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カウハンドリングは愛~マニュアルと環境整備で牛も人も安全になる話~

maruyama_jun

ライター:

連載企画:牛乳は愛

カウハンドリングは愛~マニュアルと環境整備で牛も人も安全になる話~

言葉の通じない牛を、正しい方向に導くこと。体の重い牛と安全に接すること。牛の不調を行動から見つけること。これらはすべて人間側の牛の扱い方、つまり「カウハンドリング」にかかっています。初めて牧場で働く人には、まずこのカウハンドリングに慣れてもらう必要があります。一方、酪農未経験者に早く、正確にカウハンドリングを伝えるためには、マニュアルの整備が重要です。私の経営する朝霧メイプルファームを例に、一緒にマニュアルの大切さを学んでいきましょう。

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新人がカウハンドリングを知らずに現場に出るのは危険

この春、新しいスタッフが農場で働き始めた牧場も多いのではないでしょうか? 新人が最初に覚えなければならないのは、牛の扱い、カウハンドリングです。
知識も経験もないまま農場に入り、カウハンドリングを知らないために牛にケガを負わせてしまった。もしくは自分がケガをしてしまった。そうならないためには必須の技術です。従業員雇用が当たり前になった今の時代、マニュアルや環境の整備は雇用主の責任となっていくでしょう。
今回の話は農場、あるいは酪農関係会社に入社した新人に合わせ、誰でもわかる話にしなければなりません。そんな時、ルーメンの回で登場したライターからまた連絡が来て「カウハンドリングを教えてほしい」というのです。経験のない彼らと、一緒に学んでいきましょう!

この度は私たちにカウハンドリングをご教授いただけるとのことで、大変幸甚に存じます。謹んで承ります。

ライター

丸山

ずいぶんかしこまってますね。カウハンドリングを教えてほしいなんてどういう風の吹き回しですか?
前回、丸山さんから陰湿な小言を言われ、私も嫌々ながらアルバイトを始めたんです。せっかくだから酪農牧場に入ったんですけど、1時間でクビになってしまいました。牧場主に「牛の扱いがなっていない!」って怒られたんです。

ライター

丸山

なるほど。それで礼儀正しくしていたんですね。まだだいぶ失礼ですけど。
具体的にどんな失敗をしたんですか?
牧場に入ってすぐに、牛と友達になろうと思って元気に挨拶したら牛が急に走り出したんです。僕は牛がかけっこで遊んでほしいのかと思ったので追いかけたんですよ。

ライター

そしたら牧場主に怒られました。

ライター

丸山

確かにダメの見本のような行動ですね。
そうですか? そのあと牧場見学をさせてもらっていたら、牛のすぐ後ろを歩いているときに牛が突然バックして、足を踏まれたんですよ。それがかなり痛くて、心が折れました。やる気がなくなったことは否めません。

ライター

丸山

うーん……。なるほど。それでクビになったんですか? 正直に言いますが、今の話を聞いて、ライターさんだけの問題でもないように思います。
えっ! かばってくれるんですか? 意外です。
そこまでは、まだよかったんですけど、牧場主に牧場の感想を聞かれて、「建物は老朽化してみすぼらしいですけど、牛はきれいでいい牧場ですね」って言ったら、もう帰っていいよって……。言葉のギャップを利用して褒めたつもりなんですけど、裏目に出てしまいました。

ライター

丸山

やっぱりライターさんに問題がありました。でもこうして反省し、勉強しようとする意欲は認めましょう。

なぜ危険なのかをしっかり教える

丸山

カウハンドリングにおいて、絶対にやってはいけない行動は何だと思いますか?
この牛おいしそうだなあって考えながら牛と接するのは、やっぱりよくないっス。でもどうしても考えてしまうっス。口から出ているのは、タン。あそこはヒレ。ここはカルビ。どうしても考えてしまうっス!

助手

丸山

助手さん、こんにちは。今日もどうかしてますね。カウハンドリングは繊細な行為なので、雑念は捨てて集中しましょう。
カウハンドリングにおいてのタブーに、牛を驚かせ、走らせることがあります。
走ればそれだけ転びやすくなります。
滑りやすいコンクリートの床で牛を飼養している場合、牛が転ぶことは牛の命にかかわる大事故につながりかねません。
私たちだって転んだらケガをします。体重の重い牛は、転倒が脱臼や筋断裂などの深刻な障害を招くこともあります。そうなった牛はもう牧場で飼養することはできません。
そんな! 転ぶだけで命に関わるなんて。

ライター

足以外は健康なのに、牧場にいられなくなるなんてかわいそうっス。

助手

丸山

そうです。健康な牛を廃用にすることほど悲しいことはありません。だから牛を走らせないこと、転ばせないことは、最も大切なことの一つです。
ライターさん、なんで牧場主に怒られたか分かりましたか?
……大きな声で、牛を驚かせたこと。牛を追いかけたことです。牛を危険にさらしてしまって、反省してます。

ライター

丸山

分かってもらえてよかったです。もう一つ重要な話があります。

それは、人がケガをしないことです。ライターさんは足を踏まれました。痛かったですよね。運が悪ければ骨折しても不思議ではありません。
牛とは適切な距離を取り、危険な状況を回避するための行動と準備が必要です。

カウハンドリングで大事なことは、人も牛もケガをしないことです。

牛の特性を教えることで安全性が高まる

丸山

牛たちから見てライターさんは、どのような存在だと思いますか?
いい大人なのにアルバイトもろくにできない、ごく潰しでしょうか?

