酪農業界の休暇取得の実情
牧場の仕事をしていると、よく聞かれることがあります。
「生き物相手だと、大変だね。休みなんかないでしょ」と。
これが一般的なイメージで、牧場での仕事には休みがないと思われがちです。確かに牧場自体に休日はありません。でもそんな業態は世の中に多くあります。例えば多くの工場が365日ほとんど休みなく稼働していますが、従業員は普通に休むことができます。それと同じように、多くの酪農牧場で休暇を取ることは当たり前のことになってきました。
現状はどうなっているのか、就職情報サイトマイナビを利用して、私が調査してみました。
2022年に大学を卒業する学生が対象のサイトで、「乳牛」をキーワードに検索をしたところ、多くの乳業メーカーなどの企業に交じって、15件の牧場がヒットしました。
私の独自調査によると、今回ヒットした15件の農場の平均年間休日数は75.8日でした。週に1日以上の休日があることになります。日本の平均年間休日数が109.9日(2020年、厚生労働省調べ)なので、まだまだ少ないほうではありますが、決して休みがないというわけではありません。
一方個人酪農家は、世間がイメージする通り、休日は少ない傾向にあります。
一般社団法人中央酪農会議の調査によると、2017年の酪農家の平均年間休日数は17.7日。北海道に至っては13.9日しかありませんでした。月に2日休めることが珍しい、ということになります。
この現状を安易に論じることはしたくありませんが、一つに「酪農家は休みが少ないものだ」、という伝統的な慣習に原因があるように思います。
そのイメージを覆すためにも、朝霧メイプルファームで休暇日数がどのように管理され、それによりどういった影響があるのか紹介していきます。
朝霧メイプルファームの休暇管理
・休日:月に8日、年間96日
・有給休暇取得実績:年間12日
・特別休暇:慶弔等、社内規定による
これが2020年の実績になります。酪農業界では比較的休暇日数が多いほうなのではないでしょうか?
そして、メイプルファームの休暇管理は、申請制となっています。
定休日は定まっておらず、各人が休みたい日に休むことができます。
休日申請とは
メイプルファームの場合、毎月18日ごろ、希望表を提出してもらいます。日付が記された紙に、月間休日数である8日間分の優先順位を記してもらいます。有休希望があればそれも加えます。
それをもとに、1日の上限である4~5人までの希望が通ります。例えば希望者が6人いた場合、優先順位の高い順に希望が通り、最も低い順位の人の希望が却下されます。
ほとんどの場合、第4希望くらいまでは必ず通ります。
申請制度のメリット
・休みたい日に休むことができる
・空いている平日にレジャー施設を利用できる
・連休の取得ができる
第1希望であれば、よほどのことがない限り希望が通るので、例えば友人の結婚式など、どうしても休みたい日に休むことができます。
空いている平日に遊びに出かけること、こんなに気分のいいことはありません。渋滞に巻き込まれ、列に長いこと並んで貴重な休日を浪費する。休んだのに疲れるなんてことがあったら元も子もありません。
連休が取れることも大きな魅力です。1日休みだと、遠出もできませんし、明日のことを考えると満足にお酒も飲めません(?)。
申請制度に必要なこと
希望休日申請制度を実現するためには、主に3つのことが必要だと思います。
・ジョブローテーション
・マニュアル管理
・情報共有システムの確立
ジョブローテーション
誰が休んでもいい状態にするためには、誰でもその人の代わりができる必要があります。
担当を固定してしまうと、その担当の仕事しかできなくなります。メイプルファームでは、およそ2カ月~半年のスパンで担当が変わります。それによって、すべての仕事を担当し、できない仕事がなくなります。
マニュアル管理
誰がやっても同じ品質を保つためには、マニュアル管理が必須です。例えば餌の担当者が休日を取り、誰かがその代わりをするとします。いつもと全く違う方法で餌を作れば、それだけで牛の体調は大きく変化してしまいます。
「餌だけは他の人に任せられないんだよなあ」という話はよく聞きます。
情報共有システムの確立
ようするに引き継ぎがスムーズにできるかどうかです。たとえば餌の変更点をまとめたノートや、現在進行中の問題・課題をまとめたノートがあり、それを一読するだけで引き継ぎが完了するようなシステムがあれば、安心して代わりができます。
メイプルファームでは以前の記事でも紹介した、LINE WORKSを活用しています。
LINE WORKSはネット上でコミュニケーションができるツールです。メイプルファームでは、哺乳、餌、成牛、重機など、さまざまな分野で、それぞれの話をする「トークグループ」が作られています。そのグループにはさらに課題別の話をする「ノート機能」があります。状況の確認であればトークの流れを見返す。個別の課題はノートを見返す。メイプルファームではそうやって引き継ぎを行っています。
哺乳であれば「哺乳」のグループのトークやノートを読み返せば、現時点での重要事項を把握することも可能です。
申請制で、良かった話
従業員に、申請制で良かった話をアンケートにして聞いてみました。まず、ほとんどの従業員が今の制度に満足していることがアンケートからわかります。
以下に個別の思い出を列挙しました。
~Aさんの場合~
月末の休みと月初めの休みをくっつけて、7連休を取りました。
その7連休を利用してネパール旅行に出かけました。
ネパールでは野良牛がいたり、お坊さんと写真を撮ったり、楽しい時間を過ごすことができました。
~Bさんの場合~
学生時代から、毎年必ず参加している夏フェスに、参加することができています。音楽を聴き、お酒を飲んで、牧場であった嫌なことを忘れて、リフレッシュすることができました。
~Cさんの場合~
ラーメンが大好きで、地方の有名店まで出かけるのが趣味です。その店は土日は3時間待ちも当たり前の有名店なのですが、平日の開店直後に行けば、30分程度の待ち時間で食べることができます。牧場であった嫌なことを忘れて、リフレッシュすることができました。
いかがですか? みんながいかに充実した休日を過ごしているかが伝わりましたか?
