繁殖成績は健康の指標
酪農牧場の経営状況を評価する際、さまざまな指標で判断することができます。一番わかりやすいのが、出荷乳量です。原則、出荷量が多いほど売り上げが増えます。
では乳量が多いほど安定した牧場かというと、必ずしもそうではありません。搾乳量を求めるあまり、牛にムチ打つような飼養管理を行えば、疾病という形でしわ寄せがやってきます。
「牛の健康」
その上に成り立つのが安定した経営といえるでしょう。
健康は一見数値化しにくいもののように感じますが、実は繁殖成績こそが、牛の健康を表す大きな指標なのです。それはどういうことでしょうか。
哺乳動物のエネルギー利用の優先順位は、以下のような順番が一般的です。
1番目:自身の生命維持
2番目:哺育(泌乳)
3番目:繁殖
牛の意思にかかわらず、優先順位が最も高いのは自身の生命維持です。病気やケガをしているとき、牛はまずその治癒に全力を注ぎます。仮に生死をさまようような状況であれば、牛は生乳をほとんど分泌しなくなります。乳生産に利用するエネルギーを惜しんで、自身の回復に努めるからです。
そして疾病もなく、健康的な状態が維持できていれば、生まれた子牛がすくすくと育つように、乳生産にエネルギーを割くことができます。
泌乳現象とはつまり、自身のエネルギーを乳に変換し、外へ排出することです。それであってもなお健康が維持できる、つまりエネルギーバランスがマイナスにならず、蓄積できるほど余剰があって初めて、繁殖が可能となるといわれています。
「自分が健康でなければ、子牛を養う余裕を持つことはできない」
「子の哺育(泌乳)をしながら健康を保つことで、さらに次の子を産む準備ができる」
こういう言い方をすれば理解しやすいでしょうか。もちろんこれはあくまで基本であって、すべてに当てはまるわけではありません。
結論としては、「繁殖がうまくいっている牧場には健康な牛が多い」。そういうことです。
繁殖成績を良くするためには
牛は出産を契機に泌乳活動が始まり、子牛の成長に合わせてその泌乳量は逓減してきます。妊娠できなかった牛は、いずれ淘汰(とうた)の対象となります。そのため、妊娠をし、出産をすることは牛が長く牧場に居続けるためにも大切なことなのです。
では、どのように管理すれば、牛は妊娠してくれるのでしょうか。健康であることが重要だとは前述したとおりです。えっ? どう管理すれば牛が健康になるか? そんなの簡単ですよ。愛です。愛しかありません。
愛について詳しく知りたい人は、今までの連載「牛乳は愛」シリーズを読んでみましょう。牛を健康的に飼うヒントが記されているはずです。記事を読んだらSNSで好意的な感想を拡散し、賛辞を並べた便りを、マイナビ農業編集部に出してみるのもいいでしょう。
そこに書籍化希望と添えられたとしても、私は悪い気はしません。編集部の冷たい視線を感じたので、冗談はこれくらいにしておきます。
大前提である健康以外で、重要なこと。今回は以下の3点を紹介します。
・発情発見率を上げる
・適切な繁殖治療を行う
・受胎率を上げる
発情発見率を上げる
牛はおよそ21日周期で発情がやってきます。発情がくるとメスの牛はある種の興奮状態になり、普段とは違うさまざまな行動をとります。ほえるように鳴いたり、そこら中を走り回ったりします。
これは私が多感な中学生だったころ、叫びながらやみくもに森の中を走ったりしたことに、似ているかもしれません。やっぱり全然違いますね。
最も発情だと確信できる行動が、他の牛に乗駕(じょうが)、いわゆるマウンティングをされても逃げずにじっとしている状態です。他にもさまざまな判断材料がありますが、目視で確認するためにはしっかりと牛を観察する時間が必要です。
一方大規模農場では飼養頭数が多く、すべての牛を見ることが難しい場合もあります。そこで、目視で発情を発見する代わりになるのが、「発情発見装置の活用」です。
かくいうメイプルファームでも「U-motion(ユーモーション)」という機器を活用して発情発見を行っています。牛の首につけられたセンサーが、その牛の採食時間や反すう時間、横臥(おうが)時間や起立時間などさまざまな要素で判断し、AIが牛の行動を分析することによって発情発見を可能にしています。

