを与えることにつながるからです。

一つにひづめのケアがあります。牛は600~700キロある体重を僅かな面積のひづめで支えています。そのひづめに人の爪の先ほどの亀裂が入るだけで体重が重くのしかかり、牛は強烈な痛みを感じます。患部を覆うひづめを削ってあげることで痛みは改善するのですが、その作業は削蹄(さくてい)師と呼ばれるプロ、あるいは獣医師が行うことが通例です。この削蹄業務を実行できるスタッフが、メイプルファームでは全スタッフの半分を占めています。12人いるスタッフのうち女性を含む6人が、日々技術の研さんに励んでいます。

枠場で蹄を削るスタッフ

「枠場(わくば)」で牛を拘束し、グラインダーでひづめを削る

そこには牛の痛みを可能な限り早くとってあげたいという気持ちがあります。外部に依頼をするとそれだけ処置までの待機時間が長くなります。メイプルファームでは足の痛そうな牛を見つけたら24時間以内に処置をする体制を整えています。昔は処置が遅いために深刻な症状に陥る牛が数多くいましたが、今ではみな軽症ですみます。

また繁殖活動も同様です。牛は出産を契機に乳生産が始まります。妊娠できなければ牛乳を出すことはできません。繁殖活動は牛が長く牧場に暮らすために重要な分野です。通常は獣医師や授精師に依頼することが多い特殊な技能ですが、削蹄同様、今では半分以上のスタッフがこの授精を行うことができます。自分たちで繁殖活動を行うことによって、牧場に常駐するスタッフが常にベストなタイミングで繁殖活動を行うことができます。また、自分たちでやることで知識も増え、責任感も増します。実際に昔に比べ、繁殖の成績は大きく向上しました。

ついでに言うと、自分が授精を行った牛が妊娠するのって、めっちゃうれしいです。心の中で「こいつはオレの嫁……」と思っているとか、いないとか。心なしか私に対する表情も柔和になるような気がするとか、しないとか。

牛乳の二つ目の成分は「お母さん牛の愛」

さて、二つあるうちのもう一つの愛ですが、それはずばり「母牛の愛」です。

そもそも本来牛乳は子牛の子育てのために生み出され、私たちは余った牛乳を分けてもらっています。子牛はたったの40キロ程度で生まれ落ち、はじめのうちは1日1キロ程度のペースで体重が増え、最終的には600~700キロまで大きくなります。その成長に欠かせないのが牛乳に含まれる、カルシウム、乳脂肪、たんぱく質、ビタミンに代表される豊富な栄養素です。

子牛の成長を促す栄養素、それを愛といっても過言ではないと思います。そこには子供に立派に育ってほしい、そんな願いが込められているように思います。牛乳には、「私たち牧場スタッフの愛」、「母牛の愛」、二つの愛がたっぷりと含まれています。酪農業はそんな愛情たっぷりの牛乳をみんなに届ける、大切でやりがいのある仕事だと思っています。給食に牛乳が欠かせないのも、成長期にある子供達にとって必要な栄養がたっぷり含まれているからです。

生まれたての仔牛


どうですか、二つの愛の秘密、納得していただけましたか? 「アホちゃう?」が「ハハ、おもろ」くらいに変わってくれていることを願います。

「牛乳の成分ってご存じですか?」
冒頭で皆さんに投げかけたこの質問、実はメイプルファームが採用セミナーで必ず最初にする質問なんです。この質問の答えを聞くと、大抵の学生は笑ってくれ、その後納得してくれます。この記事では、その企業秘密ともいうべきテクニックを惜しげもなく披露させていただきました。酪農家の皆様、使用許可など野暮なことは言いません。どうぞ「二つの愛」というフレーズを自由に使ってください。なぜなら、愛に著作権などないからです。すべての酪農家が、牛に対して愛情をもって接していると信じています。

メイプルファームが大切にしていること

かつての殺伐としていた牧場と一番変わったところ。それは会社としての行動指針が牛への愛によって決まるようになったことです。会社が従業員を大切にし、従業員が牛を大切にする。当たり前のようですが、それが従業員がのびのびと成長し、組織として円滑なコミュニケーションを行えることの出発点であるように思います。皆さん、これから牛乳を飲むときは、二つの愛のことを思い出してくださいね。

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