ライター

丸山

そんなに卑屈にならないでください。

牛はきっとライターさんが怖かったんだと思います。
ライターさんだって初対面の相手は緊張しますよね。牛も見慣れない人間には警戒します。そもそも草食動物である牛は臆病な生き物で、人間を怖がるのが普通です。人間はどちらかといえば肉食動物ですよね。自然界において本来は敵対関係にあるんですよ。
自分、肉だけじゃなくて野菜も食べるっス! 今朝もコロッケ食べてきたっス! 牛も心を開いてほしいっス!

助手

丸山

コロッケで菜食を語らないでください。怒られますよ。

臆病なこと以外にもさまざまな特徴があります。例えば目が横にあるので視野は広いですが、真後ろは死角になります。
ライターさんは後ろに下がる牛に足を踏まれましたが、真後ろに立つのは危険です。牛の近くに足を置くことはなるべく避けた方がいいです。
真後ろは死角。斜めから近づく

真後ろからではなく、牛に自分の存在を認識させながら、斜め後ろから近づくことを示したマニュアル

なるほど……。僕が牧場で気を付けなければいけないポイントはたくさんあったんですね。それなら初めに教えてもらいたかったですね。あっ、こんなこと言うとまた丸山さんにネチネチと小言を言われますね。すみません。

ライター

丸山

……。
他にも、牛には非常に強い集団帰属意識があり、1頭が走り出すと他の牛全てがつられて走り出したりもします。なので、1頭の牛も走らせないように神経を使わなければいけないんです。
集団行動をとる牛たち。一斉に餌を食べている

牛は一斉に餌を食べ、一斉に休みます。他の牛の行動をまねる、その性質を理解しておきましょう

マニュアル化の大切さ~酪農業界も変わっていこう~

丸山

どうですか? 牛の扱いにもいろいろなポイントがあって、覚えるべきルールのようなものがあるんですね。
ラーメン屋にもルールはあるっス。一人だけ“代表待ち”して後から友達を合流させたり、行列を乱して近所の住人に迷惑をかける人は許せないっス。麺大盛ヤサイアブラニンニク全マシしておいて、結局大量に残す人も最低っス! マナーがなっていないっス!

助手

丸山

何を言ってるのかは全然わかりませんが、マナーが大事というのはその通りです。カウハンドリングもある意味「牛とのマナー」で、マニュアル化しにくい、「思いやり」みたいなものなんですよね。
それでもやっぱりマニュアルがあったほうがいいんじゃないですかね~。言葉にしにくいとしても~。あっすみません。小言はやめてください。

ライター

丸山

ライターさんの言うとおりだと思います。私もそう思います。
!?

ライター

丸山

最初にカウハンドリングの指標や指針があるのとないのでは、スタッフの成長に大きな違いが生まれます。昔は個人酪農家が主流で、牛の扱いは経験によって学ぶものでした。牛が走れば反省し、自分がケガをすれば痛みで覚える。

でもこれからの時代、牧場が従業員を雇用する中で、今までと同じではだめだと思います。大切なのは、牧場に訪れるすべての人、牛が、事故やストレスなく過ごすことです。新人だろうが、見学者だろうが、それは同じです。一回も事故が起きないようにしていかなければなりません。
経験で覚える前に、環境を整えるってことですね。

ライター

丸山

その通りです。例えばメイプルファームでは牛と接するときは必ずヘルメットを着用するルールを設けてあります。
そして最近では、つま先の部分が硬くなっている安全な長靴を従業員に配布しています。

万が一牛に足を踏まれてもいいような状態にしておければ、新人も安心できますよね。
この長靴は、JIS規格に適合する「安全靴」ではないのですが、その分安全靴より軽量です。滑りやすい農場でもしっかりとグリップが利くのでおススメです。
先芯長靴

メイプルファームが複数社試してたどり着いたのがこれ。ザクタスシリーズの先芯長靴。牛に踏まれても安心

この長靴があれば僕も痛い思いをしなくて済んだのになあ。

ライター

丸山

経験のある人ほど、経験の浅い人の不安が分からなくなっていくものだと思います。今日紹介したことは、牛飼いであればどれも常識です。一方未経験者にしてみれば、すべてが想定外なことです。

どうですか? カウハンドリングについてわかってもらえましたか?
自分も転ばないように気をつけるっス。誰かの足を踏まないようにも注意するっス。

助手

丸山

なんで牛側目線になっちゃったのかなあ!?

──まあいいでしょう。次回は実際にマニュアルを見ながら、カウハンドリングについて学んでいきます!
まとめ

  • 牛も人もケガをしない
  • 牛は臆病な生き物
  • 経験に頼らず安全に仕事ができるように酪農業界も変わっていこう

この記事の続きはコチラ
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