U-motionの実際の画面。AIが牛の行動を解析し、発情を判断。グラフ上で赤を超えた部分が発情のピーク。画面上でお知らせしてくれる

上画面と同じ牛の行動データ。反すうの時間だけ抜き出した図。画面右側、一部グラフが欠損しているようにも見えるが、発情中は興奮状態にあり、ほとんど反すうをしていない
21日間の周期のうち、発情の行動を見せるのは半日~1日のみで、それを逃すと発情の機会を長く失うことになりかねません。発情を確実に発見することが求められます。
適切な繁殖治療を行う
まめな観察や、発情発見装置を利用し、すべての発情を見逃さなかったとしても、繁殖成績が向上するとは限りません。そもそも授精可能な状態である発情がこなければ、発見も授精もできません。
分娩後日数が経過しても発情がこない牛や、何度授精しても妊娠しない牛を繁殖障害といいますが、その原因は多岐にわたります。繁殖の分野は非常に専門的であり、私の浅い知識ではとても説明しきれません。
ここでは技術的なことは割愛しますが、結局のところ自分の農場に合った対策を、信頼のおける獣医師や技術者に相談するほかありません。誰の助力も無しに繁殖をコントロールできているのでなければ、誰かに相談すること以外に道はないように思います。
ただ、相談するにしても相手と状況を共有するための根拠が必要であることは間違いありません。
前述したU-motionは、発情発見装置としての機能もさることながら、データ管理においても機能を発揮します。

牧場で飼養する牛が分娩後何日で初回の授精を行ったか表している図
この図では、初回の授精が分娩何日後に実行されているかを視覚的に把握し、牧場の傾向をとらえることが可能です。例えば初回授精が全体的に遅い場合、早めの繁殖検診を行うなどが必要となっていきます。
また、どの繁殖治療が効果的か、受胎率(授精成功率)をグラフで見ることも重要です。効果の高い繁殖治療を選択する為に、データ分析は必須です。

どの処置が一番成功率が高いかを表したグラフ。他にも授精した人別、分娩日別、牛の分娩回数別など、細かく分析することができる
U-motion以外にも繁殖管理ソフトはいくつもあるので、牧場に合ったサービスを選択してください。
受胎率を上げる
人工授精を行えば必ず受胎(妊娠)するかといえば、そうではありません。一般的な受胎率(妊娠した牛を授精回数で割ったもの)は3割から4割ほどです。では受胎しなかった牛はどうなるかというと、次の発情で再チャレンジをします。これはいわば4割当たるクジを何回も引くことができるようなものです。
およそ21日周期で訪れる発情の度に授精を行い、いつの日か妊娠することを気長に待てばいいかといえば、そうとも限りません。分娩してから泌乳量は80日ほどでピークを迎え、そこからは日々減少していきます。そのため乳量が減りすぎてしまう前に分娩させ、次の乳期へ移行する、というのが基本です。早く妊娠してくれればそれだけ生産効率が上がります。
ではどうやって受胎率を上げるかといえば、まずは授精技術の問題をクリアすることです。
今では自在に精液注入器を操る授精マスターとなった私ですが、始めたころは苦労したものです。これは経験した人にしか分かりようがありませんが、授精技術の習得はなかなかに大変です。直腸から手を入れ、腸越しに頸管(けいかん)という子宮につながる筒状の部分をつかみ、陰部から挿入した注入器を子宮まで通すわけです。
最初は確かに大変です。しかし授精技術は自転車の運転のようなもので、一度習得してしまえば、一生の技術になります。だから朝霧メイプルファームではほぼ全員のスタッフに授精を覚えてもらっています。
授精は思いやり
最後は愛、思いやりです。これは科学的かつ論理的な話ですが、やさしさ、チョー大事。牛を乱暴に扱ってしまっては、受胎率はぐっと下がるでしょう。授精する過程で母牛の体が傷つけば、受胎率は落ちます。
また、雑に授精をして汚れを子宮内に持ち込んでしまっても、受胎率は落ちます。清潔に管理した道具を用い、丁寧に授精してあげれば受胎率はきっと上がります。
やっぱり自分が授精した牛が妊娠するのってうれしいです。
牧場内を歩いていて、自分が受胎させた牛にばったり会ったりすると「あ、マルヤマ君……元気?」みたいな顔をされます。
私は「元気だよ。ウシ美の方こそ、元気かい?」みたいな顔をします。
みんなにもこんな気持ち、味わってほしい。将来の就職を考えている人は人工授精師を目指すのもいいですし、私のように資格がなくとも自身の農場内で授精を行うという道もあります。興味を持ったあなた、まずは獣医さんに相談してみましょう!