現場で覚える、カウハンドリングマニュアル
牛の扱い、カウハンドリングを学びに朝霧メイプルファームを訪れたライターと助手の2人。前回、カウハンドリングで重要なことは「牛も人もケガをしないこと」「臆病な性格など、牛の特性を理解すること」「経験に頼らず、環境を整備すること」が重要だと学びました。今回は実際にカウハンドリングマニュアルを見ながら、実践していきます。読者の皆さんも、牧場にマニュアルを作ることを想像しながら読み進めてください。
僕ら平成生まれは、省力化の時代なんですよ。
「このマニュアルは読んで覚えるのではなく、実際に現場で指導する」って書いてありますよね? マニュアルがあれば確かに知識はつきますけど、動物の感覚を理解するには実践するしかありませんよ。なんでも楽をしようとしないでください。

マニュアルは必ず印刷し、手に持って説明する
えっと……、はじめは牛がパニックになる瞬間について書かれていますね。
被食動物
牛は基本的に憶病。人は捕食動物なので元来敵対関係にある。
→やさしく接する心掛けが常に前提にあること
→大勢で牛舎に入らない。2人組が理想
真後ろが見えない
→真後ろに立たない。急に現れるとパニックを起こす
牛の歩行速度は人の半分
牛にとって人の歩行速度は2倍。かなりせき立てられている感覚。
→牛の居住空間では半分のスピードで歩く
普段と違う状況に弱い
牛は恒常性(常に同じ状況であること)を好む。普段と違う状況は不安になりパニックになる。
→削蹄(さくてい)や工事など、特殊な状況ではどんなことが起こるか分からない。そのような状況では牛のパニック発生に最大限の注意を払う
集団行動をとる
牛は周りの牛の行動に倣って同じ行動をとる。集団心理が強い。
→1頭を走らせると、全頭が一斉に走る。「1頭も走らせない」ことが重要
私も今まで、スタスタと普通の速度で追うことで、牛を走らせている場面を数多くの牧場で目撃しました。人間からすると普通のことなので、意識しなければなりません。
「牛歩」って言葉があるくらいです。
丸山さんは野党議員たちが対抗策として行う牛歩戦術、どう思われますか?
それと、牛は普段と違う状況に弱い。近所で打ち上げ花火が上がって転んだり、道路工事があった日に事故があったりと、繊細な牛のケアは重要です。牧場に出入りする業者さんも、ぜひ知っておいてほしい事柄です。
注意しなければならない牛の状態
正解は発情時と分娩後です。どちらも恐怖心が薄れ、興奮状態にあることが多いです。
発情
発情中は非常に興奮している。アドレナリンが放出され、痛みや恐怖も感じない。
吠える、小走りになる、他の牛に乗駕(じょうが。マウンティングのこと)する、乗駕させる、フラフラと動き回る。
→発情中と見られる牛が近づいてきた場合、手を大きく上げ、口でシュッシュと音を立て、こちらから威嚇する。
→緊急回避として牛の顔に張り手する。大声を出す。危険を感じたら一旦牛舎を出て助けを呼ぶ。
分娩直後
分娩直後、子牛と連れ添っている牛は、子牛に危害を加える存在として人に攻撃してくる場合がある。
→できる限り2人1組で子牛を扱う。仕方なく1人で行動している場面で危険を感じたら、無理をせずに休憩中の人や誰かに連絡を取って2人で行動する。
子牛に害をなす存在だと認識すると、時として母牛は人を襲います。2人組で対処する、牛の興奮状態を判断するなど、対策をしたうえで子牛を取り扱いましょう。
「コンフォートゾーン」を意識したマニュアル
ここからは、牛を上手にコントロールするマニュアルを紹介していきます。
ライターさん、あそこにいる牛にゆっくりと近づいてみてくれませんか?
もちろん牛歩を意識して、ゆっくりですよ。
ひたひた……、ひた、ひた……、ひたひたひた……
あ! そこで止まってください。今、牛が動き出しましたね。
牛には自分が安心できる領域、コンフォートゾーンというものがあります。仲間の牛とはどんなに近くても気にならないとは思います。しかし私たち人がそこを越えて入ってしまうと、逃げたくなるのです。
牛を上手にコントロールするためには、このコンフォートゾーンを意識することが重要です。

ライターが近づくと、牛は一定の距離を常に保とうとする。その空間をコンフォートゾーンという
とにかく、コンフォートゾーンを意識して牛と接することが重要です。牛が歩き出したときの距離を常に保ちながら牛を追うことで、牛は走ることなくゆっくりと歩いてくれます。
その距離を詰めすぎると牛は走ります。この距離は牛によっても違う、つまり臆病な牛や人懐っこい牛がいるので、まずはゆっくり近づいてみることです。
コンフォートゾーン
動物はそれぞれ個別の、他者に近づいてほしくない領域を持っている。
牛は被食動物なので、我々捕食動物が近づいてくることを嫌がる。
快適に感じる距離を保ったまま牛を追うと、安全でかつ牛をパニックにしない。
→牛を追う、または近づくときは、普段の半分のスピードで。
→牛を追うときは、牛に近づいて歩き始めた距離を常に保つ。
→牛が走り始めたと思ったら一度立ち止まる。
カウハンドリングは愛
牛の追い方の一例として紹介しておきます。
牛に自分の存在を知らせる
→手を大きく広げる。背が低い人は高く広げる事で自分の存在を知らせる事ができる
結果、牛に牛を追っているという意志をはっきりと伝える事ができる。危険回避にもつながる。
※注意
牛を動かすときや、牛の前に出るときは、その先に人がいないか確認する。
先にいる人が壁と牛の間に挟まれるなど、思わぬ事故の原因になる。
声を使って牛を追ってはいけない
大声で追うと牛は恐怖を感じる。小さな声なら問題はないが、声の大小を厳密に調整することは難しく、最初は小さい声であっても段々と大声に変わっていってしまうこともあり得る。よって分かりやすく声を禁止にする。
→していいこと:口笛、舌打ち、口でシュッシュと音を出す、拍手
では、マニュアルの最後に記されていることを紹介して終わりにしましょう。
・牛に対して感情的に暴力をふるうことは絶対厳禁
・牛を恐怖で支配することはしない
牛は元来優しい動物なので、その性格に敬意を払う。
理想的な状態
・牛が人間に恐怖を感じない
・牛が人間の思い通りに行動してくれる
・牛がのんびりと行動する
・牛と人がケガをしない
牧場で牛をコントロールすることは必要なことです。しかしそれは暴力による恐怖によって行われるのではなく、管理者としての意識的な“振る舞い”によって実行されるべきです。
言うことを聞いてくれないから、棒でたたく。そうするとおびえた牛は、人間の思い通りに行動するかもしれません。
しかしそんな牛は人間に反撃するようになるでしょう。牛も傷つき、人も傷つく。やられたらやり返す。負の連鎖です。かつてのメイプルファームがそうでした。
読者の皆さんがマニュアルを作る場合は、スタッフみんなで自分たちの行動を振り返り、話し合ってほしいです。
それなら……
ライターさんは、話すときにもう少し言葉を選んでください。
助手さんは、ごはんのことばかり考えてないで行儀良くしてください。