みんな楽しそうですね。え、何かがおかしい?
……そうです。AもBもCもすべて私です。
休日をどんな風に過ごしているか、アンケート内に自由回答欄を作ったのですが、みんな答えてくれませんでした。やっぱりプライベートの話をずけずけと聞くのってデリカシーなかったですね。
それにしてもどの写真も数年前のものですが、コロナの問題もなく自由に遊べていたあの頃が懐かしくて涙が出そうになりました。
申請制度のデメリット、リスク
とはいえ申告制度はいい話ばかりではありません。不安もあります。現在は20~30代前半の若手スタッフが活躍する朝霧メイプルファームですが、将来従業員が家庭を持ち、子育てを行う中で、学校が休みである土日休みを希望することが増えるかもしれません。
そうなった時にどうするか、今のうちからみんなで話し合っているところです。
定休だと、予定が立てやすいからそっちの方がいい、という意見もあります。
牧場の従業員たちと話し合い、みんなの幸福度が向上する体制ができるといいですね。
酪農家、休むべからず?
個人酪農家の休暇日数は非常に少ないと前述しました。それには多くの要因があります。
そもそも個人酪農家が休む為には、労働力を派遣するヘルパー制度を利用することが一般的です。
しかし、ヘルパー人員は恒久的に不足している地域が多く、休みたくても休めない、という話を聞いたことがあります。
今回紹介したような話が、ヘルパー利用率向上につながらないか、と考えたことがあります。マニュアルや情報共有システムがヘルパーの労務環境を改善する。それにより離職率が下がり、ヘルパーの志望者が増える。牧場主も安心してヘルパーに仕事を任せられる。夢のような話をしていることは承知していますが、個人酪農家が労務環境を整備するメリットは業界全体にとって多くあると思います。
一方で酪農家の意識の問題があります。
酪農家の休みなんてなくてもいい、という人が多くいます。それはかつて酪農家が休みを取ることができず、一生懸命働いてきた歴史があるからに違いありません。
現在の酪農業界が苦労の歴史の上に成り立っていることは間違いなく、先人への尊敬の念を決して忘れてはいけません。しかし時代は変わります。今一番考えなければならないことは、次世代への継承、酪農家戸数の減少を食い止めることです。仕事の世襲制が基本だった昔に比べ、現在では職業の選択は自由です。休みがないなら、牧場を継がない、そんな若者は多くいると思います。
私はかつてこんな経験をしたことがあります。とある地方の講演会に呼ばれ、その夜の懇親会で、ある酪農家から、こんな言葉を聞きました。
「丸山さん、うちの息子を叱ってくれよ。うちの息子は週に1日も休むんだよ」
私はとても残念な気持ちになりました。
酪農家だって休んでいいんだという常識を、浸透させていかなければなりません。
休むことは体にも心にもいい。楽しみな未来の計画が、日々の活力と健全なイマジネーションを与えてくれる。
私は身内からの批判を承知で声を大にして言います。休みたいんだったら、休んだっていい、と。私が矢面に立ちましょう。
今、世界は疫病によって多くの楽しみを奪われてしまいました。でもみんな楽しい未来がやってくると信じることができるからこそ、頑張れるんだと思います。普段の休みも同じはずです。
今のこの世の中の状況が好転して、みんなが自由に遊びに行けるようになったら、バーベキューをしましょう。私がおもてなしをします。